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イエス・キリストと聖書

ふと疑問に思ったのですがイエス・キリストと聖書は如何なる点に於いて関連付けられたのでしょうか。また、新訳と旧訳聖書は何が違うのですか。

投稿日時 - 2016-03-11 07:52:09

QNo.9141312

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質問者が選んだベストアンサー

旧約聖書はユダヤ教の経典です。イエスはユダヤ教をもとに教えを説いていました。
イエスの死後、弟子たちによってイエスの教えが引き継がれて世界中に広がりました。これがキリスト教です。
新約聖書はキリスト教の経典です。

投稿日時 - 2016-03-11 07:55:28

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回答(4)

ANo.4

新約聖書成立は紀元後300年頃です。
原始キリスト教の発展による派閥争いの中で、
主流派の都合の良いように改ざんされてます。

ユダヤ教聖典である旧約聖書にメシア出現が預言されており、
キリスト教主流派はそれをこじつけてイエスがそのメシアだとした。

キリスト教も派閥争いで同志をローマに密告したりの惨殺の歴史がある。
イエスキリストの存在は証明されておらず架空の人物の可能性がある。

私はローマカトリック受洗者で神学校で神学や聖書学を学びました。

投稿日時 - 2016-03-11 11:27:07

お礼

有り難うございます。新約聖書はここで言う処の主流派に権威を付加する為に作成されたもの、となりますね。

投稿日時 - 2016-03-11 13:56:06

ANo.3

新訳ではなく、新約、旧約です。この「約」とは「契約」の約であります。つまり旧約聖書の約とは「旧い契約」であり、新約聖書の約とは「新しい契約」という意味なのです。
ではその契約って何の契約?になるわけですが、それが「神様との契約」なのです。はい、日本人には少々理解しがたい概念であるのですが、神様と人間との間で契約がなされたのです。旧約聖書の旧い契約に書かれていたのがあの「十戒」ってやつですね。殺すな盗むな姦淫するな、っていうアレです。モーセと神様との間で成されたものです。そしてキリスト教においては、「イエスと神様との間で、新しい契約が結ばれた」としています。しかしユダヤ教ではイエスをキリスト(救世主)と認めていないので、新約聖書はユダヤ教の経典としては認められていないのです。
もちろん、イスラム教では「ムハンマドと神様との間で新しい契約が結ばれた」としています。それぞれの契約の内容が書かれているのが、旧約聖書であり新約聖書でありコーランなのです。
ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も一神教ですから、契約を結んでいる神様は同じお方におわします。ヤハウェもゴッドもアッラーも、同じお方を指した言葉であります。というか唯一絶対の存在ですので、神様は当初自分が名乗ることさえも拒否されました。「私は、あって、ある者である」ということをおっしゃったのです。曰く、「名前ってのは他者と区別をつけるものである。俺は唯一にして絶対の存在だから他のやつと比べることができないから名前は要らない」と。しかしモーセは「それじゃあお祈りするときもあんたのことをなんて呼べばいいか分からないからこっちが困る」と主張して「じゃあ、神様って呼んでもいいよ」となったのです。かように、契約であるために両者の間では交渉がなされることはしばしばありました。例えば神様は「人間が堕落しているからソドムとゴモラの町をぶっ潰してやる」といったのですが、そのときロトは「神様、それぞれの町に神様の行いを守ってるやつがいたら、そいつまで一緒に殺すのってひどくないですか?」といい、「もしね、もし善人が1000人いたらどうします?」「ウーム、それなら滅ぼさないな」「ですよね。じゃあ、もしそれが100人だったら?」「ウーム、それも滅ぼせないなあ」となって、最後は神様が「ちょっと待て、ちょっと待て。さっきから聞いてるとお前どんどん数を減らしてるじゃねえか!」となって「善人が5人いたら町は滅ぼさない」で交渉成立となったのです。結局、ソドムとゴモラには善人が5人もいなかったので滅ぼされちゃったんですけどね。

同じ神様との契約なので、キリスト教とイスラム教でも旧約聖書は経典として使われています。契約の改定は一部であり、引き続き旧い契約が生きている部分もあるからです。つまり法律と同じです。憲法があって、その憲法に基づいて法律が作られているのです。法律と同じというか、法律が聖書のやり方に基づいて作られたんですけどね。
新約聖書には、キリスト教の教祖であるイエスの伝記や教えや神様と結び直した新しい契約について書かれています。その成立には意外に時間がかかっていて、今の形式で完成したのはイエスの死後300年くらい経ってからとなります。

投稿日時 - 2016-03-11 11:12:46

お礼

有り難うございます丁寧な説明で聖書の内容がよくわかりました。

投稿日時 - 2016-03-11 14:02:37

「関連付けられた」←ですか・・・

その様な形で聖書を考えるのなら 既に 疑いの目でしか無いのだから 拝読しなくてもイイのでは無いかな?

信じる気持ちが一番大事で   聖書自体には イエスの到来の為に備える心を養う様にする事しか 書いてない・・

イエスの到来を旧約聖書で伝えたが 到来したイエスを信じなかった為 再臨のキリストの到来に備え 新約聖書が伝達された・・

そして 再臨のキリストの到来の時も やはり キリストを信じる事が出来なかった・・

再臨のキリストは それにも負けずに キリストの役目を果たし 「成約聖書」を この世に残し そして 新しい本来の歴史の火種を残しました・・

既に 全てが 神の意向に沿った世の中になって行ってます・・

投稿日時 - 2016-03-11 08:17:15

お礼

回答有り難うございます。疑いも何も私はキリスト教徒ではありませんので。疑念が晴れたとき開かれるのが信仰であり疑いを許さないのは盲信です。

投稿日時 - 2016-03-11 14:16:26

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