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あずま下り 和歌口語訳

古典の時間に、伊勢物語の第九段あずま下りをやりました。
その中の和歌で、「から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思う」
というのがあります。

この口語訳を教えていただきたいのですが、掛詞があります(汗)
その二つの意味がいれてある口語訳を知りたいのです><

急ぎです。。。
よろしくお願いします!

投稿日時 - 2012-12-03 16:39:51

QNo.7827901

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 こんにちは。「から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思う」この歌は「昔、男ありけり」と語られる「男(在原業平)」が京の都を離れ東国へと旅する模様、三河の八橋という場所での出来事を綴った部分です。
 
 >昔、男ありけり。その男、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、東の方に住むべき国求めにとて行きけり。もとより友とする人、
ひとりふたりして行きけり。道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。三河の国八橋といふところに至りぬ。そこを八橋といひけるは、水行く河の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。その沢のほとりの木の陰に下りゐて、乾飯食ひけり。
その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて、旅の心をよめ。」と
言ひければ、よめる。
  唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
とよめりければ、みな人、乾飯の上に涙落として、ほとびにけり。

 との部分を読みますと、問題の和歌の直前に、どの様な光景がつづられているか。それを踏まえて口語訳して下さいとの出題意図を読みとることができます。
 旅の一行が道不案内な情況の中で三河の八橋との場所に辿り着いた。するとそこには河が流れていてその様子がまるで蜘蛛が脚を広げたような形を示し、それぞれに橋が架かっていた。
 その一つの流れ近くの木陰で食事をしていたら、すぐそばに燕子花の花が咲いていて、それを見た一人が「あのかきつばたの五文字を言葉の頭文字に据えて、旅している私たちの心情を詠じなさい」と言ったので、私は「から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思う」との歌を詠んだ。するとそこにいた他の人々は皆一様に落涙したので、食べていた乾飯(ほしい。一度炊いた米を乾燥させて保存食とした食品)がみな粥のようにふやけてしまった。以上がこの部分の大意です。
 ですから先ずは
(1)ここに示されている「かきつばた」がこの和歌全体に対する「折り句」であることを理解すること。
(2)「唐衣」は平安時代の公家の女子が着用した正装であることから、別れを告げて都においてきた女性のこととその人物に対する断ち切れない想いの比喩であること。
(3)「唐衣」が「着る・裁つ・裾・袖・紐」など衣服に関する語やそれらと同音をもつ語にかかる「枕詞」であること。
(4)「唐衣きつつ」は「なれ」を導く「序詞」であること。
(5)「つま・はるばる・きぬる・なれ」は共に「唐衣」の「縁語」であること。
以上の点を踏まえることが大切です。
 
 では具体的にこの歌を読み解いてみましょう。順番に行きますとここに隠れている掛詞は
(A)「なれ」→「馴る」と「慣る」仲むつまじくなることと着物が身体に馴染んだ状態
(B)「つま」→「妻」と「褄」。前者は都に残してきた愛しい人、後者は衣の端であり両者をかける
(C)「はる(はるばる)」→「遙々」と「張る」
(D)「き」→「来る」と「着る」
であることがわかります。
 これらを歌の中に込めての口語訳を試みるなら
「今こうして私は旅路にあるけれど、都には着慣れた唐衣の様にように慣れ親しんだ妻がいる。そのことを想うと長い間連れ添ってきたあの人のことが頭に浮かびとても切なく感じる。都から離れ遥々やってきたことと重ね合わせると何とつらいことだろう」との独白くらいの意味でしょうか。

投稿日時 - 2012-12-03 19:03:17

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