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解決済みの質問

トーマの心臓について

萩尾望都先生の普及の名作「トーマの心臓」について皆さんに質問します。
私は萩尾望都先生の作品はこれで初めて読みましたが、トーマの死の理由が理解できなくて今、大変ムシャクシャしています。そこで皆さんの個人的な見解を聞かせてもらえませんか?私が自分なりの答えを見出すためのヒントにさせてください。よろしくお願いします。

投稿日時 - 2008-09-29 22:40:24

QNo.4366242

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

こんばんは。
私もこの作品をはじめて読んだ時は、分からなくてむしゃくしゃしたものです。
今も、胸にあるのは自分なりの答えでしかありませんが、参考までに。

エーリクに対して、オスカーが
「ユーリははためにはとてもよくやってる」
「その実なかがからっぽなんて、見ぬいたのきみぐらいなもんさね」
と語るシーンがあります。

では、トーマはどうだったのでしょう?
同じことを、やはり見抜いていたのではないでしょうか。
その理由は知らないまでも……。

ユーリは「みずから神を裏切った(捨てた)」がために、
自分は、人を愛するに値しない、愛する資格を持たない人間だと
思い込んでいたように思えます。
そしてユーリにとっては、「天使の羽を持つ人間」イコール
「人を愛する資格を持つ人間」だったのでしょうね。

そして「愛してたなんて信じない」と断言してしまうのは、
それに応えることが、自分にはできないと思っていたから。
応えられないから、信じることができない=信じてはいけない、のです。
ユーリにとって、「愛」や「許し」は、受けたら返さなくてはならないものだったから。

トーマは、ユーリの身に起こったことは知らなくても、
ただ、人を愛さないというユーリに愛をとり戻してもらいたかったのでしょう。
(少なくともトーマの世界においては)生きていくうえで、愛も許しも、誰にも必要なものだから。
そしてその表現が、自分自身の死によって、翼そのものになること
(=まぶたの上に生き続けること)だったのかな、と私は思っています。
見返りを必要としない、無償のものだから、自分自身が人間としてユーリの隣に残る必要もないわけで。
ユーリに翼がないことが問題なのなら、ぼくの翼をあげる、とエーリクも発言してますね。
それによって、ユーリは初めてトーマの真意に近づいたわけです。
エーリクの発言と、トーマの死の意味は、かなり近いところにあると思っています。

私自身はまったく信心深くはなので、
信仰の問題は、想像することしかできませんし、
原罪意識とか、そういうのにかかわりがあるのかなぁ?
と思っていた時期もありましたが、
そのあたりについて調べ出すと、これはこれで、また混乱してしまいそうです。^^;

なんだか曖昧な書き方になってしまいました。
参考になれば、幸いです。

投稿日時 - 2008-09-30 00:18:39

お礼

なるほど、だからトーマは自分自身の死によって彼の翼になろうとしたのですね。
素敵な解釈ありがとうございました。

投稿日時 - 2008-10-01 07:24:32

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回答(3)

ANo.3

簡単にいえばあてつけ自殺でしょう。
トーマはユーリに相手にされないので、自殺して彼の心に残ることを選んだんでしょう。
ユーリはサイフリートとの一件から、自分は誰にも愛される価値のない人間だと思っているんでしょう。
だから、ユーリをまったく相手にしなかったということだと思います。

投稿日時 - 2008-10-01 06:51:43

お礼

彼の死にあてつけの意味もあるのでしょうか…。その解釈は無かったですね。ありがとうございました。

投稿日時 - 2008-10-01 07:26:32

ANo.1

解釈は個人によって違うものでしょうが、とりあえず私の受け止め方を描かせていただきます。

物語の最後に、全てを昇華したユーリが電車の中で本を読みます。
そこに書かれた、一枚の紙切には以下のように書かれていたと思います。
「僕は、ほぼ半年の間、ずっと考え続けていた。
 僕の生と死と、それから一人の友人について。
 これは、単純なカケなぞじゃない。
 それから僕が彼を愛した事が問題なのじゃない。
 彼が僕を愛さねばならないのだ。どうしても。
 人は二度死ぬと言う。まず自己の死。
 そして友人に忘れ去られる事の死。
 それなら永遠に、僕には二度目の死はないのだ。
 そうして、僕はずっと生きている。彼の目の上に」
私はこの文章で、トーマは抜け殻となった最愛の人を救うため、自らの命を落としだと感じました。

自分の死によって相手を救う思いやりと、
死によって相手の中に自分が一生残る独占欲が
愛に実物以上の神聖化がなされているなと思いつつ、
神聖化された愛に憧れてしまいそうになります。

単純に、愛ゆえの行動なのではないでしょうか?長々と失礼しました。

投稿日時 - 2008-09-29 23:13:50

お礼

ありがとうございます。
抜け殻となった最愛の人を救うため…ですか。
それってなかなかできることじゃないですよね。トーマってすごい。

投稿日時 - 2008-10-01 07:14:34

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