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自治医大英語入試問題です。

自治医大英語入試問題です。
(あ)の部分の質問です。
質問1 more low-context mainstream は、「文脈がなければないほど」という副詞節でしょうか。
支離滅裂な話は、何本もの直線に似ている、ということでしょうか。
質問2 この下線部の前の文章に比べて、この文がin general ならば、アメリカ人の考えは、何本もの
直線になることが多いということでしょうか。
質問3 アメリカ人は何本もの直線を結びつけずに、核心にたどり着くということでしょうか。論理を展開せずに、羅列して核心を説明するということでしょうか。

Differences in cultural values, logic, and thought patterns are often reflected in the very different ways Americans and Japanese organize and present information, ideas, and opinions. These differences lie at the root of many communication problems and exert a powerful influence on the process of persuasion, negotiation and conflict resolution.
1)The rules of logic established by the Greeks and Romans are widely accepted in
Western cultures, but this Western logic is by no means universal. Logic is a product of culture, and many Asian cultures such as the Japanese operate under different logical assumptions.
When Americans get confused and frustrated listening to Japanese, they often complain that the Japanese "just aren't logical," and seem incapable or unwilling to use traditional Western logic. This impression is largely due to cultural differences in reasoning and thought patterns.
  2)From an early age, Americans are taught to be orderly in outlining their facts and in summarizing their main points according to a framework that reflects Western logical structures. The logical way of presenting ideas in the West could be called linear or “straight-line" logic, which emphasizes direct and explicit communication. The most important aspects of straight-line logic are organizing your presentation in outline form and “getting straight to the point."
(あ)In general, more low-context mainstream American patterns of thought and presentation are *1analogous to lines because all parts of the message must be explicitly connected clearly and directly.
But the Japanese do not learn to order their facts or present information and ideas in the same way.
参考http://edn.jp/makeprogress/Lesson07tra.pdf

投稿日時 - 2010-06-18 00:24:27

QNo.5976500

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

直線的、単刀直入なアメリカに対して、日本は正反対の円のようだ。
端からまわりくどい背景をたどって、回りに回って論点に達する。
いや、円だとまだ線的だが、さらにいうと、日本は dot「点」だ。
dot 間をさまざまな文脈でつなげていく。

ここで In low-context cultures ~が来ます。
「(アメリカのような)低文脈の文化だったら」
verbally というのは「一言一句文字通りに」です。
「低文脈の文化だったら、直線的に文字通りに話し手から聞き手に伝えられ、理解される」

さらに、But in high-context cultures
「でも、高文脈の文化では(→日本は高文脈の文化なので)」
話された意味が直感的に文脈を判断して理解される。
直感といっても、dot 間の文脈を判断しており、直線的、文字通りではない。
dot 間の文脈を判断するのが high-context cultures である日本式。

アメリカは low-context, line, directly, verbally なのに対して
日本は high-context, circle, dot, indirectly
と明確に分けられています。

投稿日時 - 2010-06-18 21:37:20

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回答(6)

In low-context cultures
これはアメリカのことです。
But in high-context cultures
これは日本のこと。
特に接続詞はありませんが、コロコロと変わっていっています。

投稿日時 - 2010-06-18 18:37:12

お礼

wind-sky-windさま
No4を読み返してみると、確かにそう書かれていました。
有り難うございました。

投稿日時 - 2010-06-18 21:41:47

low-context はすでに回答しているように、
「文脈によって左右されない」ということです。
「粗末なものですが」と言われて、
「粗末じゃないようなものは欲しくない」
これは日本人の文脈ではおかしいわけです。

「粗末だ」といっておきながら、文脈によってはそうではない。
へりくだっているという文脈ではそうではない。
このような文脈によって内容が変わる日本に対して、
アメリカでは文字通り、「粗末だ」といえばそれは「よくないもの」となる。

このような文脈によって変わらないことを
low-context だと言っているわけです。

投稿日時 - 2010-06-18 13:42:44

補足

wind-sky-windさま
レス有り難うございます。
実は、入らなかったので省略したのですが、質問文の後に、
But if Americans think in a linear way, then how do Japanese think? A natural
Response would be that since the circle is the opposite of a line, then the Japanese
probably think in circles. It is said that the more high-context Japanese prefer to use the logic patterns that emphasize talking “around” the subject rather than on it. The Japanese start at the edges with a wealth of background information and explanations and then gradually “circle in" on the thesis and main points.
However, in some respects, Japanese patterns of thought and presentation are not
like lines at all, but like a series of “dots." Parts of the message are contained in the individual dots, and it is up to the audience to link the dots ill their heads. In low-context cultures the meaning of communication is stated to the audience directly and all the steps and links are clearly put forth by the speaker verbally. But in high-context cultures the meaning of communication is elicited by the audience indirectly and *2intuitively - all the steps and links do not have to be clearly put forth verbally.
があります。この文では、日本人もlow-contextの場合は、speakerが口頭で話すと書かれていますので、米人と差はないように思います。(解釈が違いますか?)high-contextの場合に違いがでるということなのでしょうか。
でも、high-contextの場合の米人のロジックが書かれていません。この文章全体がなにをいいたいのかよくわかりません。
日本人はdotで話すということをいいたいだけの文なのでしょうか。

投稿日時 - 2010-06-18 16:32:33

ANo.3

質問1) 私は more low-context mainstream American patterns of thought and presentation が主語であると読みました(長いですけれど)。
「支離滅裂な話は、何本もの直線に似ている」という解釈が出来そうな文は見当たりませんから、もしもそういう内容が含まれているとお読みになられたのなら、失礼ながら、読み誤っておられると思います。

質問2) 「この下線部の前の文章に比べて」という見方がどこから出てくるのか理解できません。
in general は「一般的にいえば」とか「概して・・・である」とかいったニュアンスですから、ここの文は

 「概して、アメリカ人が思考したり考えを表現したりする場合に顕著なパターンは、直線に似ている。というのは、その内容の中のすべての部分が明確で直接的に、きちんと結びついていなければならないからだ」

みたいな感じの文だと私は理解しました(何をいってるのか分りにくい訳文で申し訳ないですが、おおよそはそういう感じの文だと思います)。

従って、「何本もの直線になることが多い」という解釈は、少し的外れではないかと思えます。

質問3) 「アメリカ人は何本もの直線を結びつけずに、核心にたどり着く」という解釈は、これもずれていると思います。
「論理を展開せずに、羅列して核心を説明する」というのは、この文章の内容に沿った理解であるとはいえないのではないでしょうか。

アメリカ人は日本人とのコミュニケーションに際して、ロジック(論理)が無い、と感じる。それは、彼らが古くギリシャやローマに起源をもつ論理が当たり前の文化に育ったからで、日本を含むアジアには、また別な論理がある。アメリカ人や西洋人の論理は、直線的である。筋道をたてて、それに沿って主張を展開する。そんなことが書かれているように私は読みました。

とてもむつかしい文章だと思います。

投稿日時 - 2010-06-18 02:11:52

補足

bakanskyさま
レス有り難うございます。
一番引っかかるのが、more low-context です。この文章の流れから、特にlowとかhighとかこだわらなくても、「アメリカ人や西洋人の論理は、直線的である。」のに変わりはないのではないでしょうか。
文脈が低いー文脈がないーストーリーがないー支離滅裂(極端ですが)。
ここには書かれていませんが、high-contextの場合の論理は、論理はどうなると推定されるのでしょうか。

投稿日時 - 2010-06-18 11:06:56

lines については,patterns (of thought and presentation) に合わせて複数とも言えます。
ついでに,in general で流れが変わっているわけではありません。

投稿日時 - 2010-06-18 01:26:29

low-cost で「低コストの」という形容詞になるように,
low-context で「低文脈の」という形容詞です。
mainstream も形容詞で,「主流の」と辞書にはありますが,「典型的,一般的」ということです。

日本人みたいに,言葉通りでなく,裏に意味があるような
(「粗末なものですが」といっても,本当はそうではない)
「文脈次第」ではなく,文字通り,ストレートなのがアメリカ人の主流の考え方である。
low-context で「支離滅裂」などではありません。

analogous to lines で「直線に似ている」ですが,line が可算的だから総称的に複数になっているだけです。
日本語には複数がないので,some がなくても「いくつかの」と訳せ,という技がないでもありませんが,かえっておかしくなります。
単に「直線的」,ストレートと言っているだけ。
何本にも分かれているというのでなく,総称的な複数。

一貫してアメリカ人のものの考え方は単刀直入,ストレートだということです。

投稿日時 - 2010-06-18 01:17:23