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解決済みの質問

イタリア戦後

日本もですが、イタリアは敗戦国でも分割されなかったのはなぜですか??。

投稿日時 - 2019-05-02 20:49:41

QNo.9612934

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

当時のイタリアは名目上イタリア「王国」でした。実際の権力は全てムソリーニが持っていたのですけどね。
しかし戦局が悪化し、連合軍がシチリア島に上陸すると誰もが「こりゃアカン」となったのです。実際に連合軍を食い止めているのはドイツ軍ばかりで、イタリア軍では連合軍が食い止められません。事ここに及んで、ムソリーニは独裁権を返上して事実上幽閉されることになりました。「クーデター」と呼ばれることもありますが、現実はグダグダのうちに失脚したというのが正解でしょう。
ムソリーニが失脚して幽閉されたと知った市民たちがこぞって捨てた黒シャツ(ファシスト党の制服)で、ローマのテベレ川は黒く染まったともいわれています。

で、ムソリーニが失脚したイタリア王国は速やかに、しかし秘密裏に連合軍と連絡をとり停戦(終戦)に向かって話し合うこととなります。交渉の秘密外交官としてイタリア国内に潜入したイギリス軍とアメリカ軍の士官は、イタリア側が用意した「ごちそう」を見てしばし時間を忘れてむさぼり食べたと日記に残しています。
イタリア停戦の最大の障壁になったのは、イタリア各地にいるドイツ軍部隊でした。一時はアメリカ軍の空挺部隊がローマに降下して速やかにローマを占領して終戦工作をする、という案が具体化したのですが、連合軍がローマ付近を偵察するとイタリア側が用意していると主張していた支援するための部隊が存在しておらず、それどころか強力なドイツ軍部隊が展開していることが判明してこの作戦はナシになりました。なんてことはない、ドイツもそうなることを警戒してちゃんとニラミをきかせていたのです。

そしてその停戦の交渉のさなか、イタリア側は「連合国との間の戦争が終わったら、対ドイツ戦にイタリア軍の部隊を派遣するから、もし連合国が最終的に戦争に勝利をしたらイタリアも(最後の最後に対ドイツ戦に参加したから)戦勝国に入れてくれ」というスゴい提案をしてきます・笑。
もちろん、連合軍はイタリア軍なんて最初から相手にしていないし必要ともしていないので即却下されました。でもイタリア側はあの手この手で「そこをなんとか」などといってきました。

そんなこんなで連合軍司令長官アイゼンハワーからイタリアが降伏したことが発表されましたが、このことはイタリア国王もイタリア軍各部隊も誰も聞いていない寝耳に水状態でした。
しかしまあ戦争は終わりだっていうことで、イタリア軍は各地で武装解除を行います。このときアメリカ軍と共に行動していた従軍記者は、武装解除したイタリア兵たちが家に帰れるということでみんな上機嫌でカンツォーネを歌いながら山を降りる横で、まだ戦争が続くアメリカ兵が重い足取りで山を登るさまを見て「いったいどっちが戦争に勝った国なんだろう?」と思いましたとさ・笑。

イタリア王国そのものは降伏してイタリア軍も武装解除に応じたのですが、イタリア国内にはまだそこかしこにドイツ軍部隊が残っていて、またイタリア軍の中にもドイツ軍と同調して戦闘を継続する部隊も一部あったので、彼らと連合軍との間の戦闘が続くこととなります。
幽閉されていたムソリーニはあの悪名高いオットー・スコルツェニーによって救出されドイツに渡り、その後ナチスドイツが崩壊する寸前まで残存のイタリア人部隊を率いて連合軍と戦いました。

ムソリーニの身柄はレジスタンスによって確保され、各地を転々と移動させられて4月28日に北イタリアで処刑されました。
そのときにこんなエピソードが残されています。処刑されるその日、幽閉され板ホテルからムソリーニと、彼と行動を共にしていた愛人のクララ・ペタッチ(ウィキペディアで見ると分かりますが美人です)はレジスタンスの隊員から「これから移動する」と命じられました。彼らはそういう日々がずっと続いていたのですが、その日に限って、なぜかクララはホテルの部屋にハンドバッグを置いて行ったといいます。作家の塩野七生さんは「女がバッグを持ち歩かないということは絶対にありえない。そのバッグを置いて行ったということは、彼女は自分たちが処刑されてもう戻ることはないということを察したのではないか」と書いています。まるで映画のワンシーンのようですね。

投稿日時 - 2019-05-03 15:44:44

お礼

ありがとうございます。イタリアの歴史はメジャーじゃないので、ムッソリーニ以前の背景もわからないですが、なんとなく、大きな指針がもとからなさそうでイタリアらしい適当な感じですね。どうせヤケクソですから、出来るだけ得するように提案するのもわかります。言うだけタダみたいな。
「カサブランカ」では、イタリア軍が、ドイツ軍の子会社みたいな扱いだったり、「道」では、貧しくて娘を売ったり、旅芸人したりの戦後を見たくらいで、イタリア魂がどこにあるのかよくわからない感じでした。

投稿日時 - 2019-05-12 19:35:18

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回答(4)

ANo.3

朝鮮もドイツも、分割はアメリカ中心の連合国とソ連の間で行われました。ソ連は周辺国の赤色化(共産国化)が目的でした。国境を接していないイタリアにはその魅力となる動機がなかったからでしょう。

投稿日時 - 2019-05-03 00:19:52

お礼

ありがとうございます。
うーん、ベトナムも接してないのでは?。

投稿日時 - 2019-05-12 19:28:21

ANo.2

>イタリアは敗戦国でも分割されなかったのはなぜですか?

イタリヤは、敗戦色が濃くなった時点で「イタリア民衆が、ムッソリーニ親方を処刑」しました。
処刑後は、連合国側に付いて連合国の一員として枢軸国と戦いました。
ですから、この貢献が認められたのです。
今でも、イタリア海軍は空母の所有が認められていますよね。
実際は、当時のソ連が地中海を重要視していなかった為らしいですがね。
ジブジタル海峡を抜けるには、イギリスの海外領土を通過する必要がありますから。
余談ですが・・・。
実は、タイも枢軸国の一員として連合国と戦っています。
が、戦後「日本に脅迫されて、仕方なく連合国と戦った」との主張が認められて敗戦国になる事を免れました。
※タイも、空母所有国です。
そうそう、サンフランシスコ講和会議。
韓国代表が「我が国は、日本と戦って勝った戦勝国だ!」と自信満々で演説しました。
が、会議出席国から「爆笑」されたとさ。^^;
韓国の正しい歴史では、韓国建国は1910年代らしいです。

投稿日時 - 2019-05-02 22:57:00

お礼

ありがとうございます。
戦争も混乱するとよくわからないものですね。

投稿日時 - 2019-05-12 19:27:23

ANo.1

イタリアはムッソリーニが失脚した後、寝返って連合国側に付いたので順勝戦国です。

そしてイタリアにはソ連軍の侵攻が無く、連合国通しで分割協定も無かったので分割されなかったのです。

投稿日時 - 2019-05-02 21:00:07

お礼

ありがとうございます。えー!。そうなんですか?。ビシー政権と同じ感じで、戦勝国扱いなんですか。そんなのアリ!?。
そもそも、ちょっとよくわからないのですが、戦後処理ってかなりいい加減と思います。
ドイツは4カ国で分けたんですよね?。日本はなぜかアメリカだけ。まあ大平洋戦争だからいいのか。
それとドイツは正に東西の間に位置するってのもあるのかも。

投稿日時 - 2019-05-02 21:24:14

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