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江戸時代後期の商店に定休はありましたか。

江戸時代後期の商店に定休はありましたか。
小説を読んだ限りでは、盆と正月、そして地域の大きな祭だけが休みのようです。
そもそも、定休日という考え方はあったのでしょうか。

商店とは、小売店を想定して質問しました。
よろしくお願いします。

投稿日時 - 2010-07-05 21:38:20

QNo.6017968

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>小説を読んだ限りでは、盆と正月、そして地域の大きな祭だけが休みのようです。

その通りです。
ただし、祭りの際は人出もおおくなるので、祭り近辺の商店街は店を開けていました。
店を閉めたのは、祭りとは関係ない地域の店でした。


(よもやま話)
上方商人が出した「江戸店(えどだな)」では、支配人、番頭、手代、丁稚(でっち)のすべてが男であった。
女っ気は「通い」でくる賄(まかない)の女ぐらいのものであった。
また、こうした店の男衆も江戸者は一人としていなかった。すべて、本店が身元確かな地元出身者を江戸へ派遣したからである。
したがって、言葉もお国訛りでまかりとおった。
十代前半で採用されると、住み込みで基本を仕込まれ、江戸へ派遣された奉公人は2~3年後に、ようやく「在所登り(ざいしょのぼり)」といって親元を訪ねることを許された。
番頭になると妻帯が許されるが、相手は郷里の女に限られていた。そして、妻を連れて江戸へ行くことは禁止されていたので、年に一度一ヶ月ほどの(有給)休暇をもらって、妻の元へ戻れた。つまりは、単身赴任だったのである。
しかし、三十代後半まで勤めると、暖簾分けをしてもらったり、多額の退職金が出た。そして、郷里に戻って妻と余生を安楽に暮らせたので、昼夜を問わず一生懸命働いた。

投稿日時 - 2010-07-06 11:45:31

お礼

いつも解りやすく教えてくださってありがとうございます。
他の方の質問への回答であっても、「よもやま話」を読むのは楽しみです。
江戸店の番頭さん、単身赴任とは気の毒ですね。

投稿日時 - 2010-07-06 21:16:38

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回答(4)

ANo.3

商家の奉公人には年二回「藪入り」というものがあったようです。
盆正月に帰れない雇い人の代休みたいなものかと。

参考URL:http://www.ffortune.net/calen/maturi/01/yabuiri.htm

投稿日時 - 2010-07-06 08:43:36

お礼

ご回答ありがとうございます。
「薮入り」、懐かしい言葉です。
昭和30年代になっても聞いたことがあります。

投稿日時 - 2010-07-06 20:52:47

ANo.2

 定休日のような感覚は、やはり西欧から太陽暦が入ってきて、世界共通の暦にしてからだと思います。

投稿日時 - 2010-07-05 22:55:05

お礼

ご回答ありがとうございます。
そうでしょうね。
それにしても、日本人の「勤勉」の思想はどこから来たのか、また疑問が増えました。

投稿日時 - 2010-07-06 20:51:15

ANo.1

お盆と正月です
お盆には雇い人を全員休ませます
お正月は元旦に全員が挨拶をしてお得意の年始回りをしたあと全員が三日の朝まで休みます

投稿日時 - 2010-07-05 21:46:03

お礼

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2010-07-06 20:49:47

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