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締切り済みの質問

発達障害と診断されたが…落ち込んでしまう日々です

ある大学病院で発達障害と診断されました。
30代男性です。

病院を受診した理由は
自分があまりにも「発達障害」の特徴に当てはまるから。
幼いころから成人に至るまでの人生の過程を振り返ると。
つまり誰かに受診を勧められたのではなく、自分で受診を希望しました。

診断結果、やはり発達障害でした。
正直ほっとした部分はありましたが、
自分はは発達障害なんだ、これからどう生きていけばいいんだろう。
これからも仕事や対人関係がうまくいかないのではないか。
結婚なんてできないしできたとしてもうまくいかないんだろう…と思ってしまいます。

正直診断が下りたことに関して、生活全般に消極的になってしまいました。
休みの日は家にこもることが多くなったし、お酒の飲む頻度も増えました。

発達障害の本を読むと、診断されてほっとした、吹っ切れた、診断されてよかった、霧が晴れた、等の経験談が書いてありますが、僕はどうも開き直れません。

実際に、ある時、大人になって発達障害と診断された方はそれをどのように受け止めたのでしょうか。

投稿日時 - 2015-03-15 11:40:37

QNo.8936129

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回答(7)

ANo.7

発達障害は患者を診ての印象が大きいという話を聞きました。

私は偽性副甲状腺機能低下症を身体に持ち、広汎性発達障害と診断を付けてました。

その医師は患者に不評を買っていて(薬を直出すということで)

私は信用できませんでしたので、今度再診断をするつもりです。

実際に診断されて吹っ切れる人なんて裁判で無罪を勝ち取れる人だけですよ。

無視して無かったことになされてみてはどうですか?

社会で生きていけるなら不要なのですから、精神科は誤診が多いですし

投稿日時 - 2015-04-10 17:03:58

落ち込んででも時間が過ぎてしまうだけなので、
どうやって生きていこうかをよく考えて受け入れるしかないですね。

投稿日時 - 2015-04-09 18:37:39

ANo.5

私は前の職場で先輩の指導に全然ついていけず、はためにも相当参っているように見えたのか教育担当が上司に訴えたのか不明ですが、とにかくカウンセリング受けるよう勧められて精神科に行った結果アスペルガーと診断されました。

なるほどな、とは思いましたがそれだけです。
周囲の方々への実害がありこれからも起こりうることに代わりはないのですから。

相手をイラッ!とさせてしまう言動をしてしまったり察することが全然できなかったり。
私はもともと、この程度で怒るほうが悪い、言うべきことを言わないほうが悪いという考えでした。
障害の特性を理解し気をつけることでトラブルを避けられるようになるかもしれませんが、そんな訓練してまで人と深く関わっていきたいとも思えません。
転職先では、積極的に人と関わろうとしない素の自分のままで、とりあえず大過なくやって行けてます。
昔からこういう人はいて、一人で生きて一人でひっそりと死んでいったのだと思います。

これが幼少期に発覚していればまた話は違っていたでしょうけど。


発達障害にかぎらず見た目ではわからない病気や障害はたくさんあり、世間に認知されていなかった頃は周囲の者が抱いた印象のとおり、怠け者とか無神経な人という認識でそれ相応の対応をされ、少なくとも周囲の者はそれで納得がいっていたと思います。
だれでもぶつかる壁だとかちょっと変わってるだけと思考停止するのではなく、イレギュラーな存在であるとはっきり認識して本人だけではなく周囲の者も納得の行く扱いが必要だと思うのですがね…。


ADHDについて説明する絵本で
「オチツケオチツケこうたオチツケ」
という作品があります。
ADHD児を『ブレーキが にがてな 車』と例えています。
作中では『ブレーキが にがてな 車』による物損事故や人身事故が描かれているのですが、その被害者に対する扱いがあまりにも軽すぎ。
(障害者を扱う作品には得てしてこういう傾向がありますね)
このことから、被害者を主人公に据えた
「クルナクルナこうたクルナ」
という作品が某所で発表されました。
このタイトルで検索すればリンクが見つかります。

車にはねられた被害者からすれば、事故の原因がドライバーのよそ見か無謀運転かブレーキの故障なのかの違いはどうでもよいことだったりします。
発生した被害が全てです。

これは障害がらみのトラブルでも言えることだと思います。
障害者を故障した車に置き換えたら、トラブルの被害者にどう向き合うべきかが見えてくるのではないでしょうか。

私は、アスペルガー号で公道を走ることは必要最低限に済ませ、私有地でひっそりと走る選択をしました…。

投稿日時 - 2015-03-17 19:46:11

ANo.4

私の子供の頃、若い頃には発達障害なんて言葉は存在しなかったんですけどね。普通の人でも色々な困難にぶつかってますよ。

ちょっと変わった子、変わった人、それでいいんじゃないでしょうか?目の前の課題に取り組んでいけばいいと思います。
病名を知る事は必要だと思いますが、知る事で考えすぎたり、それらしくなってしまう事の方が問題だと思いますよ。

投稿日時 - 2015-03-17 02:25:13

ANo.3

そのうち開き直れるし、結婚もできますよ。精神的に少し弱い人は、優しいからもてるだろ。少なくとも俺は、好きだぞ。男同士だとキモイか?

投稿日時 - 2015-03-16 08:15:28

いまは、事故や生活習慣病気などから
中途障害者になってしまう人が少なくないのですが
障害の受容にはタイムラグがありますね。

質問者さまの障害は、どの発達関連なのかは不明ですが、
『発達障害の人が長く働き続けるためにできること』という
本などを読まれることをおススメしたいです。

私は、
【人が希望に至るのは絶望に導かれてです】という言葉が好きなのですが、
【絶望は我々の力を倍加する。 イギリスの諺】
も、いいと思っているのですが質問者さまは
自己分析で結果を予想しておられたので
絶望はしておられないのでしょうから、それは
救いですね。

【逆境は最高の教師である。  Benjamin Disraeli】
【逆境が人に与える教訓ほど麗しいものはない。 William Shakespeare】
といった言葉もあるのですが……30年以上、
暮らして来られたこと自体が素晴らしいことですし、
いままで通り、人を支えたり、支えられたりしながら
暮らせば宜しいのではないでしょうか。できれば、と言いますか、
願わくば、早期に、
質問者さまに与えられている天賦の才を引き出してくださる
御仁と出会えると、いいですね。
祈っております。

誤魔化したり、インチキしたりせずに、つづけられる、
あるいは、つづけていたことの近くに質問者さまの
天与の才能が隠れているかもしれませんので~~~~
私が生まれた町からそう遠くないところにある学園に、
映画やドラマになった貼り絵の天才がいて、彼のその才能を
見出したのは顧問の精神科のS博士だったのですが……その
出会いがなければ知的障害者のままで終わってしまったのかも
しれません。
S博士やヘレンケラーさんを導いたS先生のような
引き出してくださる人が滅多にいないのが残念ですね。

受け容れには、ある種のタイムラグが存在する
ということで、お望みの回答にならずに、
ごめんなさい。
All the Best.

投稿日時 - 2015-03-15 16:23:33

ANo.1

【発達障害の本を読むと、診断されてほっとした、吹っ切れた、診断されてよかった、霧が晴れた、等の経験談が書いてありますが、僕はどうも開き直れません。】

どうもね、医療機関で診断されて、○○です、といわれて、そうなのか・・・とは、おもうでしょう?
で、だからどうなのって、おもいませんか?

なんとか、自分の考える、本来のあるべきすがた、あるべき能力、あるべき仕事、あるべき’現実・未来?’と
’あるべき’とリアルが乖離していることなんか、100%の人にあることです。
医療機関にかかるのは、出来れば、’病気とわかれば、治してもらいたい、治る。’と考えるからです。

で、実際に、治る・・・’病気’って、本当に少ない。
病態として、こうです、あーです、そのようです・・・で、どうしたら治る?かは、また、別な話だから。

【実際に、ある時、大人になって発達障害と診断された方はそれをどのように受け止めたのでしょうか。】

発達障害という言葉は昔はありませんでした。
意味わかる?
大人として、ある意味、期待される基準値からいささか外れている、それをテストして、
血圧測定じゃないが、あなたは、ずれているというだけのこと。
漢字のテストだって、出来る人も、出来ない人もいる。
中には、ディスレクシア(文字が文字として認識できない・・・障害です)
ジョブズもそうだと聞いたことがあります。

それを意識できれば、’高血圧’で危ないと思われることを回避できるかもしれない、
そういう日常生活を送りなさい、そういうこと。

本質的に’本態性高血圧’はなんだかわからないけど、高血圧というだけで、それを’治せる’わけじゃない。
同様にして、発達障害もおなじ。

だからどうなの?
たぶん、我が家の愚息(25歳)もそうです。
え? 診断を受けてはいません。
別件で診療を受けたことがありますし、カウンセラーにもずいぶんと通いました。
ただ、それだけのこと、いろいろレッテル貼っても、それだけ。

医療・診断する側にいるなら、それ(診断)でおしまいですが、生活する本人、家族にしてみれば
そこから始まるのですが、別に、スタート時点から一歩も動いたことにはならないって、ことです。
’治る’わけじゃないから。

投稿日時 - 2015-03-15 12:29:20

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