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イエス・キリストと神の関係について

イエス・キリストと神の関係についてキリスト教はどのように捉えているのかを教えてください。

投稿日時 - 2009-10-19 02:22:49

QNo.5378405

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回答(6)

幾らかの回答が出ていますが、あなたのご質問に対して、真っ向からお答えしますと、
イエス・キリストと神との関係ですが、神は、イエス・キリストの神です。

「イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。」(マタイ27:46   新共同訳(以下も同じ))

神がキリストの神であるというのは、私たち人間が「私の神」という場合と同じ意味であり、人間と、神との関係と同じであると言うことをキリストご自身が繰り返して強調されています。

「イエスは言われた。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。」(ヨハネ20:17 )

これが、あなたのご質問である「イエス・キリストと神の関係について」実際に聖書そのものにそう書かれていますので、人がどう解釈しようが、どんな教理が存在しようが、これが、「解答」です。それ以外はありません。

さて次に「イエス・キリストと神の関係についてキリスト教はどのように捉えているのか」についてですが、もし、「キリスト教」を「キリストの教え」「キリストが実際に語られたことば」あるいは「新約聖書に実際に書いてあること」とするならば、当然答えは、上に上げたことに尽きるといって間違いありません。

しかし、「キリスト教」を別の意味で捉えるならば、また別です。
神学上の様々な解釈の幾つか、または、全てを含むとすると、「そのとらえ方はまちまちで混乱している」というのが「解答」になります。それが事実だからです。
「混乱」が「解」つまり解かれているというのは妙な話で、解いた結果がもつれているという状態です。
いかに実状と言え、この結末では、応えただけで「答え」にはなっていないように思えますので、ひとこと付け加えさせて頂きます。

分かりやすくするために、端的に表現しますと、ユダヤ教とキリスト教神学では、「神」の実体についてのとらえ方は異なっています。ユダヤ教の神は、上に示した、キリストが語られた通りの認識です。
(イエスはユダヤ人でした)そして、キリストはその教えの中で、ユダヤ人が落ちいっていた、様々な問題を暴露し、旧約聖書中の律法などの本来の神の意図などを教えられました。

「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。」(マタイ5:17 )

つまり、イエスは、ユダヤ教とは全然違う、別の宗教を広めたわけではありません。ユダヤ教の教え、習慣が本来の(神の教え、律法)から逸脱していたのを正そうとしただけですし、また、そこで、約束されていた事を成就されただけです。そのために、「あなた方は・・こう聞いていたでしょうが、本当はこうです」
という風に語っています。そのために実際、様々な内容のことを話されましたが、「神」についての実体そのものについては、ユダヤ人の認識を改めさせる新たな事は一言も語っておられません。
現在に至るまで、ユダヤ教は「父」である「神」しか「神」とは認識していませんし、「三位一体」も認めていません。
少なくとも、聖書中の「キリストが語られた」どのことばの中にも、三位一体を示すものは、何一つ見いだせません。
「神学上」の三位一体の教理が、ローマでの政治的な影響下で誕生した歴史、いきさつについては、ネット等でお調べになって見て下さい。

投稿日時 - 2010-09-28 01:05:32

ANo.5

下記のページが参考になると思います。
「三一の神」
http://www.church-in-kyoto.com/faith1+index.htm

特に第三章がイエス・キリスト(子)が神であることが説明されています。
http://www.church-in-kyoto.com/faith1+index.id+9.htm#10

三位一体に関しては、それを否定したり、理解をねじ曲げる異端的な神学が存在します。以下のページを参考にし、注意なさってください。
http://homepage3.nifty.com/churchinmachida/conclusion_new_testament1.html#07
http://church-in-suzuka.com/suzuka_identifying_heresies.html#02

最後に、イエス・キリストが神であるという聖書的根拠を主ご自身の言葉、旧約の預言、新約聖書の言葉の3つの面から説明した箇所を一部抜粋します。

【主イエスの言葉】
ヨハネ10:30 (*1)わたしと父は一である」。
10:30*1解説
主はここで彼の神性、すなわち、彼が神であることを断言されました(ヨハネ10:33.5:18.1:1.20:28.Iヨハネ5:20.ピリピ2:6)。
http://recoveryversion.jp/FunShow011.php?B=43_10_30_0_1

【旧約聖書の預言】
ヘブル 1:8-9 御子については、「(*1)神よ、あなたの御座は永遠であり、あなたの王国の杖は公正の杖です。あなたは義を愛し、不法を憎まれます.それゆえに神、(*1)あなたの神は、歓喜の油を、あなたのパートナーにまさって、あなたに塗られました」と言われます.(詩篇45:6-7)」
1:8,9*1解説
ここの「神よ」と9節の「あなたの神」は、御子のことを言っています。御子は神ご自身ですから、彼は神です。ですから、ここでは「神よ」と言います。御子はまた人でもありますから、神は彼の神です。ですから、9節は「あなたの神」と言っています。
 この書の意図は、神の救いがユダヤ教にまさっていることをヘブル人信者たちに見せることです。ユダヤ教で誇りとするものは、神、御使いたち、モーセ、大祭司アロン、旧約とその奉仕でした。まず著者は、神の救いにおいて最初のまさっているものは神だけではなく、表現された神、すなわち子なる神であることを指摘しています(2、3、5、8―12節)。それから著者は続いて、キリストは御使いたちに(1:4―2:18)、モーセに(3:1―6)、アロンに (4:14―7:28)まさっていることを、また彼によって結ばれた命の新しい契約は文字の古い契約にまさっていることを、明らかにしています (8:1―10:18)。
http://recoveryversion.jp/FunShow011.php?B=58_1_8_0_1

【新約聖書の言葉】
ローマ9:5 父祖たちも彼らのものであり、肉によれば、キリストは彼らから出られたのです.彼は万物の上にいまし、永遠にほめたたえられる(*1)神です。アーメン。
9:5*1解説
ここではっきりと、キリストは神であることが述べられています。そして、キリストは肉体を持った人(5:15)であり、イスラエルのユダ族から出たが、彼はまた万物の上にいまし、永遠にほめたたえられる神であることを証明しています。彼は人と神の両方です。彼は子なる神であり、三一の神でもあります。
http://recoveryversion.jp/FunShow011.php?B=45_9_5_0_1

参考サイト:オンライン聖書回復訳 http://www.recoveryversion.jp/

投稿日時 - 2010-01-18 12:47:00

ANo.4

キリスト教の教派によって考え方は異なります。
キリスト教のグノーシス派系の考え方では、多神教の世界を想定し、キリストも神の一人として扱います。
アリウス派や、エホバの証人においては、キリストは完全な人間であるとしています。
ネストリウス派においては、キリストは人間として生まれ、後に神性を帯びた存在としています。(神に近い人間)
単性派(コプト教、ヤコブ派、アルメニア教会、エチオピア教会)においては、キリストは人間として生まれた後神性を帯び、神性に人間性が吸収された存在としています。(人間から神へ昇華したと考える)
正教会(ロシア正教やギリシャ正教など)では、キリストは神性を帯びた人間として生まれたとしています。(神に近い人間)
カトリックやプロテスタントでは、三位一体(三位同体)の考え方から、キリストを神または神の一部として認識します。

投稿日時 - 2009-10-19 12:12:24

ANo.3

 こんにちは。

 クリスチアニスムでは 旧約聖書の神の物語を継いで べらぼうな話になっています。
 1. イエスは パレスチナのナザレというところでマリアとヨセフとのあいだに生まれたふつうの人間です。その誕生の年が 西暦元年というわけです。
 2. その名前は へブル語でイエホシュアと言ってよくある人名です。別様にジョシュアとも呼ばれてほかの人物の名にも登場します。
 2. このイエスという人間に 神(ヤハヱーと呼ばれます)が――なぜなら神は霊ですから―― 宿ったと言います。これを キリストという名で呼びます。
 3. したがって この存在は 《人間イエス=神キリスト》というかたちです。
 4. 日本ではブッディスムの影響を受けて ひとには誰れにも仏性が宿ると言います。でも 《仏性の宿る人間何の某=ブッダ》とは見ません。神道では 死ねば神になるとも言いますが ただちに《人間=神》だとは見ないと思います。そこを 《イエスというひとは キリストと呼ぶ神であった》というドグマにして言い切ります。
 5. ドグマというのは 論証が不可能だからです。言いかえると 神にかんすることがらは われわれ人間が知るには たとえこれだけは知っていると言ったとしても やはり論証することは出来ず けっきょく無根拠だからです。
 6. ただし ブッダも神道のかみも 無根拠と言えば無根拠です。その場合と同じように ひとには誰れにも《神の霊が 部分的に 宿る》とは言います。ただし イエスというひとは 例外のごとく特殊です。その存在の全体が ひとりのふつうの人間であると同時に まったくの霊なる神でもあると捉えます。

 7. この神が ひとつの存在でありつつ三つの顔(ペルソナ)から成るという三位一体の見方があります。子の父と父の子と両者から出る聖霊との三つです。
 8. イエスという人間に宿ったのは 子なる神 言いかえると父なる神の独り子だったと言います。ただし 子は 霊であり父と同じ神でありその三つの位格(ペルソナ)の一体である全体の神とも同じです。一個のペルソナの神は 他の個と互いに等しく全体とも等しいというものです。無限の半分も三等分した部分も 全体の無限と等しいというものです。
 9. これを光にたとえると分かりやすいようです。光源が父 その発耀が子 それら両者の発する明るさやあたたかさが聖霊です。ただし三者は一体です。

 このあたりでどうでしょう。

投稿日時 - 2009-10-19 10:59:02

ANo.2

 イエスは万人にもおられる、神の子を実際に生きることができました。
 現実に神の一人子となりました。
 創造の父と精霊と子の子です。この三位は食い違いがない。
 そういうキリスト教の教えもあります。

投稿日時 - 2009-10-19 10:32:00

ANo.1

三位一体と言うことになっています
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E4%BD%8D%E4%B8%80%E4%BD%93

投稿日時 - 2009-10-19 03:14:40

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