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神式なのに般若心経? 地鎮祭で

自宅の地鎮祭の事です。神式なので神官が見えました。祝詞をあげられましたが、やがて土地に塩をまきはじめその時に般若心経を繰り返しとなえられていました。神官は住宅メーカーがつれてきました。また終了後の神官のお話の中で「これまで土地に住んでいた生き物はすみかを追われる事になるので、生き物への感謝の気持ちで・・・」というような事をいわれたのでなんか仏教的なものを感じました。神官は般若心経を勉強し(暗唱し)仏教も勉強するものなのですか?それとも神道の中でも一部の流派がそうなのでしょうか?あるいはこのコーナーでもお話がでていたのですが、葬儀社がつれてきたお坊さんは偽坊主のことがある といいますが、住宅メーカーがつれてきた神官は正規の神官ではないってこともありですか?

投稿日時 - 2009-02-11 09:18:59

QNo.4707491

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質問者が選んだベストアンサー

神道もいろいろあるのですが、基本的には問題ないですし、ありえる話です。
もともと明治政府の神仏分離令以前は、仏教と神祇信仰の融合があり、寺院でも盛んに神祇をお祀りするようになり、神前読経や神前法楽といい神社で仏事が執り行われでおりました。また神社の維持管理を寺院が行うことが大半でした。
明治の神仏分離以降、神社を分けたり、お寺を神社にしたり、新たに神社が造営され、神主養成学校が寺院内に作られるなど寺の次男・三男などは僧侶から神主に移らされて、それ以降の新しい神道としてはまだ100年ちょっとです。
祝詞もお経を元にしたと思われるお経と同じ内容のものの多いですし、明治の神仏分離令による廃仏毀釈という宗教改革で神と仏の領域が切り離されて、儀礼も形式的には分離していますが、もともと仏教行事に由来する神社の行事も多くあり、以前の歴史を残しているところも多々あります。現在でも神社で僧侶が出向いて仏教行事が行われたり、その逆であったりという行事や神仏合同法要も残っています(日吉大宮社の山王礼拝講、山王権現の法楽として法華八講論議の法儀。宇佐八幡宮本殿の法華八講。京都長岡天満宮の放生会。石清水八幡宮の放生大会など)。
明治以前は、亀戸天満宮で塙保己一が般若心経を読んで群書類従の成功を祈願とか、神社で般若心経はごく当たり前でしたので、その歴史を受け継いでいるところは残っています。現代の神社では神前読経に否定的なところと、逆に神前読経をするところがあるのが現状です。なお、神前で読誦の際には、最初の部分の「仏説」を読まずに、「摩訶」から読み始めます。
神道と一口で言っても、仏教で宗派が異なるとかなり違うように、
宮中神道、神社神道、民間神道(道祖神・田の神・山の神など)、陰陽道系の土御門神道・いざなぎ流。復古神道、伊勢神道、唯一神道、両部神道、山王一実神道、儒家神道、理学神道でかなり違います。神仏習合の強いところとそうでないところがあります。
また神道というと教派神道(実行教・御嶽教、黒住教、金光教、天理教、出雲大社教、生長の家、世界真光文明教団、崇教真光、ス光光波世界神団など) も含みますので、その神職の方がどこの方かわからないと本物かどうかは区別が出来ません。
なお『神官』では無いはずです。「神官」は1894(明治27)年以降は伊勢神宮の神職のみであり、大東亜戦争敗戦後はGHQによって出された神道指令によって神官は廃止されています。

投稿日時 - 2009-02-11 14:29:29

お礼

お礼が遅くなりました。神社では仏説をはずすのですね。神道にもたくさんあるのですね。ありがとうございました。

投稿日時 - 2009-03-01 17:55:31

ANo.2

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回答(3)

ANo.3

ニセモノの可能性は、まあ、あります。
明治時代に「氏子制度」ができてから、神官にも守備範囲(?)があって、住宅メーカーについて来ることはないとは思います。

ただ、戦後、氏子制度は「任意」ですから、「資格のある神官」がどこに行こうと自由ではあります。

お坊さんにしても、神主さんにしても、「イベント」のタレントではないので、ちゃんとしたお話をされる方であってほしいですね。

投稿日時 - 2009-02-22 20:27:39

お礼

お礼が遅くなりました。にせものかもしれないのですね。
でも私はお話の内容には納得でした。自分自身はものを無駄にし放題ですが。

投稿日時 - 2009-03-01 17:51:28

ANo.1

神道でも唱えるところがある。神社(神前)で読誦の際は、冒頭の「仏説」を読まずに、「摩訶」から読む。一般の人々にとっては、「空」を説く経典と言うより、むしろ、「霊験あらたかな真言」の経典として受け止められており、一部には悪霊の力を「空ずる」という解釈もされた。古くから般若心経の利益で病気が治るという信仰があり、既に日本霊異記にその説話が残っている。お守りとして所持したり、病気になったときに写経して平癒を祈願したりした人が多い。また、神社で読誦された。亀戸天満宮で塙保己一が般若心経を読んで『群書類従』の成功を祈願したことは有名である。

投稿日時 - 2009-02-11 09:25:35

お礼

お礼が遅くなりました。仏説をはずすのですね。参考になりました。

投稿日時 - 2009-03-01 17:53:47

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