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解決済みの質問

漢字の学習と使用をさらに充実するべきでしょうか

漢字使用に関する質問をさせてもらったことがあります。

http://okwave.jp/qa/q8667376.html

http://okwave.jp/qa/q8674036.html

頂いた回答によると、日本語を表記するのに漢字を使用しないと何らか文化上・教育上・行政上などの不備が生じるという意見が圧倒的でした。納得したとは言えませんが、大変勉強になりました。

何よりも、漢字は元々古代漢民族の言葉を表記するために考案された文字であるにもかかわらず、日本人が漢字にこれほど強い愛着を持って、漢字を身に付けるのに惜しまず非常に多くの時間と労力を意欲的にささげるという事実を知って、本当に驚きました。結局、この愛着を持つ方々と漢字を単なる表記の手段の一つ、あるいは分析の的としか見えない人々との間に越えられない隔たりがあると思います。

では、上記の現実を考慮して、次の考えが浮かんできました:

日本が置かれている地政学の立場を考えると、自給率が低く輸入品に頼って、資源確保や貿易競争が益々大変になっている。世界の貿易・金融・技術・外交などにおいて英語が事実上共通語です。ところが、日本は長年に亘って英語教育に力を入れてきたにもかかわらず、以前として英語を自由に操れる国民が少なく、現状が良い方に変わる見込みも特にありません。従って、日本はこれからも貿易・金融・技術の面で他国と競争して国を支えるほどの資源を確保するのは厳しいであろう。

そこで、今回質問したいのは:

「他国と競争する政策を見直し、所謂ガラパゴス化を積極的に追求する。自給率改善を生命工学に任せながら、他国との差別化を目指して日本独特な文化(和食・伝統工芸品・神秘的な神社と寺・日本庭園・日本伝統芸能・日本美術・武道など)を売り物にして経済を支える。この一環として役に立ってない英語教育を廃止し、代わりに外国人にとって魅力を持つ漢字の学習と使用をさらに充実する」 には、賛成でしょうか、反対でしょうか。

具体的に、「漢字の学習と使用」において次のような事を想定します。

漢字教育

(1) 漢字という書記体系の起源や歴史的な変遷を詳しく教わる

(2) 漢字をより深く理解させるために、漢字の成り立ち、特に形声文字の音符が果たす役割を徹底して教わる

漢字使用

(1) 漢字の語源・漢字の体系を不透明させてしまった 1949 年に告示された当用漢字字体表に現れる新字体の漢字を伝統的な形に戻す。

例: 学 → 學; 覚 → 覺; 国 → 國; 宝 → 寶; 広 → 廣

(2) 生き物の表記を仮名の代わりに生き物の特徴を示唆する漢字で表記する。

例: いるか・イルカ → 海豚; とかげ・トカゲ → 蜥蜴; みみず・ミミズ → 蚯蚓

(3) 外国の地名を漢字で表す。まずこのための漢字表を作る。「くちへん」漢字の中で使用頻度の少ない漢字を使用すると良いでしょう。例えば:

あ → 啞 い → 咿 う → 吁 え → 哇 お → 唹

か → 呵 き → 唏 く → 吼 け → 噲 こ → 呱

など。

尚、今まで漢字で表記されたことのある地名(パリ → 巴里; イタリア → 伊太利亜; アフリカ → 阿弗利加、など)はそのままにするか「くちへん」表に従って表記するか議論があれば良いです。

(4) 外来語をなんでもかんでも片仮名で表記するのではなく、言い換え方法も活用すると良いです。例えば、上記に使った「生命工学」は多くの場合「バイオテクノロジー」と表記されますが、日本語での話し合い・論議などにおいて「生命工学」で宜しいかと思います。一方、英語での話し合い・論議などなら漢字でも片仮名でもない「biotechnology」を使う。

他の使うべきと思われる言い換えの例:

トラウマ → 心の傷
クライアント → 顧客
マニフェスト → 選挙公約
ホールディングス → 持ち株会社

以上。ご回答、お待ちしています。

投稿日時 - 2014-11-16 12:27:24

QNo.8826860

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

日本人が英語を使えないのは、英語を使わなくても生活ができるからです。GDPの6割、約300兆円を内需で賄っている国なので、十分な市場があります。
だから英語教育は廃止しても問題なし。必要ならばいくらでも学ぶ環境はあります。
人より稼ぎたい人が学べば良い。

ただ、漢字を旧来に戻すのは疑問。
言葉は文化ですので、時代と共に簡素化するのが道理。だから英語は一番簡単なラテン語圏の言葉になりました。
日本でも平安のころより母音が半減しているし、変化も減っています。
だから漢字も簡素化したり省略したままで良いんじゃないでしょうか。

日本文化の良いところは、いいとこどりができることだと認識しています。
正月、節分、バレンタイン、ひな祭り、子供の日、盆踊り、ハロウィン、クリスマス。
すべてを受け入れて、日本風にアレンジして楽しんでいるのが日本文化。

漢字が減るのは仕方がない。
欧米の影響が強くなったからカタカナ語が増えました。しかも意味が日本風。
アルバイトやメゾンなど英語以外からも取り入れています。
中国の影響が強まれば、また漢字が増えますよ。

さらにこういったのを短縮する技術。これも日本独自。
マクドナルドを関西では「マクド」関東では「マック」とか、枚挙にいとまがありません。頭のいくつかで縮めるのも日本だけでしょうね。「モンスターハンター」が「モンハン」なんて省略の仕方は、ほかの言語ではできないですね。英語だとイニシャルだけでMHでしょうか。そっけなくて嫌ですね。漢字にもできないでしょうね。
KYなんていうのもすごいですね。「空気を読めない」がKYって、日本語恐るべし。漢字にはできないですね。

よその国の言葉をそのままの形で議論をし、さらには日本風にアレンジして共有する。
こんなすごい国の言葉の文化は、ぜひそのまま受け入れたいものです。
旧来に回帰はしなくても良いんじゃないでしょうか。

投稿日時 - 2014-11-18 20:57:38

補足

「よその国の言葉をそのままの形で議論をし、さらには日本風にアレンジして共有する。こんなすごい国の言葉の文化は、ぜひそのまま受け入れたいものです。」

日本語の優れた柔軟性・順応性は本当に別格です。

「漢字を旧来に戻すのは疑問。」

旧来のように生き物や外国の地名を漢字で表記する習慣に戻る総意は存在しないので、現実性に乏しい提案だと認めます。

当用漢字字体の改悪ですが、漢字を制限する理念に基づいたものでした。ところが、ソフトにより漢字を「書く」のが簡単になったこともあって、制限する発想が大分前から通用しなくなりました。

65 年前の当用漢字字体の改悪を取り消すのはもう遅いと考える人がいるかもしれませんが、何千年もの漢字の長い歴史の中で極最近の出来事で、十分取り消しの的であるだと思います。

投稿日時 - 2014-11-19 11:25:33

お礼

ご回答、ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-11-19 11:24:10

ANo.4

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回答(4)

ANo.3

No.2です。少し補足します。

>では、「英語教育を廃止し。。。」のところを「英語を義務教育の枠内の必須科目から外し。。。」と改めたらどうでしょうか。

一般にはあまり知られていませんが、文部科学省の「学習指導要領」で中学校の外国語(英語に限定されているわけではありません)が「必修教科」となったのは、それほど昔のことではなく、2002年(平成14年)の改訂からです。それまでは「選択教科」でした。しかしこれ以前でも、公立・私立を問わず、ほとんどすべての中学校で外国語(事実上英語)の授業が行われていたことはご存知のとおりです。

「選択教科」であっても、「事実上の必修教科」となっていたのは、一部のエリートだけでなく、すべての中学生にとって外国語を学ぶことが当然必要だという考え方が、社会で広く受け入れられていたからです。この社会の認識が変わらず、また高等学校・大学の入学試験や就職試験などで外国語の試験が行われている状況に変化がなければ、「義務教育の枠内の必修教科から外した」ところで、2002年の改訂以前と同様に、「事実上の必修教科」となるであろうことは明かです。

回答者がご質問のご提案でよく理解できないのは、漢字教育の充実が、本来無関係な英語教育の廃止または縮小と不可分のものになっていることです。この両者には「二律背反」の要素はまったくありません。全体の授業時間の合計を変えないのであれば、ある教科の時間数を増やすにはほかの教科を減らす必要が生じることは確かですが、減らす教科が外国語でなければならない必然性は皆無ではないでしょうか。また漢字教育の充実の方策には、時間を増やす量的な充実だけでなく、内容を深める質的な充実も考えられますし、こちらの方がむしろより重要ではないかと考えます。

投稿日時 - 2014-11-18 05:08:23

補足

「すべての中学生にとって外国語を学ぶことが当然必要だという考え方が、社会で広く受け入れられていたからです。」

確かに、そういう認識が広まったと言えるでしょう。そして、また仰る通り:

「高等学校・大学の入学試験や就職試験などで外国語の試験が行われている状況に変化がなければ」英語が「事実上の必修教科」に変わりないでしょう。

それも現状と言えるでしょう。ところが、現状の意識と実際の状況の間に大きなギャップがあります。

実際の状況は、高等学校・大学を経て社会人になって職業上に英語力を必要とする人は極めて少ない。趣味において英語力を必要とする社会人も少ない。

一方、莫大の税金を投入して全国民に英語教育を受けさせます。他方、英語力を必要とする人口は実際 10% 未満ではないでしょうか。普通に考えると、とんでもない低い投資収益率です。

勿論、単純な「低い投資収益率・効率の悪さ」の問題をおいて、社会が国民に外国語教育を受けさせることによって無形のメリットを期待しているでしょう。

例えば、「教育一環として外国語を学ぶこと自体が人生に有意義な経験だ」みたいな考え。もしそのような、曖昧で量り辛い認識が広く共有しているなら、どう論じても外国語教育には変化はないでしょう。

後は、英語教育の廃止と漢字教育の充実との関連性についてですが、「減らす教科が外国語でなければならない必然性は皆無ではないでしょうか」、と。

ごもっともです。必然性は皆無ですが、他に減らしても良い教科は見当たらないし、上記述べた理由(乏しい社会的なメリット)で英語を義務教育から外すことが国のためになると私は思います。

尚、国語の時間を増やさず提案した内容(漢字の起源や歴史的な変遷・漢字の成り立ち、特に形声文字の音符が果たす役割)の充実を行うのが無理でしょう。そのために英語教育を選り抜いて問題視しています。

投稿日時 - 2014-11-18 13:33:50

お礼

補足のご回答、ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-11-18 13:34:00

ANo.2

何事も極端に走らず、中庸が大切です。

現代の日本人にとっては、漢字も重要ですし、英語も重要です。どちらか一方だけを偏重して他方を軽視することはできません。さらに英語教育を廃止して漢字教育だけを充実させようというのは極論に過ぎると考えます。

先の大戦中、英語は「敵性国の言語」だとして排斥され、多くの学校で英語の授業が廃止されてしまいましたが、海軍のエリートを養成する江田島の海軍兵学校では、こうした英語授業廃止論を退けて最後まで英語の授業を行いました。海軍の士官にとっては自国語だけでなく外国語の知識も欠かせないと当時の校長が強く主張したからです。戦時中の軍人の中にもこのような見識のある人がいました。まして21世紀の平和な日本では…。

投稿日時 - 2014-11-17 00:53:35

補足

「英語教育を廃止して漢字教育だけを充実させようというのは極論に過ぎると考えます。」

極論より現実味溢れている提案だと思いますが。

貿易・金融・技術・外交などのニーズに応えるために国にしては外国語の達者は何千人必要です。

その必要な人材を確保するには、国が外国語に興味を持って才能を示す国民を抜擢して英語初め外国語を義務教育の枠外で訓練させれば良いです。

一方、言語獲得に向き不向きがありますので、義務教育の枠内で全国民に外国語である英語の教育を強制的に受けさせるのが労力・金銭・資源の無駄に過ぎません。

勿論、外国語を学ぶこと自体は非常に有意義なことで、義務教育の枠内で英語初め外国語を選択・自由科目にすると良いでしょう。

そして、抜擢されなくても外国語を学ぶのに強い意欲がある方は民間の教育団体にてあるいは独自で学べば良いです。

では、「英語教育を廃止し。。。」のところを「英語を義務教育の枠内の必須科目から外し。。。」と改めたらどうでしょうか。

投稿日時 - 2014-11-17 14:15:18

お礼

ご回答、ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-11-17 14:14:40

ANo.1

何のことはない、外来語になっていないカタカナ言葉を乱発する人と、基本的な相違はないように思います。

投稿日時 - 2014-11-16 17:59:01

お礼

ご回答、ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-11-17 14:14:17

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