こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

締切り済みの質問

共産主義と自由・(機会の)平等の両立

共産主義の「みんなが平等なくらしのできる世の中を作ることを目指す」、その理念自体は理解できなくもありません。ですが共産主義を標榜する国々を見てみると、現実には一党独裁の自由の制限された国ばかりです。そして共産党に反する者には(機会の)平等も奪われてしまっています。
共産主義と自由・平等は両立できないのでしょうか?共産主義体制を取りながらも資本主義国家並みの自由と平等を認める(共産党以外の政党も認める、反政府人物・組織を取り締まらない、信条に関係なくチャンスが与えられる、等々)ということは不可能なのでしょうか?
不可能であるとすれば、なぜ不可能なのでしょうか?

投稿日時 - 2009-06-03 21:21:18

QNo.5014524

困ってます

このQ&Aは役に立ちましたか?

0人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(4)

ANo.4

共産主義とは何か。
国家が人々の富を吸い上げ、国家が富を人々に分配する装置となることです。
では公平な分配装置としての国家は存在しえるのか?
これが質問者さんの疑問にもつながるのではないでしょうか。


この問いに答えるために改めて共産国を振り返れば、その分配機能が全く
働いていないことは明らかです。虐殺と言論封殺、言ってみれば古代の焚書坑儒の
世界です。質問者さんのご指摘のとおりほとんどのケースで一党独裁が形となり、
王と見紛うほどの独裁者を生み出しています。これは何故か?






実は国家とは、人であったのではないでしょうか。
国家に対し、人々の富を集約しそれを分配するという機能を認めたとしても
実際にその分配を行うのは、官僚であり、役人であり、つまりは人間なのです。

残念ながら、そこに公平性が担保される要素は全くありません。
法を破る人間は確かに存在するのです。そして一度でも法が破られたのならば
強大な権力を持ってしまった官僚や役人を止める術を民衆は持ち得ないのです。
いずれそれは集約され、王を生み出してしまう。これが共産国家という
"偉大な実験"の結果であったと言えます。




このように、公平な分配装置としての
国家は人間が運営する以上存在することができません。国家という暴力に
できることがあるとすればそれは”取り締まること”ただ一点であり、民衆が
すべきことはその国家の力を監視し、止めることです。しかしながら共産国は
民衆の力をいったんすべて国に吸い上げてしまい、民衆の側に国家を
諌める力を残さないのです。


公平を名目としつつ分配を行わないその姿はまさに「国家による搾取」
と言えるのではないでしょうか。そして搾取こそがまさに共産主義であるのです。。

投稿日時 - 2009-06-05 21:42:30

お礼

共産主義国家が「平等」の理念を掲げても、政治家自身はその埒外に置かれるという点が問題なのかもしれませんね。

投稿日時 - 2009-06-06 09:37:16

ANo.3

 この質問の回答は、まず共産主義の定義を行うべきでしょう。
簡単に言えば、共産主義は、国家規模で実現したことのない社会体制として論じれば、

>共産主義と自由・平等は両立できないのでしょうか?

究極的には、「平等」は実現できません。それは人間が全て個体差をもった存在である以上は、普遍的平等がありえないことから必然的なことです。
しかし、この「平等」の意味を合意形成によって作りだされた平等を認めるならば、平等の実現は可能でしょう。(特定の分配でも平等として認めることによって)
 問題は、この平等の考え方です。

同じように自由の実現も普遍的には不可能です。
 これも簡単で、普遍的な自由はありえないからです。
そもそも自由とは、それに相反する自由と対立するものですから、一方の自由を実現すれば、片方の自由は実現できないトレードオフの関係です。
 例えば、”知る権利”と”プラシバシー”の関係などは自由の相克としてもっとも顕著なものでしょう。
 つまり、「平等・自由は普遍的には実現できないもの」と考える必要性があります。これは、イデオロギーに関わらず共通することでしょう。
 あくまでも、自由・平等は各人間で合意された形式的なものでしか成立しません。
 そのようなものならば、共産主義でも実現可能と言えるでしょう。

さて、国家規模で共産主義を実現させることは不可能に近いと思いますが、極めて小さい統治規模ならば実現が可能ですし、実現したと考えられます。
 一般的には、共産主義=マルクス主義。、ですが、原始共産主義時代・空想社会主義も共産主義として考える必要性があります。
(マルクス主義だけで考える理由は、マルクス主義の影響が強いせいでしょうがw)

 極端にいえば、空想社会主義において共産主義が実現していると言えます。
 それらの空想社会主義がアメリカで実現したことは面白いです

投稿日時 - 2009-06-04 23:41:50

お礼

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2009-06-05 07:53:50

ANo.2

可能だと思いますよ。
それを実現した国家が、チョト前までの日本。

日本は憲法により基本的人権を確保し、民主主義政治を維持し、公務員の意味を確定した。
これを基盤に公務員が国の細部まで口を出し、公務員主導の計画経済体制の下で国民がそれなりの競争をして大繁栄に至る。

旧ソ連の理想とする国家は旧日本のような形態であったとさえ言われています。

一方、共産党体制下の自由主義経済は、公務員(共産党員)の腐敗・横暴を招きます。その結果、公務員とその周辺に権力と筋力が集積し、一般国民は虐待と圧制に悩む。今の中国がこれですね。

中国は共産党支配の自由主義だから、どのようにやっても国がクチャクチャになる。
これじゃ駄目ね。
まず、国家を支配するものを、理念的に決定する。この理念に盲目的に従わなければならないと定める。この理念は永遠普遍であり、犯すべからず、と。これが日本の場合には日本国憲法だった。
日本はこの理念により、自由が定まり、人権が定まり、政治制度が定まり、公務員の性質が定まった。

ただし日本の場合、唯一つの欠陥が憲法にはあった。
理想的環境でのみ成立する「盲目平和主義」がそれだった。

日本の変貌は「自由主義」の本格導入から始まった。(米国の圧力)
公務員の共産的理念性が薄れ、自由主義的感覚が蔓延し、公務員も利益のために仕事をする。
腐敗が起こり、金力が集積し、組織が自己保存本能を持ち出す。

犯すべからざる公務員が自由主義意識を持ち出したら、正に一党独裁共産国家の中国、そのままですが。

投稿日時 - 2009-06-04 07:45:28

お礼

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2009-06-05 07:53:20

ANo.1

自由を認めれば能力のある人とない人で格差が出てしまう。
それを平等にするには、誰かが人為的にむりやり格差をなくすしか
ありません。
その人為的なところを調整できるのが前衛と言われる人たちで、つまりは共産党です。
イチローは野球の才能がある過ぎてほかの野球選手が困るからサッカーをやれとか。
ほっとけばトヨタの車が売れすぎてほかのメーカが倒産するから、開発をやめろとか、前衛という人たちが計画してくれるわけです。
でも、前衛がすべてのことをできるわけはありませんから、すぐに破綻しますが、破綻させないために一党独裁で自由の制限するしかないのです。

投稿日時 - 2009-06-04 00:01:06

お礼

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2009-06-05 07:52:33

あなたにオススメの質問