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ポーツマス会議でのウィッテ提案を拒否していなければ

ポーツマス会議後半において、ロシア全権のウィッテは個人的意見として、「ロシアが樺太南半分に加えて北半分も日本に割譲すれば、日本は賠償金要求を放棄するか?」と日本全権の小村寿太郎に尋ねています。
この時小村は間髪入れず「日本が償金要求を取り下げることはありえない」と答え、会議決裂の危機を迎えました。
結局、日本は賠償金も樺太北半分も放棄して講和成立、となりましたが、もしこの時、小村がウィッテの提案を拒否していなければ、ポーツマス会議の行方はどうなっていたと思いますか?

1.ロシア本国も了承し、樺太全島を日本に割譲することで講和成立。
2.ロシア本国が拒否し、交渉長期化。最悪の場合、ウィッテが解任され、強硬派が全権に就任、会議決裂。
3.日本は償金の代わりに新たな要求を突き付ける。例えば既に妥結していた東清鉄道南部支線の権利譲渡区間を、当初要求通りハルビンまで求める、など。

個人的にはロシア政府内の状況を考えると2.が最も可能性が高かったのでは、と思いますが、アメリカの仲介により最終的に樺太南半分が手に入ったことを考えると、1.の可能性も少なからずあるのかな、と思います。
3.は償金の代わりを日本が求めるケースで、日本にとって最も有利な結末ですが、代わりに樺太南半分も失った可能性はあるのではないか、と。

宜しくお願いします。

投稿日時 - 2013-02-21 22:39:08

QNo.7957673

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質問者が選んだベストアンサー

tegetege77 さん、こんばんわ。


NO1です。
ウィッテは、皇帝より「一にぎりの土地も、一ルーブルの金も日本に与えてはいけない」という厳命を受けていた」。ですから樺太南半分の割譲はロシア側にとっては大きな譲歩なのです。このポーツマス条約の会議の間にもかなりの交渉が日ロ両国の使節と本国との間で持たれ、難航したようです。そして、日本にはもう戦費も戦力もあまり残っていませんでした。だから、ここで講和条約を成立させないと、この後の国家の経営が成り立たないというところまで来ているのです。だから、日本政府は賠償金支払いを放棄したのです。

詳しくはこのURLを参照してください。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%9E%E3%82%B9%E6%9D%A1%E7%B4%84

投稿日時 - 2013-02-23 19:12:59

ANo.3

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回答(3)

ANo.2

 かなり以前にNHKのドラマで「ポーツマスの旗」
というのをやってました。

 その中で賠償金云々の話になり、ご指摘のように
小村がゴネたのを口実にウィッテは、取材に来ている
各国の新聞記者に向かって「日本はカネもうけのために
戦争をしている」と講和内容を吹聴したため、立場を
無くした日本側は償金の件は放棄せざるを得なくなりました。

 とはいえ領土は寸土たりとも与えない習慣のロシアが
樺太南半分を譲ると譲歩したのだから、償金と引き換えに
北半分、つまり樺太全島で交渉したら (1)で妥結出来たと思います。

 しかし (2)も十分考えられます。ウィッテが本国にどう報告するか
によるでしょう。
でも戦力がもう続かない日本と、革命の足音におびえるロシアと
状況は同じ、早く戦争を止めなければ国が滅ぶかも知れません。
妥当なところで他の講和内容はそのままとして (1)の樺太全島の
割譲で講和と考えます。

投稿日時 - 2013-02-22 22:59:18

お礼

「ポーツマスの旗」。自分も原作を読んで、会議の緊迫した状況を初めて知りました。
ロシアにとって樺太の北半分と南半分は価値が全く異なるのでしょうか?
上記小説の中でウィッテが「北半分は沿海州の安全保障のため譲れない」云々と言っていますが、それがブラフで、今後の交渉材料として北半分を温存しておく意図があっただけなのか、それとも本音なのか、までは読み取れませんでした。
もしそのあたりをご存じなら、補足をお願いします。

有難うございました。

投稿日時 - 2013-02-23 14:03:24

ANo.1

tegetege77 さん、こんにちわ。

たぶん、2でおかしくないと思います。アメリカは最後のほうで日本の賠償金問題で掌を反していました。つまり、それまで同情的だった日本に対して圧力をかけてきたのです。また、小村寿太郎も日本政府からの「ニコライ2世が樺太南半分割譲を考えている」という電報を受け取らなければ、交渉決裂を覚悟していました。

投稿日時 - 2013-02-22 10:46:55

お礼

やっぱりそう思いますか?
アメリカの掌返しは、No.2さんの書いているとおり、ウィッテの戦術でロシアへの同情論に傾いたアメリカ世論をルーズベルト大統領が意識して、とのことだと思います。

ロシア国内では南半分はともかく、北半分は絶対に譲れない、という空気だったのでしょうか?もしそのあたりをご存じなら、補足をお願いします。

有難うございました。

投稿日時 - 2013-02-23 13:55:01

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