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解決済みの質問

子どもの絵は、本当に凄いのか?

子どもの絵は感性そのままに描いてるためか、子どもの絵を過大に評価する人がこの世界には多くいます。

私も中にはすばらしい絵を描く子どもがいる事は分かりますが、大多数の子どもの絵がすばらしいとは到底思えません。

http://okwave.jp/qa/q6512343.html
因みにこの質問の一部の回答を読んで思った事です。



そこで質問が2点あります。

■一、本当に子どもの絵は凄いのか?



■ニ、子どもの絵を凄いと思う人は、一種の子どもへの愛情が影響しているのではないか?

「子どもだから」と言う理由で愛せてしまう。それは普通の事です。そのため、子どもの絵も愛せます。

つまり子どもの「絵」を評価しているのではなく、「子どもが描いた」と言うバックボーンに影響されているのではないでしょうか?



私は、軽々しく子どもの絵を凄いと言う人は、純粋に「絵」を評価しているとは思えないので、どうも胡散臭く思ってしまいます。「有名な芸術家の絵なんだから良いのだ」と言う価値基準と同じレベルに思えてしまう。「子どもが描いたのだから、純粋無垢で良い絵なのだ」っと。






質問ニは、私の考えを聞いてどう思われますか。と言う質問です。
どちらかでも構いません。興味がありましたら回答お願い致します。

投稿日時 - 2011-02-11 03:03:58

QNo.6513623

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

一の回答は、凄い絵も極々たま~にあります。

しかしながら、殆どの絵は凄い絵ではありません。

と、思います。



二の回答は、よくわかりません。

子供の絵だと知らされずに見て、素晴らしいと思えばそれは、素晴らしい絵なんだと思いますよ。

結局は、絵の良し悪しは見る側の主観的好み以外の何物でもありません。

有名な画家の絵だから素晴らしいと思う人も、それがその人の主観的価値観ですから、それでいい事だと思います。

それを、どう思うかもまた、人それぞれですから…。

投稿日時 - 2011-02-11 03:33:06

お礼

回答有難うございます。

一の回答は私に近い考えのように思いました。

二の回答は、全くの正論です。
思考停止に「有名だから」と評価するのもよし。有名だろうがと食って掛かるのもよし。

投稿日時 - 2011-02-11 23:29:32

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回答(3)

ANo.3

1.子供の絵だとか、下手くそだとか、そういうことにこだわらなければ好い絵はいくらもあると思います。

2.全く賛成というわけではないのですが、児童画だから汚染されていないとか、制度に頼っていないなどという見方は逆の意味での偏見に過ぎないとは思います。
つまりちゃんと「児童画」という制度に取り込まれたものが多いという事ですね。
先入観や偏見で美術を観るのをやめようという趣旨で単に好いと思う画をとりあげるのだったら賛成です。
大人とかもう少し年上の少年少女の描く絵と同じような類型化とか、世間一般の受けへの媚びとか、既成の絵の判断を放棄した受け入れとか、大人の絵と同じようなやな感じの所はやっぱりありますね。

しかし下手のふりではなくて、本当の下手クソの力というのには時々圧倒されます。
(引用されている説もそういうことが言いたいのでしたら賛成しますが。)
それは何かを伝えようという心ではなくて、その子・人がどれだけ描きたかったかという表現衝動や、夢中で描いておもしろがっている事の方にキモがあるからではないかと私は思うのですが。

投稿日時 - 2011-02-11 20:07:02

お礼

回答有難うございます。


少し共感してくださって有難うございます。

投稿日時 - 2011-02-11 23:59:30

ANo.2

そのURLの質問者さんが言っている、「絵が好きな皆様『いい絵』とは何か、絵のどんな部分を見て魅力を感じるか、参考に聞かせて下さい。」ってセリフがすでに答えを出していると思います。

良いか悪いかなど、個人の感じ方で人それぞれです。

同様に「子供の絵が凄い」という人達にも、それぞれ違う感じ方で凄いと評価してるはずです。

どこがどう凄いのかと聞かれたところで、決まった答えなどありません。
子供への愛情も、全人類が持ち合わせるものではありません。

大多数の子供の絵すべてが素晴らしいというわけではないというのは確実に言える事ですね。
同様にゴッホが描いた絵の全てが素晴らしいわけでもありません。


ちょっと話がズレますが、以前ぼくが親戚と美術館にいき人間国宝の陶芸作品を見ていた時、親戚が「どれくらい凄い価値があるのか値段つけてくれればいいのに」等と言っていました。
私にはそれが非常に失礼極まりない台詞に聞こえてしまいましたよ、人が人生をかけて生み出した世に一つしかない芸術にだれかの好みで値段をつけるなどナンセンスだとね。
しかしそういった物の測り方もあるように、人間の物差しってのは人それぞれ違います。

例外として、「ピカソの絵だからこの絵は凄いんだ!」等という人達は、気分はウィンドウショッピングと同じです。
何が凄いのかと聞いたところで、「だってピカソだから」という答えが返ってくる、もしくはそれを前提とした答えをみつくろいます。
今回の「子供の絵だから・・・」という話とマッチするかは分かりませんけど、そういう人もおそらくいるでしょう。


何故あなたが『評価する行為』を気にするのかは分かりませんが、大多数の人にとって10円程度の価値でしかないものでも、あなたにとっては値段のつけようもないほど高い価値のものだってあるはずです。
そこに他人など関係ないんじゃないですかね?

たぶんかなり的外れな回答を書いたような気がしますが、これも一つの考え方ってことで、参考のサの字にでもなれば幸いです。

投稿日時 - 2011-02-11 03:52:06

お礼

回答有難うございます。

>何故あなたが『評価する行為』を気にするのかは分かりませんが
評価する行動を気にしている。と言うより、いや、気にしているのですが、評価する行動は私は肯定します。

しかしその評価の姿勢には「気にします」。

独自の審美眼を持ち、主体的な価値観で評価している人は私は良しとします。

しかし、「有名だから」「子どもが描いたから」と言う、他人や世間の価値基準を受け売りして芸術の評論家ぶる奴は嫌いだから今回、「気にする」事を質問しました。





>人が人生をかけて生み出した世に一つしかない芸術にだれかの好みで値段をつけるなどナンセンスだとね。

これは、「人間国宝」なのだから仕方ありません。人間国宝と言う事は、プロという事です。

プロはいくらで売れてるのか?それを気にするのは普通の事です。プロとは商品を売って生活する人間の事です。芸術だの何だの言っても、それで飯を食っている限りは、自分の作品を商品にしているのです。値段を聞かれても仕方ありません。「値段は無い」と言うのは「値段のつけようが無い」と言う箔をつける事で商品価値(芸術的価値)を高めている行為です。


値段を聞かれるのが嫌なら、プロになってはいけません。


だから、値段を気にしたその親戚は、ナンセンスな事は聞いていないのです。
私からすれば、芸術にあまり触れていない、ごく一般的な人は当たり前に疑問に思う事なのじゃないでしょうか。

しかし、趣味で絵を描いている人に聞くなら文字通りナンセンスですね。

投稿日時 - 2011-02-11 23:50:35

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