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締切り済みの質問

少林寺拳法と他の格闘技

こんにちわ。以前は小学校から高校3年生まで少林寺拳法をしていました。今はボクシングや、総合格闘技、いろいろ経験して、総合格闘技で頑張っています。最近久しぶりに拳法の道場に行ったのですが、いつも疑問に思うことがあるんです。それは拳法や伝統空手はあきらかに打撃攻撃に対する防御などが進歩していないように感じます。少林寺拳法などは逆突きという突き方をしますが、ほとんどの人がいわゆる押すパンチしか打てません。ボクシングの練習生などと比べてもあきらかに劣るように思います。防御の面でもあきらかに無駄な動きが多いように思います。確かに一つの武道なので基本の動作と言われればそれまでですが、これだけいろいろな格闘技は増えてきている時代です。そこで基本は別として組み手などの練習の場合、指導者の先生は新しい技術を生徒に教えているかということが知りたいです。私が、昔から感じていたことは少林寺拳法の先生の場合5段、6段といくと他の格闘技のよい所を取り入れることをまずしないように思います。自分にうぬぼれている方いると思います。確かに6段となればすごいです。しかし、ボクシングや他の格闘技のように実力世界ではありません。長く続けていれば段はあがります。ですから段とその人の実力は全く違います。拳法や他の格闘技をされている方意見お願いいたします。

投稿日時 - 2004-05-12 18:09:42

QNo.856297

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回答(3)

ANo.3

Gです。

ここアメリカでは、日本で言う「目上の人に対しての礼儀」と言う物を尊びません. 実力のみです. 理解できない説明は納得しません. 納得しなければ底に流れている武道理論は通じません. 質問してはいけないとする指導員は無視されます. つまり、多くの日本の高段者にしてはいけないよということは通用しないのです.

高段だから言っている事は正しいとは認めません. そして、実力(知識もそうですが)を持って教える事ができなければ誰もついてきません.

しかし、先生に対して無礼な事(人間としての無礼ではなく、作り上げられた保身するための礼儀の事です)はしてはいけない、と教えている所はあります. 肩書きに惚れてくる生徒です. しかし、彼らはまた彼らが指導員になったとき、同じ事をやります. 先生の言っている事は絶対的なものである、と言う道場訓の元で生徒は実力無しに段数を増やしていきます. 

3年程前、他流ではありますが(良く知られた流派です)日本の3段の方が来られました. 私の弟子の質問には答えられなく通訳をしていた私は大変困りました。 なぜ殴らないの、蹴らないの、から始まり、自然な攻撃はもっと力強い物なのではないのか、倒れこんでしまったら?とかのごく自然な質問でしたけど、彼自身そのような疑問を持ったことがなかったのでしょうね. もってはいけなかったのかもしれません. 

植芝大先生の事は私もよく話しますので、その人の流派の事は弟子たちも知っており、護身術のための武道ということですので、できれば護身術を見せてください、と多くの弟子が頼んでしまったのです.

その当時1年ほどいた120Kgの白帯がお相手する事になってしまったのですが、軽いパンチは小手返しがうまくいき反撃をしなかったのでそれはうまくいったのですが、この白帯自身が気を悪くしてしまい、次にタックルした時に少し力を入れてしまったため、何も出来ずねじふされてしまい弟子のなすままになってしまいました. 
確かに120Kgは普通の人にとっては重い体重でしょう. しかし、何でもありの護身術としての武道ではそんなことを言ってはいられません. 武道はあくまでもなんでもありで使えなくてはなりません. 体重差、性別、武器があるかないか、なんて全く関係ないことなんですね.

まだやってみたいと言う事でしたので、では、と言う事で、45Kgの女の子が密着攻撃をしました. 殴ってはいけないと注意をしていたものですから、寝技に持っていき、わざと下になって機会を待ち、小手ひねりから横になったまま脇固めでねじ伏せ、そのまま裏がえにして十字固めでフィニッシュでした. ちなみにその女の子は緑帯でした. しっかりした相手を築けないまま固める、と言うぶどうの形そのもので持っていったわけですね.

しかし誰もこの人のことを笑い物にしたり、見下げたりすることはありません. この方からも習った事がたくさんあったからなんですね. ゲストは必ずゲストから習いとれることを習うと言う姿勢で接し、私たちができることをゲストにも見てもらうということだけなのです.

当然のことながら、このようなゲストのほかに、日本で言う「道場破り」的な人も来ます. 最近はさすが少なくなりましたが、はじめの頃は2週間に一度はきました. ペンキのボールを打ち出せる各種のピストルやライフル、また、当たれば色のつくナイフなどを必要であれば使ってもらっています. 着にそれらの色がつかなければセーフと言う事ですが、道場破りには完全防具をしてもらいます. 

道場破りだけでなくとも、私には弟子自身が練習の時はかかってきます. 知識のない、実力のない指導員の道場には武道家は集まりません. そして使えない技を教え、その使えない技から自分で「使える実力」を作り上げるのが伝統武道の教え方と私は信じています.

そして、自分の先生からは全てを習いとる姿勢で、出来ないからと言って見下す事無く、今度は自分が実力を持った指導員になればいいのです.

去年の今頃、拳銃に対して護身術が発揮するはずがないと質問された方がおりましたが結局「空手を知っている人に聞いてみます」と言う事で逆切れしてしまいました. たぶんあの質問はまた締め切っていないと思います.

自己主張そのものでしたが、ご参考になれば幸いです.

投稿日時 - 2004-05-13 15:17:45

ANo.2

アメリカで使える伝統空手と護身術を教えている者です。

自己主張になりますので、聞き流してください.

まず、今では総合格闘技、と言う言い方をしますが、総合格闘技的なオールラウンドな事をしない武術自体がおかしいと思いませんか?

つまり、空手にしろ、柔術にしろ、ある程度名前がついている武道/武術が単に打って/突いて/蹴ってだけで本当に戦いに勝てるものなんでしょうか. 関節業にしても、やった人はすぐ感じることと思いますが、相手はそう簡単には関節をつかませてくれないですよね. 汗をかけばそれだけ難しいものになります. また、かけようとすればするほど自分が負ける要素を作っている事になります.

地面に倒されたら空手家ってどうするの?と言う事にもなりますね.

試合を見ても分かりますね. 横蹴り、前蹴り、手刀打ち、浦軒、貫き手、上げ受け、外受け、内うけ、下段払い、などなどなど、たくさんの「基本技」を習っているはずにもかかわらず、使っている人はいませんね. また、ルールを作ってつかえないようにもなっていますね. 矛盾していますよね.

矛盾していないと私は信じます、本当は. 技と言われる物は全て言っていいほど使える代物ではないからなんですね. でも、使えないけど習う、のではなく、体の全てを使えるようになるための道具をまず習う、に過ぎない、とするからなんですね.

例えば、打つことを基本から習い、なぜ打つのかをしっかり奥深く習えば倒されて下になっていても効果的に打つことはできると言う事なんですね. しかし、追い突き/逆尽きだけの動きが出来たって、応用できないわけです.

何でもありの状況で戦って勝つためのものである、とすれば、空手の指導方法でも全てのすべを教えなくてはならないことは明白ですね. 教えないのは、教えられるようになる指導をされなかった、競技としての試合には必要が無い、教えられるようになるにはあまりにも時間と努力が必要となる、などが理由だと思います. でもそれを教えの賀詞同社と言う物のはずです.

基本技は使える物ではない、でも、基本技を習って、みんなが同じ基本をもつことによって、それから教える事が教え易いから其のようなし得方をしているに過ぎないんだと理解すればいいのです.

1,2,3と言う数字自体は何も出来ません. でもまず教わります. A、B、Cも同じです. これを習わないと次のことは教えられませんね. 基本わざとはこの1,2,3,やA,B,Cみたいなものです。 でも、丁度、1,2,3、を始めて習った子供が、100まで数えられるからと算数の全てを知ったような自慢を親御さんにするのと同じような事を、今の空手や他の「武道/武術」をやっている人のほとんどがこれをやっているように思われます. だから、実戦には使えないし、護身術にも応用できないし、アメリカに来て酔っ払いに殺される、ということにもなるわけです. こちらへ来てから、日本でやってきたからとこちらの人に言っても、チャレンジを受けるとすぐに負けてしまう、と言う事にもなるわけです. 非常に私としては残念です.

これを理解しないから、伝統武道は役に立たない、他の武術のいいところだけ取ってきたから私の武術はいいのだ、とかいう人が出てくるのです. 中途半端な理解やトレーニングをしているに過ぎない、ということです.

実力の伴わない武道/武術を段数で示すやり方には私も共鳴できません. しかし、ルールの基づいた試合に勝つことは実力とは私は呼びません. あくまでも何でもありの状況での実力です. なぜかと言うとルールの基づく物は運動神経や体力と言う物が大きな比重を持つからなんですね. 日本の本部から昇段連絡を拒否している私の気持ちが分からない、と言う事にもなるわけです.

使える武道を教えている所ではどんな事をやっても先生には勝てない、と言う事は普通である理由でもあるわけです. 弟子との練習を避ける「高段者/指導者」が実力をともわないということはこの高段数と言う物を「肩書き」としてだけに頼っていると言う事だけになり、本当の実力は結局ない、と言う事になってしまうわけです.

取り留めの無い事を書いてしまったかもしれませんが、ご参考になれば嬉しいです.

これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。

投稿日時 - 2004-05-13 07:22:13

補足

回答ありがとうございます。そうなんですよ。私もいつも思っていることなんですよ。実力が伴わない指導者があまりにも多いと思います。私が指導を受けていた拳法の先生事態、何の試合にも一度も出たことがないらしく、それで相手がこうきたらこう返すんだと言っているんですが、全く間違ったことを言ったりしてるんですよ・・・少林寺拳法は護身術です。ですが、私は総合格闘技をしているので当然寝技も知っています。先日拳法の道場で乱捕りの相手をしたのですが、先生から寝技は駄目だと言われました。もうその時点で護身術じゃないんですよね・・・私が言いたいには別に実践的な練習や指導をしないならそれでもいいと思うんですよ。ただ始めに入会する時に伝える必要があると思うんですよ。うちは運動みたいな感じで実践練習なんかはしないと言うことを。けどうちの先生は入会者に拳法は護身の技術だからみたいなことをいい入会させます。日本全国そのような指導者は多いと思いますが・・・

投稿日時 - 2004-05-13 12:41:22

ANo.1

現代の格闘技はあくまでスポーツといえます。本来の命のやり取りが行われている場で使われる技術とは違います。
そのためそれぞれの格闘技のルールの中で、評価される技術があれば何ら問題が無いからでしょう。
本当に戦うことを職業としていたなら状況は変わってくるはずです。
極端な話、柔道で打撃技は教えませんし、軍隊ではあらゆる格闘技のテクニック(通常禁止されている技)を教えています。
ルールの枠が取り払われるに従い、他の格闘技の技術の習得が必要になってくるのではないでしょうか。

投稿日時 - 2004-05-12 18:40:05

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