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締切り済みの質問

宗教の意義についてです。

大震災より来月で1年!…。大規模災害が世界的に続いてます。世間では又、大きな災害が起きるのでは?…と噂や憶測がなされ議論されてるとも聞きます。

1面、被災者やその関係者始め心有る方々は宗派や国を越えて無宗教の方々も平和や安穏、無事故、健康、長寿、又、冥福と復興、繁栄…を真剣に祈ってる筈です。

然るに何故、その願いは通じず新たな災害や戦争や飢餓、貧困…が続くのか?…、祈りが足りないのか?…、祈る対象外が違うのか?…、祈るだけ無断なのか?…、無駄なら何故、宗教は出来たのか?…、
そもそも釈尊1人が解いた教えが何故、沢山の宗派を生むのか?…。

宗教は反戦平和を掲げて祈る筈が何故、宗教間の争いが絶えないのか?…。

国内でも同じ本尊を拝みながら相争ってるのは何故か?…。

無宗教の方々は何に向かって何を信じて祈るのですか?…。
各家々の先祖に祈る人が居ますが祈りの対象がバラバラで祈りがバラバラでも願いは叶いますか?…。
宗教とは何ですか?…。
只の弱い心の拠り所、気休めだけですか?…。何の力も無い人間が作り出した架空の存在ですか?…。
その為にキリストは、釈迦は…宗教を作ったのですか?…。
とある宗派の様に無差別テロで何人もの無実の人々を殺す様な最低な宗派が有るのなら最高の宗派や教えは何ですか?…。
私含め人々の大半が何故宗教に無知なのでしょうか?…。
その意義と価値を解り易く教えて下さい。
反戦平和や無事故、健康、長寿…を叶えて下さる教えは有るのですか?…。
被災者や苦しむ庶民の為にも教えて下さい。
反戦平和や災害が起こらない様に祈っても何故、立て続けに災難や争いが絶えないのでしょうか?…。
何卒、宜しく御願い致します。

投稿日時 - 2012-02-07 09:53:37

QNo.7290501

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回答(2)

ANo.2

世界中どこへ行っても、その街で一番大きな建物は、公共の施設か、宗教の施設である。又、最近では、広大な工場跡地を巨額な資金で買い求めた宗教法人もある。多くの宗教教団は、広大な敷地に巨大なモニュメントを建てたり、神殿を建設する。日本には、宗教団体の名が掲げられた宗教都市がいくつか見られる。元々、神社仏閣の名前が地名になっているところも多いのである。それ自体をどうこういう気は私はない。しかし、どこから、その資金がもたらされるの、気になるところではある。

 また、巷間、詐欺まがいの行為で信者から多額の金品を騙し取る新興宗教の数が絶えない。なぜ、この様な新興宗教が蔓延(はびこ)るのであろうか。

 宗教とビジネス、なぜこの対極にあるもの同士が結びつくのか。それは、宗教は儲かるからである。
 なぜ、宗教は、儲かるのか。宗教をビジネス的観点から見ると、特定多数から定期的に定収入、つまり、税金のような収入を期待できる。税金がかからない。元手がいらない上、仕入れも、あまりかからない。物によっては、タダである。しかも、物の品質は問わない。信心も鰯の頭からと言うように、紙切れや木の札でも効能があると思えば、効能があるのである。しかも、その効能に関しては、最初から保障する必要がない。保証書付きのお札やお守りなど見たことがない。大体、そんな事すれば、有難味が薄れてしまう。効能がわからないからありがたいのである。当たれ前に、PL法などとは無縁である。工業製品はこうはいかない。製品の品質を保証した上、問題が起きたときは、補償しなければならない。こうなるともとでもいるし、保険も必要である。つまり、経費がかかる。
 更に、信者というのは、固定客のようなものである。商売であれば、ほとんど固定客でリピーターである。また、一人一人のお布施がわずかでも集まれば、巨額の金額が期待できる。しかも、信者は、言い値で物を買ってくれる。されに、賃金を要求するどころか、信者自身が、金を出してでも働いてくれる。これが一般の企業ならば賃金を会社が払ったうえ、賃金に見合って仕事だけしか働かすことができない。無償奉仕である。つまり、経費がほとんどかからないのである。これで儲からないわけがない。
 だから、金の亡者達が宗教に群がってくる。

 そして、その利権を争って跡目争いのようなことも頻繁に起こる。

 しかも、宗教で儲けようとする者達は、人の不幸につけ込む。不吉なことこそ、忌み事こそが、宗教ビジネスには、格好の材料なのである。だから、何か不幸があると金の亡者達は、神を騙って蟻が砂糖に群がるようによってくる。しかも、どんな人間にも、不幸や悩みの種は尽きない。特に、健康の事、男女の仲、人間関係(家族の事)、金や仕事の問題は、悩みの種である。人は、苦しくなると何かにすがりたくなるのが人情である。その人情に彼等はつけ込むのである。

 ただ、間違ってはならないのは、宗教ビジネスは、信仰とは無縁のところにあるという事である。神に対する信仰と神を利用したビジネスとは本質が違うのである。宗教を利用した金儲けは、宗教の方から見れば、信者の弱味なのである。信者の側から見れば現世利益なのである。どちらにしても欲得づくの問題である。お互い様なのである。双方ともお互いを損得で利用しているのである。故に、結局は同じ穴の狢(むじな)にすぎない。騙される側も騙す方も所詮は、神を利用しているのに過ぎないのである。
 金儲けの世界は、最初から神なんて関係ない世界の話なのである。だから、ビジネスが成り立つ。信仰心があったら、ビジネスなんて最初から入り込む余地などないのである。
 神を騙(かた)りながら、はじめから神とは無縁である。そこにこのビジネスの不思議さがある。神に縁遠い人間に限って神を利用して、儲けたり、だまされたりするのである。それが真の信仰の妨げになる。つまり、金儲けと信仰は本来、対極にあるものなのである。神を信じる者は、神を信じるが故に、艱難辛苦や貧しさに耐えることができる。神を信じないが故に、弱味につけ込まれるのである。

 神を信じていないから騙されもし、騙しもできるのである。神を信じないから、神を利用できるのである。神を怖れないから神を利用できるのである。宗教ビジネスには、神を商売のネタとしながら、神が存在しないのである。ある意味で商品のない商売である。故に、虚構の世界でしかない。又、虚構であるからこそ成り立つ商売でもある。実体があれば成り立たないのである。

 宗教によるビジネスは、この世の陰画みたいな世界である。つまりは、この世が逆転した世界、それが宗教ビジネスの世界である。全てが虚構であり、嘘の世界である。崇拝されるべき者が卑しめられ、賤しい者が崇められる。価値ある物が捨てられ、価値なき物が尊ばれる。聖なるものが辱(はずかし)められ、醜悪なるものが讃(たた)えられる。
 それは、この世の信仰が失われ、空疎なものになったが故に、咲いたあだ花みたいなものである。真実がなくなったからこそ虚偽なるものが生まれたのである。それは、聖なる者を崇めるのではなく、怪しく危うい者を崇めているのに過ぎない。清浄なる魂から発する意志ではなく、ドロドロの怨念と欲望の為せる業なのである。
 だから、新興宗教が作り出す神殿は、伏魔殿であり、まるで映画の撮影所のように人工的に作られた禍々(まがまが)しい建物である。しかし、その禍々しい物は、人の心にこそあるのである。
 彼等が神と崇めているのは、人間の欲望が作り出した神とは無縁な妖怪変化である。それは、富であり、名誉であり、淫欲であり、地位であり、権力であり、権威であり、快楽である。
 神の本性は、神聖であり、純粋であり、無欲であり、慈悲であり、清浄であり、崇高であり、寛大であり、豊かであり、無名である。そのことからも神を騙って金儲けを企む者は、神と無縁な者達なのである。

 哲学は、個人の営みであるのに対し、宗教は、教団となると集団、共同体の営みになる。そこには、生活があり、経済がある。それ故に、世俗的問題が入り込んでしまうのである。宗教というのは、神聖な者でありながら最も世俗的な行為なのである。それを忘れてはならない。
 世俗的であるからこそ、宗教は成り立ちうる。生々しい、人間の苦悩や欲望から目を背けたら、宗教は、宗教本来の役割が果たせなくなる。人間の救済ができなくなるからである。しかし、だからといって何をやっても許されるというわけではない。

 神の名の下に金儲けをすることは、この世における最も重い罪である。神を利用して金儲けすることは、自らの精神を貶(おとし)める行為である。

 神は、金銭目的で人を救いはしない。神は、報酬を求めはしない。なぜならば、神は、この世の全ては、神がお造りなった物であり、手に入らない物などないからである。貧しい者にこそ、神は、救いの手を差し伸ばされるのである。奉仕こそ神の精神であり、決して神は、人々を金の奴隷にしたりはしない。

 故に、神の名をかたって法外な寄付や奉納品を要求し、また、高価な商品を売りつけようとする者を近づけてはならない。なぜならば、神と最も遠い者達だからである。

 又、自らの不幸の原因を他に求めてはならない。神を呪うから、神を騙(かた)る者に騙されるのである。不幸を他人の性にするから、不幸がよってくるのである。ひたすらに神を信じ、神に祈り、自らを正すより他に、救いの道はないのである。

 宗教というビジネスは、確かに、儲かるのである。宗教を利用すれば金儲けが出きる。この事は、ハッキリと自覚しておくべきである。さもないと、宗教を利用すれば金が儲かると気がついた時に、誘惑に負けて、自分達が本来求めていた姿を見失いがちだからである。人間は、弱い存在なのである。例え、利用すれば金が儲かるとしても、自らの信仰に反する行為は厳しく戒めなければならない。さもなければ、結局神に見捨てられるであろう。

 宗教はなぜ儲かるのか。

 宗教は、不経済だから儲かる。つまり、一般の経済の外にあるから儲かる。

 現代経済学は、経済に宗教が果たしてきた役割を無視している。しかし、経済と宗教は密接な関係がある。典型が金利問題である。多くの宗教では、金利を取ることは罪悪である。その為に、長く金融機関が成立しなかった。

 我々は、宗教が果たしてきた経済的、社会的、政治的な役割を直視すべくなのである。さもなければ、本物の宗教と疑似宗教の違いを見抜くことはできない

投稿日時 - 2012-02-07 12:37:27

お礼

ありがとうございました。宗教の裏側を学ばせて戴きました。
本当に、ありがとうございました。

投稿日時 - 2012-02-07 15:59:15

ANo.1

>>なぜ新たな災害や戦争や飢餓、貧困…が続くのか?

そりゃ自然災害はどうにもなりませんし、
戦争は人間が起してるので、人類が生きてる限りなくならないでしょう。



>>釈尊1人が解いた教えが何故、沢山の宗派を生むのか

自分のほうが崇高である、自分のほうが神に近い、
あるいは自分こそが神だ、とかいうアホが多いからですよ。
で、カリスマ性さえあれば発言に説得力が生まれるので、
ついていっちゃう信者はついていっちゃうわけです。
キリスト系だろうとイスラム系だろうと仏教系だろうと、同じこと。



>>国内でも同じ本尊を拝みながら相争ってるのは何故

そりゃあなた、最高権力者が自分の席を守りたいからですよ。
たったそれだけの話。人間が地位を守りたいから。



>>無宗教の方々は何に向かって何を信じて祈るのですか

普段は祈りませんよ。
せいぜい困ったときに寺とか神社に行ってお参りして終了。
困ったときの神頼みってやつですね。
付け焼刃にしかならないことを知っているからです。
祈って何もしないで奇跡が起こるなら、みんな宗教やってます。



>>無駄なら何故、宗教は出来たのか?
>>宗教とは何ですか?

多数の人間をコントロールする為の、政治的なものです。
というか、過去の歴史を見れば明らかですね。
人間が人間を操るのは骨が折れることですが、
大衆を動かす理由を神に押し付ければ、人間は動いちゃうから。

政治とは関係のない新興宗教が存在するのは、
それは開教した人間が美味しい汁を吸うためですよ。

あぁ、思い出しましたけど、
過去には国民に仕事を与えるためっていう理由もありました。
大仏像の建立とかそうですね。あとピラミッドもそうです。
権力を誇示する意味もあるけどね。



>>只の弱い心の拠り所、気休めだけですか?
>>何の力も無い人間が作り出した架空の存在ですか?…。

はい、そうです。それでいいんだと思いますよ。
よりどころというのが必要な人には、あってもいいと私は思います。



>>その為にキリストは、釈迦は…宗教を作ったのですか?…。

そうでしょうね。もう死んだ人たちなので断言できません。
カリスマ性があって、本当に神を信じてた妄想家か、
カリスマ性があって、人を騙すのが得意だったのか、どっちかです。

だっておかしいでしょ。なんで最高権力者にしか啓示ってないんでしょうね。
たった一人に啓示を出せば、争いになる事くらい神だってわかるでしょ。
信じる人、信じない人で争うに決まっているでしょう?
それがわかって一人にしか啓示しないなら、なんとも悪魔的じゃないですか。

だから啓示とよばれるのは妄想です。
妄想を人に話して信じてもらえるかどうかはカリスマ性次第。
本当に神が人間を愛しているなら、争う種はまかないでしょう。
仮に本当に権力者に啓示があったとしても、
それは神じゃなくて悪魔でしょうね。争う種を蒔いてるわけですから。

たとえば、悪魔や邪霊の邪魔があって特定の人にしか啓示を出せない、
そんな理由付けをしているとしましょう。実際そういう宗教を知ってます。
それってずいぶん弱い神様ですねという話です。
たかが悪魔や邪霊の邪魔をどうにも出来ない存在が、
奇跡なんか大それたこと起せるわけないっていう。



>>無差別テロで何人もの無実の人々を殺す様な
>>最低な宗派が有るのなら最高の宗派や教えは何ですか?…。

自分達が至高で、他宗教はクズ、という選民主義が争いを生む。
ようするに、自分達は神の子で、他は悪魔の子、という考えですね。
同じ霊長類、猿の仲間なのに甚だおかしい話ですが、
選ばれしモノとか信じきっちゃってるので始末が悪いだけ。

そういう選民主義がない宗教なら、無害ですしいいんじゃないでしょうか。
ただ、人というのは優位に立ちたがる生き物で、
優位に立つという事に魅力を感じる生き物です。
ほとんどの宗教で「神の子」「選ばれしもの」という考えがあるので、
選民主義をもたない宗教はほとんど存在しないでしょうね。

選民主義、滅亡についての思想、
そういうのが無いのはアイヌの自然崇拝くらいでしょう。
神道も自然崇拝に近いですが、
アレにも選民主義や破滅の思想があるのでパスです。

原始的な自然崇拝が一番無難。
あぁ、でもいけにえとかある自然崇拝はクソですけど。



>>私含め人々の大半が何故宗教に無知なのでしょうか?

これは日本限定の話でよろしいですか。
興味がない、あるいはばかげていると思っているからでしょう。
日本は無宗教に近い国です。神道も仏教もおまけ程度ですから。
本来は神道の国でしたが、政治に仏教を利用した時代に廃れましたし。

国の宗教が入れ替わったという経験を持つ国はなかなか無いです。
そういう背景もあって、宗教を信用して無いんじゃないですかね。子々孫々と。



最後になりますが、宗教は人それぞれの考え方次第です。
私は信じてませんし、困ったときに拝むくらいですが、
そうではなく人生をかけたかたもいらっしゃるでしょう。

大切な事は、お互いが不干渉である事ですね。
相容れないのに争う必要はどこにも無いわけですから。

投稿日時 - 2012-02-07 10:25:05

お礼

ありがとうございました。

色々勉強に成りました。
他の方々の御回答を待たせて戴きます。

投稿日時 - 2012-02-07 12:07:37

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