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解決済みの質問

一期一会を大切にしたい

出会う人に感謝したい、できるならば仲良くしたい・・・そう思っていても、ネガティブな経験をすると人間不信に陥ったり、口には出さずとも心の中で他者を批判してしまったり・・・逆に、仲よくしていきたい、と思っても嫌われては困る、と近づかずに少し距離を置いてみたり。。。日常生活はやっぱりそういうところがあるように感じます。
まだ確定はしていませんが、もしかしたら今、一緒に仕事をさせていただいている人たちとも、お別れの日が来るかもわかりません。そう思うと、やっぱり悲しい。。。どうすれば、一期一会を大切にしていけるのでしょうか。

投稿日時 - 2019-07-08 23:46:46

QNo.9633409

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

自分にとってどうだという見方からしばらく解放されて相手に対応する、しかし関心の対象ははその人の気持ちではなく状況に対してである。状況に関心を持てばだまされるというようなことも激減する。ひとまずは自分の気持ちからも相手の気持ちからも離れてみるということでしょう。

投稿日時 - 2019-07-09 00:07:01

お礼

ありがとうございます。自分が苦しいときほど、状況に注目してコミュニケーションをとる・・・。難しいけど大切なことですね。人の心に寄り添うのも難しい、そして心をフラットにして臨むのも難しい。。。難しいことばかりですね。成長しないといけないな、と思いました。

投稿日時 - 2019-07-09 00:30:27

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回答(7)

ANo.7

40代既婚者男です。

一期一会、私も好きな言葉です。
人が生まれてから、旅立つまでに出会える人の数なんて、本当に僅かなものですよね。
何故いろんな人達との出会いがあるのか?
多分、その時その時に、自分にとって必要な体験をさせてくれる人達なんだと思います。
だから、辛く悲しい体験をさせてくれる出会いもあり、楽しくて幸せな体験をさせてくれる出会いもあるわけです。
あなたにとってどうしても必要な出会いであり、それが良い悪い、正しい間違ってるでは無いという事です。
例えば、本気で好きになっても別れを体験する場合もあります。その時はもうこの世の終わりみたいに落ち込むけど、その先の未来に、それ以上に好きになれる人との出会いがあって、結婚したとしたら、この人と結ばれるには、あの時の辛く悲しい別れが必要だったことを知ります。
ですから、たとえたまたま電車で隣同士になった人、道ですれ違う人まで、全ての出会いには必ず意味があり、必要なご縁なんですよね。
出会いがあれば必ず別れがあります。
例外なく必ず訪れるものです。
でも別れは辛く悲しいけど、次の出会いの為には必要なんです。
あなたにとってもう必要なくなった時に、別れがやってきます。
まだ学ぶべきこと、体験すべく事があるなら、別れはやってきません。
だから、意識して、距離を置いたりする必要はありません。
私は今、毎日出会う人達、1人1人とのご縁を大切に、たくさんの体験を楽しみたいと思っています。

投稿日時 - 2019-07-09 20:33:06

お礼

ありがとうございます。すべての出会いや別れに意味があればいいのですが、もしかしたら今回のお別れは意味を全く持たないものかもしれません。残りそんなに長くはないけれど、できれば顔を合わせるうちは仲良くしていきたい、そして下手に距離をおくことはしたくないな、と思いますね。せっかくの出会いですからね。

投稿日時 - 2019-07-10 20:11:25

ANo.6

「この人と会えるのも、今日が最後かもしれない」という気持ちでいることですかね。だから、私はよく会う親しい人でも別れ際には「(帰り道)気を付けてね」と声を掛けます。だって帰り道の途中で不慮の事故に遭って帰らぬ人になるかもしれないじゃないですか。そしたら「どうしてあのときに気を付けてねといわなかったんだろう?」って後悔しそうでしょ?いやいったところでいちいち相手もちゃんと聞いていないし、気を付けていても逃れられなかったどうにも運が悪いとしかいいようがない事故もあります。だけど、こちら側の心の問題でね。

家族が家を出るときも「はい、気を付けていってらっしゃい」と声を掛けます。それも最後の言葉になるかもしれないから。

そんなことを思うようになったのは、JR福知山線の事故で奥さんを失った男性が、その日に奥さんが「じゃあ、行ってきますね」といって出ていくときに「ん」とだけ返してしまったという話を新聞で読んでからです。夫婦の最後の会話が「いってきます」「ん」だったと。旦那さんはそれを今も悔やみ続けているという話を読んでね。どこでどんなアクシデントに遭うか分からないじゃないですか。

おねーちゃんと会ったときも「これが最後のデートかもしれない」という心持ちでいます。実際、いつかは最後のデートが来るわけですし。

投稿日時 - 2019-07-09 14:50:53

お礼

ありがとうございます。人を思いやること、そんな気持ちこそ一期一会ですね。私もいろんな人のことに思いを巡らせつつ、また、どんなに付き合いの長い人ともお別れはくるかも、の精神でできれば誠実さを失わないようにしていきたいです。

投稿日時 - 2019-07-10 20:13:05

ANo.5

今まで結果的に別れても出会いがあったからこそ様々な経験をし、今の自分があるのでは。

出会いと別れには色々なパターンがあるけど、それはそういう運命だったと思うしかないのでは。
出会ったからといって生涯、付き合う相手にならなくとも、それはそれで何かしら自分の実になっているでしょう。

投稿日時 - 2019-07-09 12:49:27

お礼

ありがとうございます。出会いやわかれが自分の実には・・・なっていないです。だからこそ、人との出会いは大切に、そして長く付き合えることも念頭に置いて生きていきたいと思いました。

投稿日時 - 2019-07-10 20:14:12

ANo.4

一期一会を大切にしたいという気持ちがあれば、それで十分です。
そもそも他人の気持ちなんてコントロール出来ませんので、最低限、人に対して失礼を繰り返さなければ上出来だと思います。

投稿日時 - 2019-07-09 09:42:27

お礼

ありがとうございます。失礼を繰り返さないのも大切です。
ただ、おそらくは、できれば仲良くしていきたかった、という思いが私はわいてきましたね。当たり障りないのではなく、できれば距離が近くなれば、と。

投稿日時 - 2019-07-10 20:09:05

ANo.3

会った人全員にたいして、
一期一会ってそんなに大事なんですか?

>今、一緒に仕事をさせていただいている人たちとも、
>お別れの日が来るかもわかりません。
>そう思うと、やっぱり悲しい。。。

私は海外に住んでいたし、転職を何度もしてきています。
一緒に仕事をした人たちの数はすごく多いと思います。
でも、また会いたいなって思える人は
数えるほどしかいない。だから、
プライベートで会いたいって言う人も
すごく少ない。

そういうのをわかっているから、一期一会って言っても、
それを本気で言える人は少ない。

それに、「一期一会」って言っても、昔のことわざでしょ。
今どきは、飛行機、電車、車もあるし、
そしてライン、メール、ショートメッセージで
簡単に人とつながる。もう会えないかも?みたいなのは
ない。
一期一会のありがたみもない。

>逆に、仲よくしていきたい、と思っても嫌われては困る

そういうことをして疲れませんか?
なぜ嫌われるのが嫌なんですか?

私は嫌われても全然気にしない。
人の目を気にする気もないし、空気も読まない。
わざわざ自分の気を使って、相手の機嫌を取るのは
バカらしいし、疲れる。
そもそも、そういうことをするのは、自分らしくない。
これでも、外資系企業で部下持ち管理職をしています。
リーマンでもこういうことができますよ。

投稿日時 - 2019-07-09 07:17:57

ANo.2

アナタ様は、ご両親及び他のご家族との関係性は
良好なのでしょうか。あらゆる
人的交流の基本が、
お宅の夕餉の食卓にありますので、
日々のそれが有意義であれば、大丈夫です。
皆さん暮らしがマチマチなのであれば、
週末だけでも、全員が揃って
笑顔と話題の溢れる夕食タイムを
デザインすることをお勧めしたいです。

お望みの「一期一会」ですが…これは
茶道の先生に教えて頂くなどして
脳髄ではなしに、自然に、カラダが
動くように研鑽を積んでみることをお勧めします。

畢竟、「一事が万事」なのです。
幼いころから現在までの夕餉のひとときが
豊饒&豊穣であれば、それを友人・知人・
職場の同僚・クライアントetc.に容易に
敷衍できる筈なんですけどね。

もしかしたら、アナタ様のインナーには
ホスティリティ・アグレッション・ルサンチマンetc.が
隠れていて…エスプリの根源は、人間嫌いで、
円満な性格ではないのかもしれませんな。

[人に対して感じる苛立ちや不快感は、
自分自身を理解するのに役立つことがある。
(Carl Gustav Jung)]

「ホスピタリティとは、相手の心に自分の心を沿えてゆく力。
      (高野登 元リッツカールトン日本支社長)」

「Chi vuoi dell'acqua chiara vada alla fonte.
        (=澄んだ水がほしいなら源泉に行け)」
というイタリアの諺があります。こうしたところで
誰かに訊くのも悪くはないのですが…身をもって
《源泉》を尋ねてみることを
お勧めしたいです。

人間嫌いを改善したいのであれば、
我々が、目に見える多くの力
及び、それ以上に多くの目に見えない力に
支えられていることに気づくことができれば、
それが可能だと思います。

「おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、
          他人に存する小なるものの偉大を見逃しがちである。  
                    (岡倉覚三『茶の本』)」
〈天心先生の言葉は元々は英文ですので、原文を読んでみれば、
理解し易いかもしれませんよ〉
Good Luck!
Ciao.

投稿日時 - 2019-07-09 02:36:08

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