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なぜ一般大衆の人々は自分の損得に関係ないスポーツ選

なぜ一般大衆の人々は自分の損得に関係ないスポーツ選手を応援するのでしょうか?
例えば大リーグで活躍している大谷翔平ですが、彼が打とうが打たまいが我々の日常生活に何か影響があるのでしょうか?
もしあるとしたら、それは同じ日本人として嬉しいというフワッとした感情なのでしょうか?
同じ日本人ではあるが、大谷翔平と大多数の人々は赤の他人であるし、ましてや昔からのエンゼルスファンという訳でもないのでしょう?
海の向こうの野球選手の活躍如何によって、感情が浮いたり沈んだりする心境が分かりません。
それよりも我々の日常生活に直結する身近なヒーローを私は応援したいですね。
コンビニ店員であったり運送業のドライバーであったり、野菜の生産者や街のラーメン屋の大将であったり、、
彼らが活躍しなければ、まさに我々の日常生活に不都合が出てくるのですから。
皆がそういう気持ちで身近な人々を称えあえば、皆が仕事に誇りを持ち素晴らしい世の中になると思います。

投稿日時 - 2019-06-16 07:24:09

QNo.9626247

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

人にはミラーニューロンという相手の行動や気持ちに共感する仕組みがあるようです。
もしくは、脳の機能として、そういう機能がある。
だから、頑張っている人を見ると、自分も頑張ろうと思ったり、自分も興奮できるわけです。

それは、ラーメン屋やタクシー運転手も同じなんですが、人間には、見慣れていることは、興味が薄くなる、新鮮さがなくなるという機能があります。
毎日、椅子ってちゃんと座れるんだ!布団ってこんなに柔らかで暖かい!と、感動していたら、疲れてしまうからです。
また、人数の多さに希少性を持てないというのもあります。

理想は分かりますが、人のデフォルトの機能としては当たり前(仕方がない)と思います。

投稿日時 - 2019-06-16 07:50:52

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回答(7)

ANo.7

野球でも相撲でも何でもそうだが、その道で生活ができると言うことは大変なことで、スーパーマンと言うことができる。
我々が通っていた学校にも野球部があって、その中でも最もうまい奴というのは、どう頑張っても太刀打ちできない。それなのに、そのうまいはずの連中が、県の大会であっさりと初戦敗退となってしまう。
更に、全国でも最も優秀とされた連中が集まっての甲子園大会で、大活躍してもプロになれるのはほんの一握りでしか無い。甲子園大会に出ることができたと言うことは、もの凄くうまいはずなのに9割以上はプロにはなれないのだ。
それなのに、プロとして1軍で毎年活躍できるのはさらに1部の者でしかない。
こうした傑出した才能と、本人の血のにじむような努力の結果がスーパースターとして評価され、常人とはかけ離れたプレーを見せることになるわけで、これを応援したいというのも自然な流れだろう。
相撲にしても大変な数の新弟子が入ってきても、十両にまでなれるのはほんの一握りでしか無いわけで、まして幕の内で毎場所活躍できる力士なんてさらに限られた人しかいない。その中で大関や横綱になれる人なんて、殆ど奇蹟のような存在だ。
みんな誰しもが大関や横綱になることを夢見て大相撲の世界に入ってくるのだが、才能があって短期間で幕の内に上がってきても怪我であっという間に姿を消してしまうと言う人も幾らでもいる。
こうした厳しい状況の中で這い上がってきた者には、誰しもが賛辞を惜しまない。
こうした特別な人間には、お金があれば自分で支えてあげたいと思う人もたくさんいるわけで、実際江戸時代の昔からお金持ちは力士に対して様々な便宜を図ると言うことをしていたし、今もそういう人は山ほどいる。

投稿日時 - 2019-06-16 15:23:35

損得は全く考えていません、単純に嬉しいだけです。
貴方もそうでしょう、損得で質問しているわけではないでしょう。
ただプロスポーツ選手にはスポンサーがついています
プロ選手が活躍するとすると株価に影響があります
なので少なからず、経済にも影響があります。
サイクルヒットを出しや翌日は日本のスポンサー6社すべて株価が上がりました。株主(一般人)もそうですがスポンサーとしては1日でも長く活躍を願っているでしょうね。

投稿日時 - 2019-06-16 12:42:40

ANo.5

損得に関係ないから純粋に応援できるんですよ。

もし損得勘定で応援しているなら、まずそのことがやらしいじゃないですか。ははあ、自分に得をもたらしてくれるからアイツは応援しているんだ、損得関係ないなら応援しないんだってのはありますよね。
それにもし損得が絡んでいるなら、得すればいいですが、もし損をさせられたらふざけんなバカ、死んでしまえと思うじゃないですか。
投資信託を考えればいいですよ。自分の資産に損をもたらした投資マネージャーを応援できますか?どうあろうと、得をもたらすからこそ応援するんであって損を生んだらもうそこまでのお付き合いですよね。

だからね、そこは「愛」なんですよ。愛に損得勘定は考えないでしょ。まあそういう人もいるけれど、それは一般的には愛とは呼びませんからね。
損得関係にない誰かを応援するのは、愛なのです。

投稿日時 - 2019-06-16 11:46:44

ANo.4

色んな見方はあるでしょうが
彼らがどうやって成功しているのか非常に参考になります。
基礎的な体力と知的能力を持って困難を打ち勝って進歩して行く様は何をするにしても同様のことが適用できます。
あきらめないで色んな対応策を考え出して、能力を身に付けて行きたいと思うように動かされます。
もっとも彼らは生まれながらの優れた体と、指導者に教えられた考え方があったのでしょうが。

投稿日時 - 2019-06-16 10:18:03

ANo.3

損得に関係がないからこそ価値があるのでは。普通の平凡人は日常まず損得から逃れることができない。

投稿日時 - 2019-06-16 10:07:08

例えば、都会に出て偶然同じ出身地の人と知り合ったとしましょう。
その人が頑張っているとすれば、どこかしら貴方も同郷人として応援してもおかしくはないです、それと同じ事。
そうした感情は、在日であるあなたの方がよく知っていると思いますがね。

投稿日時 - 2019-06-16 07:31:41

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