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締切り済みの質問

江戸時代には刀を投げたり目つぶしをするのは卑怯とみなされていたのでしょ

江戸時代には刀を投げたり目つぶしをするのは卑怯とみなされていたのでしょうか?


ふと思ったのですが、たとえば新陰流には刀を投げつける技が伝えられています。また天真正伝香取神道流には敵の背後に回り込んで背中を切る技や、なぎなたの石突きを地面にドンと突き立ててから跳ね上げて土で目つぶしを食らわせる技が伝えられています。

名門と称される流派に伝わるこういった「奇手」は、現代では卑怯とみなされることが多いように思いますが、江戸時代にはこれらの技は卑怯な手だと考えられていたのでしょうか?それとも意表を突く技ではあるけれども、それが武術であって卑怯とするには当たらないと考えられていたのでしょうか?

脛を切る技や、鉄の籠手を左手に付けてこれで相手の剣を防いで右手で斬る、一人の強敵を大勢で取り囲んで斬る(一人で複数に対する技が伝えられている流派があります)などはどうだったのでしょうか?

何か資料をお持ちの方がいらしたらお教えください。

投稿日時 - 2010-08-06 12:51:17

QNo.6090769

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回答(3)

ANo.3

今のスポーツと違い、相手を如何に効率よく殺すか、ということを突き詰めた剣術では、卑怯という概念は無かったのではないかと思います。

負けるということが、死ぬということと同義な以上、どんな手を使っても勝たなければならなかったはずです。
また、どんなに正々堂々戦ったとしても、死んでしまえばただの敗者なのです
おそらく誰も正々堂々戦ったことを讃えるものはいません。


江戸時代の後期に入り、実際の戦いが無くなって行くに従い、武士の教育の一貫となり、卑怯な行為が恥ずべきものとされていったのだと思います

投稿日時 - 2010-08-29 22:39:17

ANo.2

>江戸時代には刀を投げたり目つぶしをするのは卑怯とみなされていたのでしょうか?

江戸時代から卑怯とされたかは分かりませんが、質問者さんが言う内容は特に卑怯なことではないと
思います。
理由は、生死に関わることですので自分が生き延びるためには卑怯もなにもないと思いますし、
それらのことをして生き延びた人を責めることはできないと私は思います。
でも、これらのことが卑怯はとされたのは確か「武士道」と言う本が出たときからと聞いております。
これを使って日本の軍隊に武士道=死を恐れるなと教えたと聞いております。
本来、戦いには卑怯や正義はなく、ただ単に都合のいいように美化しただけだと私は考えます。

>天真正伝香取神道流には敵の背後に回り込んで背中を切る技

これらは、後ろを取られるのが悪く、戦国時代では後ろを取って自分の身を安全を確保することは
当然のことです。
いい例が、戦闘機の空中戦では必ず背後を取って、現代はミサイルで撃ち落としますよね。
ただ、剣道や柔道のようにスポーツ化したものはルールに縛られるので、これらの技が卑怯と考える
ことも当然だと思います。

投稿日時 - 2010-08-12 13:53:22

ANo.1

特に資料はないですが、空手などにも古い型には普通に砂を使う技など多くありますし、意表をついて金的を狙うのは常套手段ですね。当然、現在やるとルール違反ですし、非難されますね。

それは、昔は、自分が生き残り、相手を効率よく殺すことを重視していたが、現在は相手も自分もなるべく気づ付けずにどちらが優れているか競うことが重視されるという背景があると思います。

江戸時代の剣術がどうかというと、もちろん、一部の内弟子等の間では、戦に備える剣術も稽古していたとは思いますが、町道場や武士の多くがたしなみとして習っていた剣術は当然、相手を故意に傷つたり殺したりすることはしません。
暗黙の了解として、そこまで勝ちにこだわった戦い方はしないで、正当な技で勝負し、その中で、優劣を競うようになったのではないかと思います。

また、試合を行う際、自分の殿さまや、家来、一般観衆がいる前でみっともない戦い方はできませんし、意表をつかないと勝てないとは思わせたくないでしょうし、ましてや、武士の魂である刀を投げるなどもってのほかではないかと思います。

そもそも、振り下ろされた刀を防げる腕を持った人が、投げられた刀を防げないわけがありませんので、問題外ですが・・・

投稿日時 - 2010-08-08 14:42:54

お礼

回答ありがとうございます。

私としては、江戸時代であってもやはり命がけの戦いは武術の前提であり、多くの奇手は「卑怯な振る舞い」ではなく「機転のある兵法」とみなされていたのではないだろうか、と考えています。

そう考える理由は、目つぶしや金的への攻撃、その他の奇手が多くの流派で伝えられていることです。そしてこれは、「そういう卑怯な手を使う不埒な輩を撃退するため」とするよりも、「それは当然行う実戦の方法だから」という方が考えやすいように思うからです。

ただし、こういった奇手の多くは知られてしまうと効果が半減してしまいます。したがって、いざというときの死合(コロシアイ)に備えて秘密裏に伝承され、通常の試合(タメシアイ)では使用されなかったのであろうと思います。

とは言え、「思う」だけで根拠がありません。何か裏付けとなる文献があればと思うのですが、「〇〇は卑怯だ」という文書は書くかもしれませんが、「〇〇は普通のことだ」などということをわざわざ書き記すような人がいるはずはありませんし・・・。


どなたか何かご存知の方がいらっしゃるかもしれませんので、この質問はもうしばらく締め切らずに置きます。
よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2010-08-11 21:45:36

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