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解決済みの質問

日本の行政・企業の杜撰さ・適当さ

昨日のニュースを聞いて思ったのですが

東海村のどこかで放射能漏れが起きたり
マニュアルに不備があったり
虐待を受けていた女の子を保護していた沖縄の施設が千葉県に
虐待を受けていたことを隠していたりと
怠慢が目立ちますが
何故わが国では無責任なことばかり起こるのですか?

投稿日時 - 2019-01-31 00:55:06

QNo.9583075

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

昔から言われていますが、行政の職員は、3~4年で職場を移動します

昔のひどいときは、2年ぐらいで移動していましたから、無責任の発端はそこにあります

書かれているように、マニュアルを自身で作り、自分で運用するのなら、責任が自身にあります

しかし、3~4年周期で担当職員が代わりますから、マニュアルを作成すると決めた人、作成した人、運用する人・・が、それぞれ別なのです

つまり、誰も責任をとることがなく、失敗したとしても、またそれも処分という名の責任で、その職員が配置転換されるだけです

書かれているように、虐待などの事実などを数年隠せば部署を移動ですから、新しい行政担当者も「言われても知らねぇし」と、言うことです

残念ながら、これが日本の行政の実態です

蛇足として、民主党だって政権時代に行政刷新会議などで見逃していた事柄、担当を変えたことで発生した事柄を、さも現在の政権・大臣が管理できていないと追求している姿は、気持ち悪い以外の言葉は出てきませんよね・・・

投稿日時 - 2019-02-01 03:40:33

ANo.5

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回答(5)

ANo.4

正直さや責任感がむくわれない社会になったからでしょう
不正や怠慢を内部通報した結果、その職場で働けなくなったりとかさ
マスコミに騒がれて家族崩壊したりとか
自分の家族のことを考えて平穏な生活を送ろうとしたら、
知らないふりしてやりすごす、という選択になる
国民だって、怠慢だとか言うくせにそこに税金を回すのには反対でしょ

投稿日時 - 2019-01-31 11:39:56

ANo.3

人間ってほっといたら楽なほう、悪い方へと流れるもの。だからよい方へ向かうよう日々の努力が大事と孟子も荀子も唱えている。

投稿日時 - 2019-01-31 09:12:11

ANo.2

「おかしなこと」「やってはならないこと」について、「これはおかしい」とか「ならぬものはならぬ」と主張しなくなったことが、多くの場合「根っこ」にあると考えます。

これは別に個人の道徳心が低下したとか、気骨のある人物が減ったとかいうようなレベルの問題にとどまらず、世の中全体が「組織優先の減点主義」になってしまい、「目に見えない同調圧力」に日々さらされているということです。

この結果、内心では「これはおかしいのではないか…」「本当はやってはいけないのでは…」と気づいたとしても、誰もそれを声に出さない(出せない)ようになってしまっているのです。

これを改めることは、容易なことではなく、単純に「コンプライアンスの強化」を唱えるだけでは、「不自由さ」が増すばかりでしょう。

若いころ上司から「職場では大きな声ではっきりとものを言え」と教えられたことがあります。「正しいことでも明確に言わなければ伝わらない。間違ったことでも明確に話せば、周りがその誤りに気づけるからだ」と言うのです。一人一人が「大きな声ではっきりとものを言う」ところから開始するほかないと思います。

何でもかんでも「昔は良かった」というつもりはありませんが、新人だった40年あまり昔の職場では相当激しい議論が行われ、極端な場合は「手が出る」ことも珍しくはありませんでした。現在そんなことをすれば「大変なことになる」とみなわかっていますので、表面的にはどこの職場も平穏です。そのかわり失ったものもあるという気がします。もちろん暴力はいけませんが。

投稿日時 - 2019-01-31 05:55:21

ANo.1

組織が大きければ大きいほど、権力が集中すれば集中するほどに「親方日の丸」体質になりやすい。

一昨年来の森友加計問題に対する政府答弁や、今回の厚生労働省の毎月勤労統計の不正問題、或いは、東日本大震災の際の東京電力の対応、また、虐待などに対する弱腰で無責任、しかも、真相を隠し弱者に寄り添わない姿勢など、これ全て、そこに携わる面々の国または組織として守られている生活実態、水準からして、全くどうでも良いことであり、その守られているという事実が人間から責任感や情熱を奪う。

「日本の行政・企業の杜撰さ・適当さ」の根源は、そこに携わる人間たちが、組織によって大切に扱われ過ぎており、何かしらの失態が生じても、組織が一丸となって問題を覆い隠し、何事もなかったようにできてしまうことにある。

あらゆる権力構造の段階の中で、その頂点に近ければ近いほど、何をやっても許されるという慢心が、こうした杜撰な事例を生み出すのだと思いますよ。

公務員とは、本来、公僕と考えるならば、そうした守られるべき存在ではなく、民間同様に400万程度の年収に抑えるべきものであるにも拘らず、社会に君臨する一生涯安心安定の中で過ごせるような待遇が約束されているからこそ、いい加減な対応をとるようになってしまう。

公務員制度の根本的な改革や企業に対しては法人税減税ではなく、バンバン増税して、上から目線で社会に君臨する殿様ではなく、庶民の目線で下から社会を支え、貢献する立場であるのが本筋。

しかし、安倍総理や麻生なども、生まれながらの筋金入りの坊ちゃん育ちであり、社会を形成する巨大組織の上層に君臨する面々の多くが同様の連中ばかりですから、この国が良くなるなどということはあり得ないでしょう。

何せ、彼らが目指すものは良い国を作ることでもなければ、社会に貢献することでもなく、国民のために尽くすことでもなければ、公僕として奉仕することでもない。

それぞれが自分自身の出世や満足できる生活水準の確保だけを望み、そうした欲求を国や行政、組織事態が無条件にかなえている事実が人間を堕落させ、様々な問題が浮上する。

彼らは守られ過ぎていることが、全ての問題の原点だと思いますよ。

ただ、彼らにとっては、そうした事実は「当然のこと」としか受け止めていないということだと思います。

まあ、完全に頭が麻痺してイカレテいるということでしょうね。

そして、そうした面々が国家の上層にいるということです。

投稿日時 - 2019-01-31 03:07:28

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