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郷士の屋号

江戸時代は郷士でも屋号があったみたいですが、珍しいことですか?
私の先祖と分家は郷士の下級武士でしたが、屋号がありました、先祖は、一つ目が、〇〇〇〇どん(先祖の名前を崩したような屋号)、同時期に使ってたかは分かりませんが、
もう一つの屋号は家の場所に関する名前だったように記憶してますが忘れました
分家が〇〇〇どんと名前の部分をそのまま使ってました
同じ屋号を江戸時代、ずっと使ってたらしいです(今は使ってないです)

投稿日時 - 2018-09-02 11:37:26

QNo.9533281

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

1。江戸時代は郷士でも屋号があったみたいですが、珍しいことですか?

 いいえ、ごく普通のことだと思います。

2。「屋号」とは屋、すなわち「いえ」の通称ですから、農家と武士の中間に位し、城外の農耕地区に住んだ郷士には、その場所を示す、名前が必要でした。
 http://uguisu.skr.jp/history/yagou.html

 屋号はその先祖の名や、場所の特徴(~田、~江、~野、などのつくもの)、商業が盛んになるにつれて出身地(越後屋、紀伊国屋)などが増えたようです。

3。現在でも、江戸時代の十人組の「組」の名前、行政の(いわば今の町内会長)の所在地(「中屋敷」など)を使う場所があります。

投稿日時 - 2018-09-02 13:17:10

ANo.4

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回答(5)

ANo.5

>江戸時代は郷士でも屋号があったみたいですが、珍しいことですか?

何も、珍しい事ではありません。
郷士発生の歴史を見れば、理解出来ます。
また、江戸時代には「郷士株の売買」が多く行われていました。
郷士と言っても、正式な武士階級ではありませんからね。
坂本龍馬で有名な土佐藩では、郷士は「下士」として蔑まれていた存在でした。
※山内家家臣は、「上士」です。
ですから、多くの郷士(多くは旧長宗我部家家臣)は「生活の為に、帰農したり郷士株を売却」しています。
坂本家も「龍馬の本家(商人)が、郷士株を購入」していますよ。
龍馬も「本家の屋号(才谷屋)」を用いています。
まぁ、今も昔もTPOに応じて呼び名を変えたのでしようね。

投稿日時 - 2018-09-02 22:19:15

ANo.3

珍しくはないですよ。
おそらく屋号は、近年その土地に多くの同じ名字などが存在し、区別するためにも使われてると思います。
それ以前は名字もないので、名字の代わりだったのでは?
今でも田舎に行けば屋号を使ってます。
さすがに都市部では廃れてますが。

投稿日時 - 2018-09-02 12:23:07

補足

江戸時代は公に名乗れる苗字があったそうです

投稿日時 - 2018-09-02 12:49:48

ANo.2

50年前は、町中で、屋号を使っていました。
お店で買い物をしても、つけで買って、お盆と、年末に支払うシステムでした。
そのために、屋号は、便利でした。

今は、一部の人が使っています。
我が家にも、屋号はあります。

その屋号は、人の名前。
昔は長男が、すべての財産を受け継いでいました。
子供のころは、子供の名前を付けていて、
親が死んだら、長男が名前を変えて、すべての財産を受け継いでいました。
(相続しても、土地なのの登記を、書き換える必要がなかったのです)

投稿日時 - 2018-09-02 12:18:56

ANo.1

別に珍しい事ではないですが。

投稿日時 - 2018-09-02 11:55:46

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