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知識を求めるのは悪いこと?

知識を求めるのは悪いこと?

 勉強について、高校教員志望の現代大学3年生です。大学で友達と話しているときに話題に上がったものに関して、「アレってなんて言うんだろう?」と思うとその場でインターネットで調べてしまうのですが、その様子を見た友達は「そんなものの名前調べてもなんの役にも立たない。」と言われます。
 自分は知識や探究心というものは非常に大切だと思っていて、それらは人生の何処かで役に立つ"かもしれない"ものであると思っています。そして、その"かもしれない"知識などを探求することで沢山の人を理解し、互いの知らない知識を受け入れ合うこと、それが人として成長する手立ての一つであると思っています。経験も大事ですが、経験とは別に知識も大切だと思います。
 例えば就職したあとには取引先が車関係であれば「車」について、食品関係であれば「食品」はたまた「食」について話が盛り上がることで互いの信頼関係から契約に繋がるかもしれない。
 教職においても同じで子供の身近な話題に絡めて紹介できるように「この英単語は車のパーツの○○というものの由来だよ~」などと言うように、様々な子供にとって面白いと思うきっかけになる情報によってその教科が好きになるきっかけになる。(その友達には「そんないらない情報入れた授業つまらなそう」と言われましたが、私はそういう好きな話題についての情報で、身近に感じられると考えています。)
 私はどんな知識も人生を豊かにすると考えているのですが、友達は「いらない知識もある」という考えのようです。私の性格が悪いせいですが「そういう小さな知識は将来取引先との契約でも役に立つかもしれない。それをどうでもいいと感じては仕事で損すると思うけどね。」とハッキリ言ってしまいました。
 長くなりましたが、仕事、人生で「知識」は大切ですか?理由などもあれば教えてください。
 また、自分は間違っているのでしょうか?押し付けたのは間違っていたと思いますが、それはこれからの生き方で大切なことだからぜひ理解してほしいと熱くなってしまった結果です(言い訳にしかなりませんが)。皆様の意見を聞かせてください。長くなってしまい、すみません。
 

投稿日時 - 2019-06-24 13:35:33

QNo.9628783

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

そもそもなのですが、他者の行動・言動・性格を否定して、自己を肯定するのは間違いです

そのご友人?は、上記の輩です

私なら、心の持ち用の問題ですが、そのご友人のこれからを心配までしてしまいそうです

今回の件では、相手のあなた対する否定(わざわざ否定する)があり、そこにカチンときていると思いますし、その気持ちもわかります

ただ、もしも共有する時間であるならば、メモしておいてあとで自分がひとりであるときに調べることも大切であると、今回の気付きとして捉えても良いでしょう

わざわざ否定してきたアホにいくら説明しても肯定に回るとは思えません

ので、言われていることは正論ではありますが、その人の前や誰かと時間を共有している場合などは、メモ程度にしておくと良いでしょう

投稿日時 - 2019-06-24 15:24:02

お礼

回答ありがとうございます。
確かにカッとなっていたかもしれません。
以後気をつけようと思います。

投稿日時 - 2019-07-02 10:31:12

ANo.7

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回答(16)

ANo.16

貴方のおっしゃっていること、また思考全般が間違っているとは思いませんが、時と場合によりけりだと思います。
極端過ぎる言い方をすれば、じゃー何故、東大理三じゃないんですか? 知識、情報吸収有りきの生活を送って来たのであれば、辻褄が合わなくなります。
根本的には支持しますので、このことについてはこれ以上はお話ししませんが、回答した序にアドバイスしておくと、、、その情報を勇気と情熱を持って、相手に伝えられるかということです。 こちらの方もなかなか難しい課題で・・・。
ですが、ご安心ください。 如何も社会に出れば、この分野だけは最終学歴はさほど関係ないようです。 貴方の気持ち、やり方次第で評価も大いに変わります。

投稿日時 - 2019-06-30 13:04:40

ANo.15

まだ質問締め切ってなかったか。初めてこの質問をみたとき違和感を感じたので,暫く答えませんでした。

なぜかと言えば,知識に関してはあなたの言うとおり当然で,むしろあなたの「友人」の言っていることが一方的に変に書かれているし意固地にもみえるからです。
友人と呼べるくらいの関係だと想像すれば,ここまで意見の相違があるのは不思議に思います。
なので,あなたが気が付いているかどうかわかりませんが,
今回の一連の言い合いの原因は,「知識」に関する意見の相違ではない。
と私は判断しました。
恐らく,あなたは自分が正しい事を言っているときは,すこしまわりが見えなくなるタイプ。多分今回もいろいろスマホで調べているのが,友人には不快感をもたらせたのでしょう。例えば普通に会話しているときや食事中など,調べている方はまったく気にしないで調べますが,それを見ている方は嫌悪感を持つ場合があります。友人は知識,知識とかいうけど,俺との間で嫌悪感をもたせるようなら,そんな知識は要らない。と本心では言いたかったのかな。と思いました。
あなたは正論のひとなので「知識はいらない」だと~となって,これだけの文面で自分の正当性を書いていますが,そもそも要らないわけがない。大学にも入っているのだから,この友人だって知識だらけですよ。それでもそう言わせたあなたのことを,ご自身が鏡をみて考えるべきことなのだろうなと今回は思いました。

将来教員を目指すなら,自分の教え子や関係のあるひとがとった言動で
自分がそれに影響を与えている可能性がある場合,しっかりとその原因を考えないといけません。その言葉面だけを捉えてはいけないと言う意味です。

生徒がお前なんか死んでしまえ。と言った背景が理解できなければ,そんな言葉は使ってはいけないという説教が心に届かないからです。
友人が意固地になった理由の方が,自分は間違っているでしょうか?と当然言われないだろう質問をするよりも大事ではないか。そうおもったので,他のひととは別の観点からお答えします。
ご参考までに。

投稿日時 - 2019-06-27 00:30:09

ANo.14

要らない情報かどうかの判断をためにも知識が基準になるので
知識を求めることは良いことだと思いますよ。

ただ、友達に『仕事で損~』と言ったことは
価値観の問題になるだけで
必要性なかったのかもしれませんね。

投稿日時 - 2019-06-25 04:11:43

ANo.13

世の中には色んな人がいるもので、知ったかぶりといって、知ってる振りを装う人がいます。
「そのくらい、俺だって知ってたぜ」と(笑)

多分、「そんなもの、調べても役に立たない」というのは、究極の知ったかぶりなんだと思います。
「俺の知らないことなんて、知ってても役立たないことばかりだ」ですよね。

つまり、狐が自分が取れない葡萄のことを「あれは酸っぱい葡萄に決まっている。だから、俺は取らなかったのさ」と嘯くという、アレですよ。

他人の長所を褒める人は、本人にも周囲にも良いことが増えていくので一緒にいる価値は高いですが、
陰口ではないだけマシでしょうが、くさす人とは長くいると精神的に悪影響が出ます。
私自身が躁鬱病の闘病歴が長いので、嫌でも分かってしまったことです。
そういう人と一緒にいると、こちらの病状が悪化するんですね。
ネガティブで、他人を落とすことで自分を上げる人って、嫌われるものですよ?(ーー;)

性格で治らないものだと思うし、もう、この全回答を見せて、考え直すならまだ救いもありますが、治す気ないなら多分、喧嘩別れになるかもしれませんが、そのままだと、その人は就職難しいんじゃないかな?(ーー;)
その性格を上手く隠せればいいけど、バレたら即お断りになると思う(ーー;)


「こんな、根性の悪い人がいたぜ!」とネタにしてみて、反応次第で付き合いも再検討してみては?

ご質問は後回しになりましたが、「知は力なり」「継続は力なり」です。
地道に努力を重ねれば、塵も積もればです。

時代もありますが、うちの亡き伯父は尋常小学校卒です(笑)
地道に努力を重ねて、老人大学に入った頃には、分野によっては元大学教授の人とも対等に話ができたんだそうです。江戸史ですが(^^)

世の中、そんなものなので、
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」という諺があるわけですよ(^^)b

投稿日時 - 2019-06-24 22:12:13

ANo.12

個人や社会を救う礎になるような
知識の集積のスタンスをチョイスしませんか。

例えば、先人は、
次のように云って言っております:
《声が大きくて、ニコニコして、元気、この3つがあれば大抵のことは
うまくゆくのではないでしょうか。それに付け加えるならば、ちょっぴり
知性があったらなおいいと思います。ただ知性がたくさんありすぎると、
うるさいし、人に嫌われますから。
社会で仕事をしていく上で、やはり友達が多いということがなによりも
一番大事なことです。
     (樋口廣太郎 慶応大学湘南キャンパスでの講演から)》

ともすれば…頼まれてもいないのに、
蘊蓄等を展開してしまう
「知識の安売り」的なスタンスは、
有りがちなのですが…避けるのが
賢明でしょうな。

なまじ知識の有るような人は、
お友達にしたくない存在になって
しまいがちですので、
知識のデータバンクではなしに、
難病の人たちに救いを齎したり、
災害の避難民に、元気と勇気と希望を
与えることにアナタ様の知恵と知識を
捧げられるようにしませんか。
そうすれば、疎まれたり嫌われたりするような
ことは避けられるのでは
ないでしょうか。

CiaoCiao.

投稿日時 - 2019-06-24 20:04:22

ANo.11

ほどほどに知識を増やすことはいいと思うが、
知識が増えすぎたことで弱点がいろいろ出てくると思う。

投稿日時 - 2019-06-24 19:17:00

ANo.10

仕事、人生で知識は、自分にとっては大切ですね。

仕事で使う専門知識は当然ですが、一般知識は
人生を豊かにしてくれています。

例えば、私にとっては、歴史、政治、経済、音楽、芸術、文学、
哲学、心理学、人類学、法律、食文化、天文学などです。

そして、私は海外で20年以上生活してきましたが、
仕事だけできる人は尊敬されないです。仕事ができて、
いろんな知識を(英語や他の外国語で)語れるオールラウンダーが尊敬され、
それが社交の基準です。

投稿日時 - 2019-06-24 18:41:18

ANo.9

1。長くなりましたが、仕事、人生で「知識」は大切ですか?

 はい。

2。理由などもあれば教えてください。

 何の知識が、いつ、どこで役にたつか予測できないからです。

3。また、自分は間違っているのでしょうか?

 全然間違っていないと思います。下記などもご覧ください。
 https://okwave.jp/qa/q9628175.html

投稿日時 - 2019-06-24 15:57:28

ANo.8

カマトトも知ったかぶりも相手の気分を害する可能性があって、知識の使い方というのもまた知識と経験が必要とされるのが困ったところです。まぁ無駄に「場の流れ」を止めないことも対人関係のポイントになったりするので、直接流れに関係がない事柄なら後で調べるといった配慮もまた必要ということでしょう。

投稿日時 - 2019-06-24 15:36:15

ANo.6

31歳男です。
正解、不正解どちらだろうと考え込む真面目な感じが教員志望っぽいなと思いました。

私は「人それぞれで良い」と思います。
幸せになる為に知識が必要なら、そうすれば良いし、不必要だと思えばそうすれば良い。

ただ、この世に100%間違っていると言い切れる事なんてほとんどないですし、当人の立場によって物事・考えの見方は変わります。
また、社会人になれば、葛藤だらけなので柔軟な考え方が必要になります。

なので、自分の正しい道をいけば良いでしょう。ただし、意見が違い場合は相手の気持ちを尊重するのも大事です。
自分が100%正しいと思うから、戦争が起きるのかもしれませんよ。

投稿日時 - 2019-06-24 15:21:54

ANo.5

一緒にいるときに、意識が他に向くのがいやなんじゃないですか。
一緒にいる友達が、会話の途中などでも
スマホいじりだしたらなんかいや、ってないですか。
知識どうのこうの、というのもあるかもしれないけれど
その「調べる姿勢」をちょっとめんどくさくかんじているかもしれません。
メモして後で調べればいいんじゃない?っていう感覚です。
わざわざ人といるときに、中断して一人でもできることをしなくても
っていう。

もちろん知識は大切です。
間違ってはいないけど
なぜ友達はそのような考えか、そのような発言をするのか
についても考えてみるといいんじゃないかなと思いました。

投稿日時 - 2019-06-24 15:15:12

ANo.4

これは人によって意見が分かれるかもしれません。
知って得することと、知らない方が良かったことがあると思います。
では、どちらが自分のためになるのでしょうか?

おそらく、知らない方が良かった、と言う場面の方が少ないかも
しれません。
色々なことを知ることによって、そこから色々な発想が生まれてきます。
今まで生きてきた中では、知って得する方が多かったように思えます。

例えば、今売れっ子の「東大生 ○○」。
クイズ番組に出たり本を出したり、学校では教えないことまで知っている
ように思えます。知識がお金を生んでいます。

頭の良さは、記憶力と応用力だと思います。
記憶力には、情報量の多さが加わり、それに伴って閃きも出てくると
思います。

投稿日時 - 2019-06-24 14:45:20

ANo.3

個人的な見解ですが、「いかなる場合にも知が無知に劣ることはあり得ない」というのは数少ない矛盾のない言説だと思います。
というか私の座右の銘のようなものですが。

どういうことかといいますと、例えば例に挙げられている話を引用しますと
>「アレってなんて言うんだろう?」と思うとその場でインターネットで調べてしまうのですが、その様子を見た友達は「そんなものの名前調べてもなんの役にも立たない。」と言われます。
これは友達が言ったことは事実でもなんでもなく、事実はその友達がその情報の役だてかたを知らないということだけです。
これがいわゆる無知の無知です。
その友達は自分がその情報の役立て方を知らないということをわかっていないのです。もちろん誹謗の意図はありませんが。

逆に質問者さんがもっといろいろなことを知っていれば、その名前が分かった時に「これはあの本に出てきたな」とか「この名前はこういう語源からきたんだろうな」とかいうことが結びついてわかったりするかもしれません。
知っていることが多いとこれがどんどん連鎖して瞬時に日常生活とリンクできることもありかもしれませんね。

仮によくないことを知ってしまったとしても、それは知ってしまったことが悪いのではなく、知った場合についての対処法を知らないことが悪いというような考えです。
知るということはこの対処法を増やしていく行為なので、道具は持てるのなら多く持っているに越したことはありません。

私見ですが参考までに。

投稿日時 - 2019-06-24 14:15:20

ANo.2

私が「そんなものの名前調べてもなんの役にも立たない。」「いらない知識もある」と言われたとしたら,「わたしは調べて知識を得るのが好きだからやっている。邪魔しないで。」と返します。
将来に役に立つからとか,知らないと損をするからという理由で知識を得るのはつまらないです。知識を得るのが面白いからという理由で知識を得たいですね。

投稿日時 - 2019-06-24 14:00:06

ANo.1

知識はいくらあっても損にはならないでしょう。
色々知りたいと思うのは悪いことではありませんが
そうでない人もいます。
そういう人にはあまり押し付けないのいいかもしれませんね。

投稿日時 - 2019-06-24 13:47:18

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