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「新しい時代」になったのか?

元号が変わったというだけで、政治体制が変わったわけでもなく、江戸時代までは元号が変わっても時代が変わったとは言っていない。明治以降で日本という国が大きく変わったのは終戦時であり、それ以前を例えば「文明開化時代」それ以降を「人民主権時代」と呼ぶなどして、時代と元号を切り離して呼ぶべきだと思うのですが、皆様の考えをお聞かせください。アンケートですのでベストアンサーは出しません。

投稿日時 - 2019-05-01 05:29:00

QNo.9612321

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回答(4)

ANo.4

ご指摘はその通りなのですが、それを言い出すと西暦の「新年」なども同じです。地球が自転しながら太陽の周りを公転している、そのどこかの時点に特別意味があるわけではないけれど、暦のルールである時点で地球上のある部分から順番に1日かけて「新しい年」になると世界中で約束しているから、地球上の多くの人が次々に「新しい年になった」と感じるのです。

ここで「地球上の多くの人」といって「すべての人」と言えないのは、西暦の正月よりも旧暦の「春節」を盛大に祝う中国人のように、固有の伝統的な暦の方に強く「新しい年」を感じる人々が今も相当数存在するからです。

そして、日本の元号も「固有の伝統的な暦」の一種です。「改元されたからと言って、【それだけで】(ここ重要!!)新しい時代になるわけではない」と回答者も思いますが、マスコミの集中的な報道やビジネスでの活用(紅白まんじゅうを配ったスーパーマーケットもありました)の結果として「改元されたことで新しい時代になったと感じる人も多い」のも事実です。

そしてそのように「新しい時代の到来」を感じる人が多くなればなるほど、本当に「新しい時代が来る」かもしれません。改元を機会に新しいことを始めたり、これまでのやり方を変えたりする事例が実際に出てきているからです。「地上にもともと道はなく、歩く人が多くなればそれが道になる」どこかで聞いたような話ですが…。

江戸時代までは、明治以降のように一世一代にではなかったので、改元が頻繁に行われたうえ、改元されたことを全国で一斉に知る手段もありませんでした。それでも明和九年が改元されて安永元年になって詠まれた有名な狂歌は、江戸時代の人々の元号に対する考え方の一端を示しています。

年号は安く永しと変われども諸色高直(しょしきこうじき)[なんでも値上がりの意味]今にめいわ九(く)

江戸時代の庶民も、改元されたからと言って、それだけで新しい時代が来ると考えるほどおめでたくはなかったことがよくわかります。

投稿日時 - 2019-05-02 05:35:47

旧天皇の跡を追って,国会与党議員が全員ハラキリ殉死でもしないと変わらない。

投稿日時 - 2019-05-01 09:30:51

ANo.2

明治以降の身近な時代は、今の呼び方の方が分かり易くて良いと思います。
年号も何時まであるか分かりませんし、1万年も経つと、今と全く違う世界になって、分類の仕方も変わってくるでしょう。
分類の仕方は、目的によっても違ってくるので、それによって、いろんな時代の名称がついても良いと思います。
江戸時代を詳しく見るなら、元禄時代などのような分け方もできるし、世界全体で見るなら、帝国主義時代などの分け方もあると思います。
素人考えですが。

投稿日時 - 2019-05-01 07:15:09

ANo.1

質問者様自身が書かれているように、歴史(時代)は過去を語るものですから、今はわかりません

投稿日時 - 2019-05-01 05:39:31

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