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締切り済みの質問

信じる者は救われる or 正直者が馬鹿を見る ?

とても素朴な疑問です。

信じる者は救われる ? それとも正直者が馬鹿を見る ?
このような言葉をご存じと思いますが、

今の時代はどちらが多いと感じていますか ?

投稿日時 - 2019-06-12 23:46:03

QNo.9625310

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回答(16)

ANo.16

誠実な人には誠実に そうでない人はそれなりに相手に合わせて対応する。
これが私のやり方。
現代は 正直者が馬鹿を見るのほうが多いと思います。

投稿日時 - 2019-06-14 12:58:34

ANo.15

信じるのであれば相手を見てから。
正直さに限っては時と場合による可能性が高いかも・・
事例がないと難しいですね。

投稿日時 - 2019-06-13 17:50:37

ANo.14

2つの格言が対になってないので比べられないのですが、

信じる者は救われる については、
多少騙されても、人を信じて生きた方が幸せだとは思います。
この歳になって思うのは、人を傷つけるより自分が傷ついた方がマシだという事。自分の心のメンテナンスは自分でできるけど、他人は会えなくなったらそれも出来ないから。

正直者が馬鹿を見る については、
正直になる相手によってでしょうね。大切な相手には正直でいた方が信頼関係を築けますが、二度と会わないようなどうでもいい相手に正直になる必要は感じません。

投稿日時 - 2019-06-13 16:44:23

ANo.13

お金に関しては、正直者が馬鹿を見ると思います。というか、お金ってそういうものです。
ただ、愛に関しては、信じる者が救われます。というか、信じないと救われません。信じないと救われないけれど、信じたからといって救われることが保証されるわけでもありません。保証されないけれど、信じないと救いはありません。愛する人が自分のことを好ましいと思っているのか、自分と会っていないときにどう過ごしているのか。信じないと救いがないでしょ。

ただ、じゃあ愛の世界は正直者が馬鹿を見ることはないんですねというとそんなことはないです。「君って僕と出会う前に何人の男とセックスしたの?」って質問はどう考えても正直に答えるべきではありません・笑。2で割って5を引いた数くらいで答えるのがいいでしょう。
そもそも正直者が馬鹿を見るように世の中はできています。「囚人のジレンマ」というのがありますが、社会の中で生きるにあたっては、お互いが正直であるのが理想ではあるものの、相手が正直で自分が裏切るのがより利益を得ることができるので「本当は正直であるほうがいいのに、裏切る誘惑に抗えない」ということになるのです。このへんの答えはゲーム理論で出ているのですが、今回はそのテーマではないので。

投稿日時 - 2019-06-13 11:37:52

ANo.12

正直者はバカを見る、事もあります
苦しむ事も、誤解を得て批判される事もあります
しかし
信用が付き、信頼される、裏のない、理性ある人格者となります
長い目で見ると賢い人かもね
さらに堂々とした自分自身に、誇りを、プライドを持つ事ができます

信頼できる裏切らない、親友ができます
人生が豊になります
やはり賢い人かもね

時に嘘をいい、適当に泳いでいる人には
損得、好き嫌い、利用される
いざと言う時に裏切る友人しかいません
バカでしょ

人生の一場面のみを切り取って
すべてを判断することはできませんね

投稿日時 - 2019-06-13 10:33:43

もちろん「正直者が馬鹿を見る」ですね。

日本では「今の時代」に限らず昔からそうなんでしょうね。太平洋戦争中などはその典型例です。

なんだかまたそんな時代になりつつありそうで恐怖を感じてはおりますが。私は「お上のやること9割間違い」を座右の銘にしていますので(笑)、微力ではありますが「抵抗」しようと思っております。

投稿日時 - 2019-06-13 10:22:01

ANo.10

ケースバイケースで両方あるでしょうが。
「信じる者は得をする。疑う者は損をしない。」でしょうか。
また、「正直者は救われる。嘘つきは罰が当たる。」と思いたいです。

日本経済を見てると、まじめに製造業に精進して、問題が見つかる度に大金をかけて、リコールや賠償をしてますが、先進国はそのリスクの少ないソフト系の産業に切り替えてるようです。
日本も、もっと楽をして設けるズルさが有っても良いと思います。

投稿日時 - 2019-06-13 09:23:38

資本主義体制下では,正直者が搾取され馬鹿をみる。
社会主義体制下では,信じる(ふりをする)者が救われる。

投稿日時 - 2019-06-13 08:59:35

ANo.8

信じなければ一歩も前に進めません
失敗もあれば裏切りにも合う
それが勉強にもなるし教訓にもなるのです

自分は大した人間じゃないけど
何の裏付けも無いけど
ハッタリでも良い、見せかけでも良い、
俺は凄いんだ、大した者なんだ
と思う事、「信ずる」大事です
そのうち本物になる

自分を信じている人の理想は高い
何故か
信ずれば、
分からない事が分かるようになる、
不可能のが可能になるからです

不信は、簡単な事がわからなくなり
可能が不可能になるからです

信は正義  結合 理性 勇気 幸福 平和 不可能を可能にします
不信は不正義 分断 裏切り 臆病 不幸 戦争 可能を不可能にします

投稿日時 - 2019-06-13 08:31:03

「正直者が馬鹿を見る」に1票

村上ファンドが「金儲け、悪いことですか?」と言って以来、なんだかおかしくなってきたような気がします

汗水流して働くのがバカバカしいと言うか…

投稿日時 - 2019-06-13 06:15:30

信じる者は 救われるかな?
正直者が バカを見る?
両方とも ワタシに当てはまりますね!
バカ正直で 損ばかりしています。
今の時代でも昔も 同じことのような気がしています。
令和になっても 一緒ですね。

投稿日時 - 2019-06-13 05:19:13

ANo.5

「信じる正直者」は、

…どうしましょうか?

投稿日時 - 2019-06-13 04:26:16

ANo.4

>今の時代はどちらが多いと感じていますか ?

どっちも多いです。対義ではないからです。

信じるものは救われる、の信じるは自分の信念や理念など自分の可能性だと思います。途中で馬鹿にされることがあっても、自分が思い描いた結果が出なかった場合でも自身の信念を貫いて努力できるなら、何かしらの良い結果を伴えるという意味かと。

正直者が馬鹿を見る、の正直者が信じることは他人など自分の考えを含まない言動を信じることだと思います。周りの意見に振り回され、深く考えずにその通りに行動しているといつのまにか自分には不利な状況が生まれているという意味かと。

これは人が生きていくのにだいたいどっちかに偏っていくものかと思います。何事も鵜呑みにせず、一旦飲み込んで自分の信念に照らして、何が良いことか取捨選択していくことが大事なんだろうと思っています。

投稿日時 - 2019-06-13 00:45:52

ANo.3

信じる者は馬鹿を見るではないでしょうか

正直者は馬鹿を見ると言うのはちょっと違うと思います。

人を疑う事を知らない人は馬鹿をみます。

良い例は私です。
私の実家の家族は本当に人を信じてしまう人ばかりでした。

そしてその結果
信じる者は救われなくて
信じたがために馬鹿を見てしまった一家です。

私もご多分に漏れず
人を疑う事を知らずこの歳まで生きてきてしまって
本当に損をしました。

それでもまだ疑う事が出来ず人を信じております。
今考えれば あれもこれもあの時もこの時もと
思える事ばかりですが
その教訓があるにもかかわらず
まだ信じてしまっていますし
人を心から疑うことが出来ません。
それはそれで仕方がないかなとは思っていますが

やはり信じる者は馬鹿をみます。
本当に世知辛い世の中です。
酷い人は周りにたくさんいます。

回答です。
信じる者は救われません。
正直者は ある意味 成功しません。
信じる者は 馬鹿をみます。
それが私の得た結論です。
そして人を見たら泥棒と思えは本当です。
でもそれを許してしまう人がいるのも事実です。
 

投稿日時 - 2019-06-13 00:25:54

ANo.2

どんなものを信じるか、あるいはどんな人がそれを信じているのか次第でしょう。

投稿日時 - 2019-06-13 00:11:36

ANo.1

どっちも多いと思いますよ。

正直と信じるはまた別ですから。
どんな嘘でも信じられるなら幸せになれます。
人は疑うからこそ不安や不信を味わうのですもの。

中途半端な正直者は確かに馬鹿を見ますね。
ある意味黙っていられない、信じていられないから痛い目に合うんでしょう。
表面だけ見て判断しちゃうような一見正直者と言うのも困りものですけど。
吟味して、判断する目を持ち、自分の中に信念があれば結果が悪くても馬鹿なことをしたとは思わないでしょう。

結局揺るがないもの、信じ切っても良いもの。完全なものを求めているのは今も昔も、誰でも一緒ってことなんだと思います。

投稿日時 - 2019-06-12 23:59:34

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