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解決済みの質問

(自己顕示?)欲をなくしたい。

こんにちは。

最近「下手の横好き」(ここ太字)で文章を書いています。「文章」と書きました。他に呼びようが見つかりません。一見「物語」(らしく)はありますが、とても「小説」などと呼べるものではありません。といって「エッセイ」ではもっとありません。

書くことが好きで、下手を承知で書いているのですが、たまにふと魔がさすのか、「人の感想を聞いてみたい。」などと思ってしまうことがあります。

こちらでいくつか小説投稿のためのサイト
http://syosetu.com/
も見つけましたが、とてもそのようなところで公にする勇気はありません。

「感想を聞きたい!」・・・このような気持ちをどのように鎮めたらよいでしょうか?
「清水の舞台から飛び降りるつもりで誰かに見せ、そして徹底的に貶めてもらう」という意見もあるかもしれません、けれども、最後の最後の創作意欲まで喪失してしまうことを怖れています。

「自分のためだけに書く」という気持ちをどのように涵養すればいいでしょうか?

本来メンタルヘルスあたりへの質問事項かと思いますが、とりあえずいつもの場所で独りごちてみました。ご意見があればお聞かせください。

投稿日時 - 2017-06-11 02:11:40

QNo.9339755

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

ご返答ありがとうございます。
再回答です。

あなたの書いて下さった文章を見て、勢いを感じました。
誰かに見せようとか評価をもらいたい等考えずに書いた…素敵な文章でした。
今の気持ちをどこかの新聞に投書してみては如何でしょう…

日本の精神病院の数は世界一、精神医療水準は先進国の中で最悪。

嫌な世の中ですが、一歩ずつ歩みましょう。
又素敵な詩や文章を書いて下さい。

投稿日時 - 2017-06-12 00:30:48

補足

創作という点に於いて、「違い」ということ。
『南極物語』という映画にもなった南極観測隊の橇を曳いていたタロ・ジロがペンギンを食べて生き残っていた。日本中の新聞は、よかったよかったの大合唱。
そこで
「犬に食われたペンギンの立場はどうなる」と言ったのが星新一でした。

「人と違った視点」を持ちたい・・・というか持ってしまっているんですけどね(苦笑)

投稿日時 - 2017-06-12 03:01:08

お礼

こんばんは。再度の投稿をありがとうございます。

今、みなさんの一連の回答にお礼を書き込んでいて、いつもながら口の減らない、というか「ああ言えばこう言う」って感じだなぁと苦笑していたところでした。

おそらく自分がこの中の回答者のひとりだったら、なんとなくいやな感じを受けるだろうな、と思います。

けれどもわたしは頂いたみなさん一人一人の回答に「誠実に」回答しているつもりです。少なくとも自分なりに。

「わたしに課せられた義務は、人当たりのいい人間になることではない。
無論人を不快にさせたり傷つけたりするつもりは毛頭ないが、わたしの義務とは、自分に忠実であること。このいささか風変わりで、奇妙な体験と感情を持った自己に忠実であることだ」

これはパレスチナ系の社会学者、思想家である、故エドワード・W・サイードの言葉です。

先の「性格とは運命である」というノヴァリスの言葉同様、わたしはこの言葉が好きです。
「わたしの義務は人に好かれる人間になることではない。この「奇妙な自己」、その存在に忠実であることだ」と。

それを守っているのでなかなか人と馴染めません(苦笑)

>日本の精神病院の数は世界一、精神医療水準は先進国の中で最悪。

ええ、残念ながら20数年の精神科通院歴の中でそのことは身に染みて感じています。そしてわたしと話の合う人は大抵どこか心の病んだ・・・心に傷を持った人たちでした。

>嫌な世の中ですが、一歩ずつ歩みましょう。
>又素敵な詩や文章を書いて下さい。

素敵なメッセージをどうもありがとうございます。胸が温かくなりました。

投稿日時 - 2017-06-12 02:38:03

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回答(8)

ANo.7

いやあ、ごく普通の気持ちとして、感想を聞きたい、でいいと思う。
小説投稿サイトに投稿して、感想が聞けるのなら、これを利用しない手はない。
果たして、その感想次第で、創作意欲がなくなるものだろうか。
もしそうだとしたら、今後の執筆の時間を、他の事にあてればいいだけの事だ。
それでも、やはり、書いていたい、と言う思いが、また起こってくるものだと、私は信じている。
意欲、ほどのものがなくても、なんとなしな気持ちで、書く事はできるはずだ。
私は長編を読む気がなかなか起きないので、ショートショートがさくっと読めて助かる。
質問者様の作品がどのようなものか読んでみたい気もする。
感想を述べるかどうかはわからない。
むしろ、述べるほどの感想を持てない程度の作品の方がいいくらいだ。
例えば、どうと言う事のない日常を描いた、サザエさん。
このアニメの1話を見て、感想を述べる方が私は難しい。
けれども、なんでもないこの物語が、私を楽しませてくれる事もある。
私を楽しませたものでさへも、何の感想もない。
感想を述べるために見るのではなく、楽しむために見たのに違いない。
もちろん、楽しませてくれなくてもかまわない。
重要なのは、見せる事だったり、見る事だったりで、その内容やそれへの反応などは、二の次、三の次だ。
まあ、私の楽しみ方はどうでもいいか。
もし、すぐに誰かに読んでもらって、感想を聞きたい、と言うのでなければ、その作品の事は忘れて、しばらく何も書かないか、まったく別の物でも書いて時を過ごす。
そうして、ひと月、ふた月と間をおいて、その作品を読み返してみる。
自分自身が読者となって、読む、と言うわけだ。
そして、半年、一年とたって、また読んでみる。
読むたびに、感じる事が異なってくると思う。
そうして、じっくりと寝かせてから、件のサイトに投稿してみるといいだろう。
自分が読者として感じた事を、他の人も感じるであろうか、自分が感じなかった何かを、他の人は感じるであろうか、と言う楽しみが増える。
もしかしたら、書き直したくなってくるかも知れないので、書き直したものを投稿してもよろしい。
そうして、また、書き直す前のものも、かきおろしとして投稿してみるのもよろしい。
両方を読んだ人は、ああ、これがこうなったんだと思うだろうし、自分ならこうしたかもな、と思う人もおろうし、読む人に、いろいろと思わせる事はできると言うものだ。
感想があろうとなかろうと、あってその内容がどうであろうと、筆者と読者が、それぞれに楽しんだに違いない。
書くよろこびと、読むよろこびと。

投稿日時 - 2017-06-11 14:41:04

補足

>質問者様の作品がどのようなものか読んでみたい気もする。
感想を述べるかどうかはわからない。
むしろ、述べるほどの感想を持てない程度の作品の方がいいくらいだ。

しゃべり場でMさんとお話ししています。気が向いたら覗いてみてください。無論
>感想を述べるかどうかはわからない。で結構です。

投稿日時 - 2017-06-12 18:18:19

お礼

こんばんは。
じつに面白い回答を拝読しました。

ちょっと脱線してしまうかもしれませんが・・・

おしゃべり広場で、ひとりの女性に読んでもらっています。
フェイスブックの3名をのぞいて・・・というよりも、一番熱心に読み、感想を聞かせてくれるのがその女性です。

けれどももし仮に、わたしがフェイスブックの誰かから、「これを読んで是非感想を聞かせてくれないか」と頼まれたらとても困ってしまうだろうと思うのです。
長谷川町子でも手塚治虫でも、藤子・F・不二雄でも、星新一でも、「ではこの作品の感想を書きなさい」と言われてもただ絶句してしまうでしょう。
「おもしろかった」「それほどでもなかった」せいぜい言えるのはそんなこと。
映画も同様で、内容を咀嚼して「感想文」として再構築するというのはとても難事業だなぁと思います。
たまにアマゾンで映画や本のレビューを書いたりしますが、実際「とてもおもしろかったけど、感想は書けない」という作品の多さに改めて驚いています。

わたしが書いているのは大体1000~2000字くらいの「短いおはなし」です。

書いたものを後に再読ということはあまりありません。書いたらそれで終わり。読み返せば必ずどこかに不満が見つかる。
・・・「僧は推(お)す月下の門・・・うむ。ここはむしろ僧は敲(たた)く月下の門、がぴったりするんじゃないか・・・いや・・・」
手を入れ始めれば仮に原稿用紙3枚のものでも無限に改変できる。ですからわたしは書いたらそれっきりにしています。

でもたまにシュールな感じのものができることがあって、「こういうのはちょっと「説明過剰」だろうか?しかし「説明抜き」で読んだものが状況を把握できるだろうか?」などと、ちょっと感想を聞いてみたい誘惑に駆られてしまいます。

ご意見とても参考になりました。またおもしろく読ませていただきました。
ご回答をどうもありがとうございます。

投稿日時 - 2017-06-12 01:23:51

こんにちは。
誰かに読んでもらいたい、感想を聞いてみたいという
気持ちをなくすのは難しいのでは。

そういったサイトに投稿して
高評価を得られなかったり
批判的なコメントがついたらガッカリしそうで怖いという
ことでしょうか?
「 書くことが好きで、下手を承知で書いている」・・
でしたら、人にどう思われようが関係ないのでは。
きっと気に入ってくださる人も沢山いると思います。

投稿日時 - 2017-06-11 09:54:15

補足

こんばんは、

質問にリンクした「小説家になろう」というサイトに投稿してみました。

投稿日時 - 2017-06-13 02:50:45

お礼

こんばんは。

>誰かに読んでもらいたい、感想を聞いてみたいという
気持ちをなくすのは難しいのでは。

そこでこちらにその悩みをぶつけてみました・・・

>そういったサイトに投稿して
高評価を得られなかったり
批判的なコメントがついたらガッカリしそうで怖いという
ことでしょうか?

わたしは大学を卒業して新卒で入社した小出版社を一カ月でクビになったという強者です。社長兼編集長の言うには「君はものを書く仕事には向いていない・・・」
その後20年ほどたって、40歳くらいの時、友達と、そのガールフレンドに作品(小説)を読んでもらいました。
「うーん。どうもねえ・・・」

そういう実体験があるので、いい評価が得られるということは全く考えていないのです。

最近ここの「小説」のカテゴリーの古い質問を閲覧していて、たまにリンクを貼って「わたしの小説読んでください」という質問があります。若い女性たちが多いようですが、わたしはほんとうに彼女たちの勇気に拍手を送ります。中に随分厳しい事(・・・「批評」というより、いじめている感じ)を書かれている人もあり、それでもひとつひとつきちんとお礼をしている女性がいて、こういう人にはほんとうに敵わないと、頭の下がる思いです。
その女性は既に退会していましたが、もしまだIDがあったなら、その質問だけで「ファン登録」したいと思いました。

>きっと気に入ってくださる人も沢山いると思います。

親切なお言葉、ありがとうございます。

投稿日時 - 2017-06-12 00:55:24

ANo.5

grさんこんにちは。

既にFB等で大勢のお知り合いと会話なさっているようでが・・それではダメなのですか?

あとは、amebaでブログ開設されるとか。もうやっておいでになる?

先般はここで短編を披露なさいましたね。

それともtwitter。
これも田中マー君・トランプ級ならレスポンスは大量に来ますが。一般人ではどうなんでしょう、詳しくは知りませんが。もうやっておられるのですか?

直近、私への回答で・・・彼女は場合によっては成り行きによっては枕営業をしても良いと考えていた・・・でしたか?適確なご意見だと思います。鋭いですね。
是非ブログでもそういう知見を発揮して下さい。

投稿日時 - 2017-06-11 08:11:14

お礼

こんばんは、sqさん。

先ずフェイスブックですが、今年になってやっと日本人の友達を何人か作りましたが、それまではFB以前にやっていたSNSの、海外の友達との関係を断ち切らないために、好きでもないフェイスブックを始めたというのが実情です。
フェイスブックには現在40人の友達がいますが、日本人は6名。そのうち頻繁にやり取りがあるのは3名。
そちらに「作品」(??)を投稿していますが、その3名は読んでくれ、たまに求めれば感想を聞かせてもくれますが、なんだか無理して読んでもらっているような気がしています。つまり逆の立場だったら、わたしなら困ってしまうだろうな、と思うからです。

No.1の回答者さんのお礼にも書きましたが、ブログは10年前から持っています。けれどもわたしが愛読しているいくつかの日本人のブログ同様、反応は年に1件あればいい方。また実際そういうブログを書いていた人たちは、今はtwitterなどを本拠としていて、わたしは過去に彼ら、彼女らが書いたブログ=ウェブ日記を繰り返し読んでいるのです。

わたしの夢(妄想)は、わたしの書いたものを好きと言ってくれる人が世界中で(といっても日本語ですから日本中で)20名存在すること。(苦笑)
しかしそうなるともうプロのレベルですよね。

なかなか、煩悩の犬は追えども去らず・・・といったところですね。

いつもご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2017-06-12 00:40:35

>とてもそのようなところで公にする勇気はありません。

そこを勇気を出して公開すればどうですか?

全体的にマイナス思考ですから、どこかで踏ん切りを付けないとダメでしょう

投稿日時 - 2017-06-11 07:00:57

お礼

こんばんは、michiyoさん。

>全体的にマイナス思考ですから、どこかで踏ん切りを付けないとダメでしょう

そうですね。10年ほど前にもOkwaveの質問(たしか当時は「哲学」だったか?)の際に、当時やり取りしていた回答者から「相変わらず負のアイデンティティ全開ですね」と言われました(苦笑)

ご回答どうもありがとうございました。

投稿日時 - 2017-06-12 00:19:50

ANo.3

*感想です。:素晴らしいエッセイ・”文章です。
”解り易いし・読み易いです。
*無理・努力されて、”自己顕示欲を、消し込むのは、惜しまれ勿体ないです。
”自己顕示欲こそ、パフォーマンスでは、無くて”サバイバル競争社会での、
”最低限な”アクション行動でしょうから、何も気に”やまれない事”でしょう。
実は、人間の””所謂(いわゆる)、”自己表現能力・創作力・伝達能力・等々が、
”天賦の才能なのでしょう。
➡近未来・将来を、正確に見据えないと”誰でも、”元気を無くしますから。
*後天的才能より、”天賦才能こそが、”天命_生き甲斐+信念です。*
それは”大昔”IQ(知能指数)がやたら叫ばれた時代から、今は、EQ(感情指数)
でしょう。・・・
◎そして、間違いなく、一応”先進国的な”日本・JAPANなら”AI(人工知能)を、最大限フルに、活用された”時代が、迫って居ります。もう、来てる?
➡大昔に、”鉄腕アトムと、言われる”ロボット、アニュメーション漫画が、有りましたが、現在、又、TVコマーシャル含めて、脚光を浴びて居ります。!

投稿日時 - 2017-06-11 03:27:04

お礼

こんばんは。

質問文を褒めていただき恐縮です。

>無理・努力されて、”自己顕示欲を、消し込むのは、惜しまれ勿体ないです。

ありがとうございます。けれどもわたしは若い頃から、何につけても極端に自信がありません。例えば自分が決して美人ではないと知っている女性が、仮にそれに嘘がなかったとしても「きみはきれいだ」という言葉を聞いて傷ついてしまうのと似ています。

わたしにとって、批判的・否定的な評価はストライク・ゾーンであり、上のような例はどうしても素直に頷くことができません。

>自己顕示欲こそ、パフォーマンスでは、無くて”サバイバル競争社会での、
”最低限な”アクション行動でしょうから、何も気に”やまれない事”でしょう。

そうですね。ただわたしのような小心者は、「感想を聞いてみたくないか?」という囁きは、なんとしても押さえ込まなければならない自己防衛じゃないかと思えるのです。

改めて、ご回答をありがとうございます。

投稿日時 - 2017-06-12 00:14:39

ANo.2

夜分失礼します。

人間は神様ではないから、無私無欲にはなかなかなれないです…

文学がお好きなようですが他の分野でリスペクトできる人はいますか?

私は羽生名人、まあ天才ですが将棋の対戦時には
決して勝とうと思わない と言っています。

又…アンタッチャブルの柴田さん…私はお笑い芸人さん全般嫌いですが、彼の動物ネタは大好きです…しかも妻を同業者に奪われて。彼には頑張ってほしい。

横浜ベイスターズの三浦大輔選手。阪神の巨額な年俸提示に応ぜず、ベイスターズに残ってくれた。超スローボールを投げたりお茶目な一面も。おおくのファンにとって 浜の番長です…
あとは金子みすずさんでしょうか?
SMAPの引退ソング 槇原さんが作った曲の歌詞は金子さんの 皆ちがって、皆いいのパクりです…

他にも青色LEDの真の発明者はノーベル賞もんですが、論文書くより現場が好きって言明。

他にはペシャワール会の代表 中村哲医師。現地の惨状を見て診療所を作るより井戸や用水路を作るのが先決とせっせと土木の仕事をやっています。用水路を作るためなら、CIAからもものごいの人からも寄付を貰うって豪語しています。
他にも沢山いますが長くなりますので…

この人たちに共通しているのは、他人と違う事をやることだと思います。
文学も同じです…

誰も書けない事を貴方が書けば、何かが生まれる。
評価がついてこなくても、失敗したら、又起き上がればいいと思います。
人と自分を比較しない事です…

投稿日時 - 2017-06-11 03:23:42

お礼

こんばんは。

ひとと違うことをやる。
ここでも何人かは既にご存知ですが、わたしは精神障害者です。人と同じことができません。
けれども、上に挙げられているような人たちのように、人と違うことをして喜ばれ、愛されるということは、わたしにはありません。
これはもう、避けようもなく違ってしまいます。その違い方が人の眉を顰めさせる方向であっても。

大河のように流れる人の群れがあって、あっちに逸れれば愛されて、こっちに逸れれば嫌われる。でもこればかりはどうしようもないこと。
わたしは「性格とは運命である」という言葉を信じます。

>評価がついてこなくても、失敗したら、又起き上がればいいと思います。
人と自分を比較しない事です…

そうですね。頑ななお礼になってしまっていたら申し訳ありません。

素敵なご回答を、どうもありがとうございます。

投稿日時 - 2017-06-12 00:03:08

||ω・) わぁ… 興味あるな~♪ 読んでみたいな~・・・

なんて言ってみたりしてw
ごめんなさい。^^;

解決方法としては、御自身でブログを作る事をお勧めします。
【感想を聞いてみたいけど、公にする勇気はない。】との事ですから
ひとまずブログを作って【コメント機能をOFFにして公開】するのです。

公に公開されますが、個人のブログですから
小説に時事ネタでも含まれない限り、そう簡単にアクセス数は上がりません。
(アフィリエイト目的のブログが簡単には稼げない事を思うと
納得できると思います。
記事の書き方については、ブログの閲覧数を上げる=ネットの上位検索の対象となるために、それ専用の勉強があるくらいですから。)

小説をブログに掲載してから数か月、数年が経ち
【心構えができた時に】コメント機能をONにしたり
読んだ人が感想を送るためのフリーメールアドレスをブログに掲載したら良いと思います。

管理画面でブログのコメント機能をOFFにさえしておけば、
自己顕示欲は満たされつつ、忌憚ない感想を聞く事はないので
気持ち的に必要十分が満たせるのではないでしょうか。

もしくはいっそ、どこかの文学賞に応募するのも手かもしれませんょ☆
ああいうのは大抵、受賞者(大賞や佳作)にのみ連絡が来るシステムですから
応募作品の全てが講評されることはありません。
公表されない応募作品の方が圧倒的に多いです。
もし講評されてもプロの講評ですから、変に傷つくことはないと思います。

(^ω^)b 満足できると良いですね☆

投稿日時 - 2017-06-11 02:44:19

お礼

こんばんは。

このような質問にさっそくお返事を頂きありがとうございます。
仰ること、とてもよくわかります。実はそれ、随分前からやっているんです。ブログを始めたのは10年前からですが、継続して書きこんでいるわけではないので、日記の記入率というのは10%にも満ちていません。
一年書いたかと思うと次の一年は全く放置のようなかんじで、気まぐれに書いています。

最初の内は反応がこわくて、コメントを記入できないように設定していましたが、最近はほとんど閲覧者もいないことがわかり、コメント欄に書き込みができるようにしてあります。といっても当然何の反応もありませんけれど。

今回は質問のタイトルがわかりにくかったですね。「自己顕示欲」をなくしたい、というよりも、「感想を聞きたい」という娑婆っ気をなくしたい。という意味でした。

なぜそういう気になるかというと、たまに、書いていて、「これを人が読んだらどのように感じるだろう?」という気持ちが湧いてくるのです。

ただわたしは忌憚のない意見というものに堪えられるとは思わないので、そのような気持ちを棄ててしまいたいと思うのです。

>いっそ、どこかの文学賞に応募するのも手かもしれませんょ☆
ああいうのは大抵、受賞者(大賞や佳作)にのみ連絡が来るシステムですから
応募作品の全てが講評されることはありません。

そうですね。ただ、それではやはり「感想を聞きたいという」囁きを消すことはできないように思います。何故なら、応募する前から無言・無反応であることがわかっているのですから。

ご回答をどうもありがとうございました。

投稿日時 - 2017-06-11 23:48:33

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