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【名古屋のビジネスモデルの不思議】名古屋の料亭の女

【名古屋のビジネスモデルの不思議】名古屋の料亭の女社長で歩く100億円と言われているマネーの虎に出演していた株式会社よし川の吉川幸枝という人がいるが、彼女のビジネスモデルは一箇所に複数の料亭を作っているが今も成功しているんでしょうか?

なぜ同じ土地に同じ料亭をいっぱい作って客が来るのでしょう?

普通は成功したら他の土地に出店して拡大させていくのに彼女が取った方法は成功した店の横にまた新しい自分の料亭を作って周りを自分の料亭だらけにした。

飽きられたら全部の料亭が潰れると思うのだが成功しているっぽいし不思議でならない。

名古屋の人独特のセンスというか名古屋でしか通用しないと思う。

他の都道府県で同じビジネスモデルをやったら飽きられたら隣の料亭にも行かないと思う。

なぜ一箇所に料亭を密集させて成功したのだと思いますか?

あと料亭で幾ら儲けても100億円の宝石買えるお金が入ると思えないんですが料亭で100億円の利益が出るなら道場六三郎も100億円ぐらい持ってるんでしょうか?

道場六三郎は自分で割烹の店をやり、作る料理人も自分でテレビにも料理の鉄人で出てたし。

けど道場六三郎が100億円持ってるようには見えない。


何が違うんでしょう?

名古屋の料亭はクソ高いんでしょうか?

どうやって100億円も利益が料亭で出るのかも不思議でならない。

投稿日時 - 2017-04-03 23:25:25

QNo.9313072

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

波乱万丈の人生から這い上がり成功した人。
13人兄弟の末子として生まれて、幼い頃の父を亡くして、独立した兄弟と離れて母と
2人で、50円と布団・火鉢・梅干の壷だけを乗せたリヤカーを引いて田舎から名古屋へ。
生きて行く為に、母と供に住み込みで働きながら学校も行かずに、親の生きざまをみて
姿勢から教わった自身の持ち前の明るさ、強さで貧しさを感じることなく育った。
お握り一つ食べられない生活の中で、母の料理上手な所を学び、それをヒントに
「美味しいもの売るほど食べてみたい・・・」と飲食業を開始。
「びっくりどんぶり」と「ぶたぞう」が大ヒット。(登録商標取得)
住む家がなかったので、母に豪邸を建ててあげたい、でも豪邸と言う言葉が派手
だったために、辞書引いたらアメリカでは豪邸は「マンション」だった。
母にマンションを建ててあげる約束をしたが、計画半ばに、
母が「私は心だけでいいから、人に貸せるようないいものを造っては」とアドバイス
受けて20代半ばで不動産会社の社長。
昭和38年当時日本にはマンションという名前はなく「マンション」の名付の親。
その時のマンション4階建てが現存します。覚王山。
大正生まれのお母さんが凄い人ですね。
母ありて子あり。
お店に行ったことありますが、1万円以上でないと食べられません。
私は4人で行って7万2千円でした。
おすし屋さんは、1日6組カウンター貸切で2万円以上。
年商100億円。
50店舗。

投稿日時 - 2017-04-04 08:03:21

お礼

みなさん回答ありがとうございます

投稿日時 - 2017-04-04 08:09:26

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