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締切り済みの質問

意固地がいいか諦めがいいか

私は、暇になるといつもこの問題に悩みます。「意固地になる方がいいのかそれとも速めに諦める方がいいのか」です。
例えばあのApple創設者だったスティーブジョブズのようにたとえできないけど拘って拘りぬいてたとえ自分の給料がとてつもなく低くても会社が倒産しそうになっても社員をクビにしても良い物を作り、社会を発展させていくためならば自分の考えが実現できるまであきらめないような感じにとにかく意固地になる方がいいのかそれとも早めに諦めて方向転換をして今の社会に溶け込んで平凡にいる方がいいのか。
どちらもメリットがあるしデメリットもある。
早めに諦めればお金も消費しないし新しいことを始められる。だけど諦めなければ成功する可能性も失敗する可能性もある。
どっちが正しいのか。
という事を考えます。どちらが正しいのでしょうか。

投稿日時 - 2018-12-02 04:29:31

QNo.9563734

暇なときに回答ください

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回答(7)

ANo.7

全てに対応できる問題ではなく 個別の問題です。
それぞれについて どちらにするのか決めるのが重要な仕事だと思います。
取捨選択の決定ですね。
この問題は徹底的に
こっちのほうは ばっさりと切り捨てる
という判断力をつけるほうがいいです。

投稿日時 - 2018-12-05 16:47:13

ANo.6

「大成功」を前提にするのなら前者。
「一般的な成功」が前提なら後者です。

例えば、お笑い芸人を見るとわかりやすいと思います。
お笑い芸人として大成功を収めた人達はみんな前者です。売れない時期でも頑張り続けた人だけが成功します。
でも頑張り続けても売れない芸人はたくさん居ます。多くの人間にとってリスクは大きいです。

対して、さっさと転職すれば安心確実な生活が得られるでしょう。
しかしその生活に「大成功」がある可能性は低いです。


どちらが正しいとかではなく、大成功したいのか、普通に成功したいのかで選ぶべき道は異なるということです。

投稿日時 - 2018-12-03 12:56:44

ANo.5

卑怯な回答とは思いますが、人個々の 性格と生き方に由るものと思います。
その生き方が成功するかどうかは結果論ですから、予め割り振ることができません。
前以て計画しコツコツと励んだのに惨めに終える人もあれば、大成功する人もいます。
気が向けば頑張ってみるけどすぐに飽きてしまうのに、着想が良くて成功する人もいます。

こうすれば成功するという処世訓をたくさん見受けます。
が、そんなに便利な生き方は無いもんだ、と人生の終末期になってようやく気付きました。
私は私流の生き方を通して並の幸せと並の辛苦を味わいました。
大方の人は同様の道を辿ります。

今、この回答をお読みの方々もいつか、爺の回答に「そうじゃのう」と頷く時があろうと思います。

投稿日時 - 2018-12-03 08:45:50

ANo.4

 よく二者択一のようにいわれますが、半分安定した仕事に就きながら、半分自分のやりたいことにこだわるのはだめなのか?
 何だか、入管難民改正法や水道法改正法など、賛否が分かれる問題って今後もすごく多くありそうで、健全な二大政党とか、多数決によらない議論は重要ですね。どこかに落とし所があるような気がします。グルグル堂々巡りすることもよくありますが。
 成功者と敗北者の分断から、次の時代へということなのか。

投稿日時 - 2018-12-02 11:24:21

ANo.3

正しいも正しくないもありません。

絶対にこれを実現するのだ、実現するまでは多少の血が流れても構わない、と考えるのは何かの成算があって自分の考え方に自信があるからできるのです。別に意固地なわけじゃありません。

たとえば高柳博士というのがいましたが、この人はラジオ放送が始まったころに猫も杓子もラジオ開発に血道をあげていたときに、動画の転送ができないかと考えた、当時で言うと頭のおかしい変なやつです。で、これをある企業の社長にいって、「ばかか、そんなことができるわけないだろう、常識で考えろ」と言われたけど、理路整然とものを言う態度と真剣な目つきにひるんで、「政府から予算とってやろうか」と言い出したんですね。そして、誰もやっていない電波管を使ってガラスの上に電磁波を当てて変色させるというしくみでそこにカナ1文字を表示することを実現し、あとは画面を分割および時間を分割という方向に進めていたときに戦争でそんな費用は全部取り消しになってしまった。
ところが戦後ガレキの中でまたその研究を復活し、10年経たないうちに1枚1枚とった写真を走査線で分割してデータ化し、ある時間インターバルで撮影とデータ化、送信を繰り返すというとんでもないことを、コンピュータも何も利用できないころにシーケンス回路だけで実現でき、放送局の開局にまでつなげたわけです。これがテレビ放送です。

これは意固地でもなんでもない。できると思うから「ストップしないで」研究し続けたというだけのことです。

これに対し、んぼーと何のアイディアもないまま「人類の平和につくしたい」なんか言っても、そこには迫力もありませんし、夢の話だというのを誰もわかってますから、カネを出すものもいないし信用するものも居ません。
こういうやつを「諦めた」というのは間違いで、もともと実現できると思いもしないでホラを語っているだけのことです。方向転換をしたというのでもなく、単に道を探して歩けるところだけ歩こうとしてるだけのことです。

このふたつをごっちゃにして「どちらが正しいか」という問題の立て方がおかしい。

ノーベル賞をとった本庶博士と言う人も、ガンなんて直らんし何をわけわからんことをいってるんだという見方をされながら、最後はやっぱり馬鹿だったと言われて死ぬかもしれない覚悟をして研究を続けていたら、あ、それガン対策として役に立つというようなことが発見できてきたわけです。
このひとが60歳で死んだらただの夢見がちな無能な学者で終わったでしょう。成果がなければただのバカ者ですから。
やると決めたら命がある限りやるんだ、という行動をするとこういうことになるのです。別に意固地になっているわけじゃありません。

ようするに本気でやるのか、やらんのか、というだけの差です。
本気でやると決め、しかもわずかでも勝算がありうると思ってそれにすがるのであれば、うまくいく可能性という紐をつかむことができます。(それでも途中で死ぬ危険性はありますが)

ジョブスを引き合いにだされるんだから、要するに儲けられるかどうかを問題にしたいのだと思いますが、AppleだとかiPhoneというのは売って儲けようとして発想されたものじゃありません。独自のこういうものを作ってみたら役に立つんじゃないかと考えて、役に立つ、という確信で作り上げたのです。その結果「使える」という評価の上売れたので、儲かることになっただけです。

つまり「儲かった」というのはやったことの報酬です。目的じゃありません。

そこを勘違いする人が、儲けることを第一目的として何を何のためにやるかをお留守にして出費して、損をするのです。

さきほどの例でいいますと、ラジオがもてはやされていた戦前時代に、儲けることを第一と考えてラジオ工場なんかを建てた人間は、当面売上はあるけど、そのうちにラジオが下火になると夢にも考えない。
興行収入が落ちることを懸念して芸人の胴元がラジオ出演禁止令を出すということも考えない上、そうなった時の対策も全然考えていなかったのです。
このときにその禁をやぶって出演して追放された芸人は新メディアの新たな創造者になっていきました。柳家金語楼とか春団治のようなものです。

戦後テレビ時代が来た時に、その業界から反発も来ないしニーズがあると見込んでいた人がプロレスを対象にし、野球や相撲を対象にしました。この知恵の差は大きい。ここで、芸人の胴元ではなくイベントのプロダクションという仕事を生んだ人たちが花を咲かせました。

この人たちが意固地だとは思えません。

要するに、ちゃんと観察し、実現が可能だと判断した人間が「やる」と決めるか決めないか、それだけです。

何の判断もなく「やる」なんていう人間が何もできるわけないんです。
その連中は「諦めた」のではなくスタート時点で人生をなめているだけです。

投稿日時 - 2018-12-02 10:43:52

ANo.2

人生は究極的には賭けですので正解はないと思います。
あくまで、自分の「これだ!」という確信と
「これで失敗しても仕方ない」と思えるかどうかだと思います。

投稿日時 - 2018-12-02 07:19:55

ANo.1

私は、こだわりすぎるよりも、こだわり過ぎないほうが、自分も、自分の周りの人も、幸せに生きていけるように思う。

どちらが正しいかといえば、どちらが正しいとかの問題ではないと思う。
過ぎ去って、良かったなと、思うか、失敗したなと思うか、あんなこともしたなと、思い浮かべるだけのことです。

投稿日時 - 2018-12-02 05:52:44

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