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締切り済みの質問

ワシントンについてまとめてみました。

アメリカ。ワシントンについてまとめてみました。世界史は苦手なので、間違ってるかもしれません。もし間違いございましたら、一部分でもいいので、どうかご指摘のほど、お願いいたします。感想等でもうれしいです。よろしくお願いたします。





銃声がこだまする。
風穴を開けられた兵士たちは、次々と倒れていく。


1750年ごろ。
植民地をめぐって、フランスとイギリスは対立していた。
フランスは今のカナダからミシシッピ川に至る広い地域を治めていた。
一方、イギリスは大西洋岸の細長い土地に13の植民を築いていた。
両国の目的は、勢力の拡大であった。
「すぐにここから立ち退くように」
イギリスからの手紙を持ってきたのは、身長180もある大男だった。彼はまだ未開の地だったアメリカの野を走り、草をかきわけ、急流をいかだで下り、ようやくにしてここまでたどり着いたのだった。
彼こそが後のアメリカ大統領ワシントンその人だった。
書面を読んだフランス側は一笑に付した。
とうてい飲める内容ではない。
戦争が始まった。
フランス軍はインディアンを仲間に取りこみイギリスと戦ったので、この戦争はフレンチ・インディアン戦争と呼ばれた(7年戦争ともいう)。
荒野の中、イギリス軍は隊列を組んで行進してくる。
「隊列を崩しましょう。このままではやられてしまいます」
ワシントンは指揮官に忠言したが、彼は意見を聞かなかった。栄光あるイギリス軍は美しくなければならない。我が大英帝国軍人はいかなる時でも誇り高き存在なのだ。
列を崩さず整然と行進するイギリス軍は絶好の標的だった。木の陰から撃たれる銃により目の前の兵士たちは次々と倒れていく。
イギリスは負けた。
その後、何年にもわたり、戦争は繰り広げられた。
幾多の戦闘の末、勝利したのはイギリスだった。
パリ条約が結ばれ、ミシシッピ川より東にある全てのフランス領やカナダがイギリスのものとなった。


さて、ここ植民地13州では。
「おい、聞いたか?また新たな税金がかけられるそうだ。今度は印紙にまで税金がかけられるそうだ」(印紙とは、新聞、卒業証書、商業手形、法律文書などのことです)
「冗談じゃない。イギリスは一体オレたちを何だと思っているんだ」
「イギリスは俺たち植民地の人間を本国議会に出席させないくせに、税だけは取ろうとしやがる」
「そうさ、こいつは悪法だ。『代表なくして課税なし』だ!(=議会に代表を送れないのに、課税をするなんてふざけるなって意味)」
植民地からの怒りに驚いたイギリスは印紙法を取りやめにしたが、その代わりに茶などのの品物に税をかけてきた。
ある晩のこと。
ボストン港のイギリスの商船(=東インド会社の船)に不振な男たちが乗りこんだ。インディアン…いや、違う。インディアンに扮した植民地の人間だった。
「おい、全部捨てちまえ」
彼らは木箱をかつぐと手当たり次第に海へと投げ捨てた。ボストン港は赤く染まった。
彼らは積荷の紅茶を全部海に投げ込んだのだった。この事件をボストン茶会事件といいます。





「不当な法律を取り消してください」
植民地の人間はイギリスに頼んだ。しかし時のイギリス国王ジョージ3世は言い放った。
「これは大英帝国への反逆だ。いいか、力で屈服させるんだ。植民地をイギリスに服従させるんだ」
‘どうして、イギリスは分かってくれないんだ’
「もはや戦争は避けられない。戦争に勝つしか、我々が自由になるすべはない」
人々は決意した。
ついにイギリス軍と植民地軍との戦争がおこった。ここにアメリカ独立戦争の火蓋が切られたのだった。
その頃、コモンセンスという本が民衆の間ではやっていた。
「おい、お前何を読んでいるんだ?」
「コモンセンスさ。俺たちにとって独立は必要なことなんだ。俺たちが戦うのは自由のためなんだ」
トマス・ペインによって書かれたこの本は人々を勇気付け、独立の気運を作り上げた。
初代最高司令官にはワシントンが任命された。
ジェファーソンが独立宣言の原案を考え、そして、1776年7月6日、独立宣言がなされた。
すべての国民は生まれながらにして平等であり、生命、自由、幸福を追求する権利を持っていると信ずる」と。
その月、イギリス軍の大船団がニューヨークへと姿を現した。
海を埋め尽くす大艦隊。
あまりにも歴然とした戦力差。ワシントンは一時撤退し巻き返しをはかった。その後、アメリカ軍は苦戦しながらも戦いを進めた。冬がやってきた。
衣服も武器も薬も足りない。
志願兵は帰ってしまう。
「一体、どうしたらいいんだ」
ワシントンは頭を悩ませた。
一方、その頃、ベンジャミン・フランクリンは、フランスで交渉をしていた。
「イギリスはフランスの長年の敵。今こそ、イギリスに打ち勝ついい機会ではありませんか」
ワシントンが頭を悩ませているとき、吉報が届いた。
フランスと植民地との軍事協定が結ばれたのだった。
フランス艦隊がやってきた。大艦隊を引き連れて。
アメリカ、フランスの連合軍がイギリス軍を包囲し追い詰めた。
ついにイギリス軍が白旗をあげた。
これより植民地13州は「アメリカ合衆国」という国名を名乗ることになる。
1783年、パリ条約でアメリカ合衆国の独立は、正式に認められた。
イギリスはミシシッピ以東の地をアメリカに譲り、13の州はひとつの連合国家としての歩みを始めた。そしてワシントンは初代の大統領になった。
ワシントンは2期、大統領をつとめたあと、3期のすすめを断りのちに引退した。ワシントンは故郷バージニアに戻り、3年後世を去った。首都は彼の名にちなみ「ワシントン」と命名された。


(注)ジェファーソンは、独立宣言を下書きした政治家。1800年の選挙で、彼は3代目の大統領に選ばれる。このころ、ヨーロッパ中をまきこむナポレオン戦争がはじまっており、彼はどの国にも味方しない中立の立場をとり、国内を安定させる努力をした。フランスよりルイジアナを購入し、国土も2倍に広げた。




以上です。よろしくお願いいたします

投稿日時 - 2014-04-20 19:42:01

QNo.8562292

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回答(2)

ANo.2

phj

歴史小説を書きたいのですか?それならコンパクトで読みやすく、楽しめる文章であると思います。

しかし、これを「まとめ」いわゆるレジュメの意味で言っているなら、この文章はまとめとはいいません。
歴史を知っているか知らないかは関係なく国語としてダメです。

投稿日時 - 2014-04-21 11:06:39

お礼

ありがとうございます。
自分なりに小説風にまとめてみたいと思って書いてみました(趣味です)
どうもありがとうございます!

投稿日時 - 2014-11-26 23:50:04

ANo.1

違いますね
アメリカの首都は「ワシントンD・C」です「ワシントン」ではありません

投稿日時 - 2014-04-20 20:25:01

お礼

ありがとうございます。訂正いたしますね。ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-04-20 20:34:30

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