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解決済みの質問

日本海軍は真珠湾奇襲に『成功した?』、『成功させてもらった?』

第二次世界大戦での日本の軍事作戦について質問です。昭和16(1941)年12月8日の早朝(日本時間)、日本海軍機動部隊は、ハワイのアメリカ太平洋艦隊基地の奇襲に成功した。これを皮切りに日本とアメリカは戦争状態に入った。というのが、戦後の長い間の定説だったと思います。私もそう信じていました。

ところが一方で、日本海軍は奇襲に「成功した」のではなくて、アメリカに「成功させてもらった」のだという説があります。つまり、機動部隊がハワイへ向う途中、無線電波を発しながら航行したためアメリカ政府の首脳は機動部隊がハワイに近づくのを知っていた。ローズベルト大統領は既に始まっていた大戦に参戦したかったのだが、アメリカの世論が参戦反対だったため、その機会がなかった。

で、日本に第一発を打たせれば(ハワイを奇襲させれば)参戦の口実ができるので、ローズベルトは機動部隊がハワイに近づいていることを太平洋艦隊に知らせなかった。そのためハワイの米軍は警戒態勢を取らなかった。そして、日本の航空部隊は奇襲に成功した。だから、日本海軍は真珠湾を奇襲できたのだというのです。

日本海軍は真珠湾奇襲に『成功した』のでしょうか、それとも『成功させてもらった』のでしょうか。

投稿日時 - 2007-02-15 15:40:48

QNo.2754889

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

決定的に正しい、とされる引用部分について

前の方(#27)が御紹介のサイトより

1. 93、113、475頁【決定的決め手となる重要電信】
十一月二十五日山本五十六聨合艦隊司令長官から第一航空艦隊に宛てたと謂ふ二本の電信は全くの「幻」の電信であり 存在しない架空の電信である。
山本の第一報と謂ふのは 文面からして「機密機動部隊命令作第一號」に近いが C點(N42°W170°)での燃料補給は(X-4)(十二月四日)午前であり 若干内容が異なる。機密機動部隊命令作第一號、第二號、第三號は十一月二十三日新嘗祭当日午前九時麾下各級指揮官を旗艦「赤城」に招致の上 手交下達してゐる。 軍令部ならびに聨合艦隊司令部宛の写は鈴木 英少佐が持ち帰った事が記録されてゐる。

それと
>「 ニイタカヤマノボレ 一二〇八 」(電信(2))
>これもアメリカ側で傍受、解読されました。この電信は暗号ではなく、片仮名の平文でした。
内容を考えれば、暗号化されずに発信は、100%ありえません。

矛盾満載のようなので、かえって面白く読めると思います。図書館といわず、いずれ購入してみます。

投稿日時 - 2007-02-21 00:18:14

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回答(30)

ANo.30

不可思議な話が次々と・・・
「ホントですか?」「おかしくないですか?」
と、繰り返しているわけですが、これって議論なのでしょうか?

(1)アメリカ海軍第12海軍区情報部が作成した第一航空艦隊の航路図。
>この航跡図が、後年になって偽造されたものとは思えません。
当時に作られたという証拠は、ありますでしょうか?
スティネットという方は、デリンジャー現象のせいで遠くまで電波が届いた、なんてトンデモ発言をなさる方のようなので、証拠が見たくなります。物理法則を捻じ曲げてよいのはフィクションだけです。

(2)ヘンリー・スティムソン陸軍長官の日記
「問題は我々自身が過大な危険に処することなく(日本側の)最初の1発が(我々側を)激発するよう、日本をどうやって誘導するかにある」
という文面らしいですが、これを考えてるのは当然スティムソンであって、ルーズヴェルトではありません。真珠湾の損害は、充分に「過大な危険」だと思います。

(3)ジョセフ・グルーの諜報活動。
いくらなんでも宮中にスパイがいますか? 証拠希望です。
御前会議の段階で日本の作戦計画がアメリカにもれていたら、緒戦の快進撃はできないと考えるのですが。
スティネットという方は、日本人をバカにしてるんじゃないかと、思われてなりません。

(4)吉川猛夫の諜報活動。
アメリカも横須賀にスパイを送っていたわけですが、それをもって、「横須賀が空襲される」という証拠にはなりませんね。敵主力艦隊がどこに、何隻いるか探るのは、普通のスパイ活動です。
彼が送った電文は「ハナコサンガコドモヲウンダ」(敵艦隊真珠湾にあり)かと記憶してますが、これを解読しても真珠湾攻撃は予測できないのでは?

投稿日時 - 2007-02-22 01:43:42

お礼

ご回答有難うございました。

投稿日時 - 2007-05-08 17:23:05

ANo.29

状況証拠において、ルーズベルトが「真珠湾が攻撃を受ける」という確実な情報をいつの時点で、どこの情報部門から渡されたのですか?是非お教え下さい。お願いします。

投稿日時 - 2007-02-21 15:35:21

ANo.27

この種の多くの本のなかで、さらに重要な決定的証拠は存在するが、機密事項のため誰も閲覧することが許されていない。と書かれています。
スティネットの「真珠湾の真実」も例外ではありあません。
これが胡散臭さを感じさせる一番の原因なんですね。

電文1号の存在なんて荒唐無稽としか思えません。
下のサイトで、その点も含めて陰謀論の問題点を論じています。
私にはこちらのほうが説得力があります。
秦郁彦の著作ではさらに詳細に論じていますので、そちらも一読なされることをお勧めします。

参考URL:http://homepage2.nifty.com/ijn-2600/shinjuwan.sinjitu.html

投稿日時 - 2007-02-20 22:28:16

補足

>秦郁彦の著作ではさらに詳細に論じていますので、そちらも一読なされることをお勧めします。

ありがとうございました。参考にさせていただきます。

=========================

秦郁彦の検証について:
http://homepage2.nifty.com/ijn-2600/shinjuwan.sinjitu.html


秦郁彦の『検証』を読んで先ず感じたのは、”独断”が過ぎることです。彼はスティネットを「独断」、あるいは「我田引水」と非難しておりますが、秦も負けず劣らず「独断」していると私は思います。

例えば秦は、「何れにしても二十一日に『第二開戰準備』が発令され、二十三日に『機密機動部隊命令作第一號』が発令された後に、このような内容の聨合艦隊命令が発令される事はありえない。」と断定しますが、山本長官と南雲司令官との間で、口頭で「文書で交付した『第一號』を電信で繰り返すことによって正式の出撃命令とする」という臨時の約束があったとも考えられるじゃないですか。(電信のあった日の翌朝、出撃した。)

二番目に、彼の見方は偏っており、公正ではありません。スティネットが書いている重要なポイントのいくつかについて何のコメントもしておりません。
(1)アメリカ海軍第12海軍区情報部が作成した第一航空艦隊の航路図。→前述
(2)ヘンリー・スティムソン陸軍長官の日記。
この日記には、ルーズベルトと彼の戦時内閣が、どのようにして日本に最初の一発を撃たせ、アメリカの世論を参戦に導くかを話し合った事が記されている。ルーズベルトが世論対策に心を砕いていた様子が分かります。
※戦時内閣:ルーズベルト大統領、ノックス海軍長官、スターク海軍作戦部長、スティムソン陸軍長官、マーシャル陸軍参謀総長、ハル国務長官。
(3)ジョセフ・グルーの諜報活動。
東京駐在のジョセフ・グルー米大使が、宮中に勤務する日本人スパイから昭和16(1941)年11月5日の御前会議の内容を入手してワシントンのハル国務長官に報告したこと。昭和天皇の周辺にアメリカへ国家機密を売り渡す売国奴がいたのです。 
(4)吉川猛夫の諜報活動。
吉川猛夫海軍少尉はホノルルの日本領事館に派遣され、真珠湾の米軍基地と太平洋艦隊に関する情報を収集して日本の海軍省へ報告した。アメリカ側は、吉川が日本を出立する時から吉川の動きを追跡した。彼の任務がハワイの米軍に関する諜報活動であることはすぐに分かった。しかしアメリカ側は最後まで(真珠湾攻撃の当日まで)吉川を泳がせた。吉川が日本へ送った情報は全て暗号化されたがすべてアメリカ側に解読された。アメリカ海軍情報部は吉川の自宅の電話に盗聴器を仕掛けた。吉川の活動内容から、日本軍がハワイの基地を攻撃目標にしているのは明白でした。

投稿日時 - 2007-02-21 23:01:43

ANo.26

NO.20さんへの回答の補足で質問者様は、「機動部隊が単冠湾を出撃した1時間後、アメリカ海軍作戦部は・・・(省略)・・・アメリカが便宜を図ったことを意味します。」と断言していますが、それはどうでしょう。機動部隊が単冠湾を出撃する直前にアメリカに一つの情報が入ってきました。それは日本の輸送船30隻以上が5個師団を輸送し、台湾の南を移動中というものでした。ルーズベルトにもこの情報は伝えられますが、それはちょうど機動部隊が出撃した時刻と一緒です。海軍作戦部では、この情報により日本との戦争の危険が増したと判断し、船舶の航路を制限するよう命令を出したのです。アメリカとて無限に艦艇と飛行機を持っているわけではありません。商船の安全を確保するには同盟国近海で援護をしやすい航路を指示したにすぎません。機動部隊の出撃にあわせて命令を下したわけではないのです。
ところで質問様に質問です。私は知らないのですが、ルーズベルトが「真珠湾が攻撃を受ける」という確実な情報をいつの時点で、どこの情報部門から渡されたのですか?その公式記録はどこにありますか?是非お教え下さい。お願いします。

投稿日時 - 2007-02-20 02:25:28

補足

返事が遅くなりました。済みませんでした。

>ルーズベルトが「真珠湾が攻撃を受ける」という確実な情報をいつの時点で、どこの情報部門から渡されたのですか?その公式記録はどこにありますか?

ルーズベルトが「真珠湾が攻撃を受ける」という報告を受けたという記録を残さないようにしたはずです。報告を受けたとしても口頭報告で済ませたでしょう。仮に部下から報告書類がきても、目を通したあとサインしないまま返したでしょう。組織のトップはそういうものです。できるだけ責任を回避しようとするからです。(ライブドア事件の堀江社長も、決算紛飾に関する大事な指示は口頭で行いました。)

だから、ルーズベルト陰謀説を立証する”直接証拠”の発掘は期待できないので、”状況証拠”をたくさん集めようとするわけです。スティネットも非常にたくさんの説得力ある状況証拠を集めました。

投稿日時 - 2007-02-21 12:53:32

ANo.25

旧暗号の使用される可能性が、もう一つありました。
米軍へ、日本の空母が内地にいると思わせたい場合です。
偽電なら、米軍が解読していたとしても、まったく当然です。そのための偽電ですから。
なお、米軍が新暗号を解読するためには、大量のデータを蓄積する必要がありますので、「日本軍が主に旧暗号を使っていた」という前提では、開戦時点での新暗号の解読は不可能です。

投稿日時 - 2007-02-19 23:58:32

補足

お時間のあるときに図書館でスティネットの本を読んでみて下さい。

投稿日時 - 2007-02-20 10:08:49

お礼

a-koshino様へ

他の回答者への補足でも言いましたが、私も「成功した」と信じていました。しかし、スティネットの本を読んで、非常の『多くの証拠書類』を揃えて”ルーズベルトの謀略”を説明しておりますので、私の現在の考えは、やや「成功させてもらった」の方に傾いております。これ以上続けると管理者から「議論を目的としている」と判断されて削除されそうですので、ここらで回答を締切ろうと思います。

色々教えていただきありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-20 09:53:00

ANo.24

「米側は12月4日までの電信の内容を解読しております。戦略暗号JN‐25は破られていたわけです」
日本軍が旧暗号を使用し続けたとすれば、サイファー(解読のカギ)となる暗号書の交換が間に合わない(遠隔地や、作戦中の艦艇)場合しか考えられません。内地から出発した機動部隊が、最重要の作戦で旧暗号を使用していた可能性はゼロです。しかも航海途中で切り替えるわけがありません。

いろいろと引用していただき感謝しておりますが、引用が増えるたびに原著者への信頼が低下しております。無線電信を物的証拠として強調する本を書く人が、無線に関する知識が皆無(デリンジャー現象を知らないレベル)というのは、正直、驚いています。
これで軍事的な(特に日本海軍についての)知識も、同レベルだとすれば、戦争の本を書く能力に欠けるのではないか、とすら感じています。
決定的に正しい部分を、一ヵ所でいいので引用願えますでしょうか。

投稿日時 - 2007-02-19 23:41:39

補足

>決定的に正しい部分を、一ヵ所でいいので引用願えますでしょうか。

ご要求に沿えるかどうか分かりませんが。

米海軍は、機動部隊が単冠湾を出撃する日の前日に山本五十六長官から南雲忠一司令官に宛てた電信を傍受、解読しました。
『機動部隊は極力その行動を秘匿しつつ、対潜、対空警戒を厳重にしてハワイ海域へ進出し、開戦劈頭、在ハワイの敵艦隊主力を攻撃し、之に致命的打撃を加えるものとする。最初の航空攻撃はX日(後令)の明け方とする。空襲終わらば機動部隊は緊密な連携を保ち、敵の反撃に備えつつ速やかに敵海域を離れ、内地に帰投するものとする。なお対米交渉成立の場合は、機動部隊は警戒態勢を維持しつつ帰投し、再編制を行うものとする。』(電信(1))

もう一つ。

昭和16(1941)年12月2日、山本長官は南雲司令官宛てに開戦命令の電信を発しました。
「 ニイタカヤマノボレ 一二〇八 」(電信(2))
これもアメリカ側で傍受、解読されました。この電信は暗号ではなく、片仮名の平文でした。

電信(1)と(2)から、「日本軍は12月2日の明け方、ハワイを襲う」と分かるわけです。

投稿日時 - 2007-02-20 16:27:35

お礼

上の文の誤まりを訂正します。

(誤)日本軍は12月2日の明け方、ハワイを襲う
(正)日本軍は12月8日の明け方、ハワイを襲う

投稿日時 - 2007-02-20 17:13:17

ANo.23

>かりに日本軍がこの船を撃沈したとしても、アメリカの世論が参戦支持に変化することはなかったと思います。

それは、あなたの考えです。重要なのは、それを計画していた人達、特にルーズベルトがどう考えていたかが問題でしょう。全く無駄、無意味と思うなら船を出す筈がありません。ルーズベルトはあなたと正反対の考えを持っていたから、船を出したとも考えられます。また、世論はそれほど考慮せず、ただ単に日本からの攻撃を誘い、開戦の口実のみ欲していたのかもしれません。
大統領の持つ「緊急時の権限」及び「防衛に関する権限」は絶対的なものであり、迅速な行動が必要との理由から議会の宣戦布告を求めない事を許される場合もあります。大統領が領土と国民の安全を前面に強調した場合、議会は黙認する事もあるのです。それを狙って船を出そうとした事も考えられます。

ともかくルーズベルトの陰謀説については、著名な戦史家であるリデル・ハートもその著書「第二次世界大戦」で否定説をとっています。「ルーズベルトが真珠湾の敗北を企んだのであるとするのは、いかにも根拠希薄な論法であって、それよりも陸海軍司令部における安心感と見込み違いの証拠が歴然として、他の異説を圧している」と、リデル・ハートは述べています。私が二度、回答している内容もこれに意見を同じくしているものであるのは、お読みいただければわかるでしょう。
そして、私と、「成功した」派で私と同様の回答をした方には、まだ納得のいく反論は寄せられていません。反論があるのは無線電波の件ばかりです。私としては、これでは「成功させてもらった」と認めるのは非常に難しいものがあります。私は今だ確信をもって「成功した」派です。

投稿日時 - 2007-02-19 05:00:48

補足

>リデル・ハートもその著書「第二次世界大戦」で・・

この本は読んだことありませんが、もし、ハートとスティネットが議論したらスティネットが勝つと思います。ハートの「第二次世界大戦」は1960年代の著作ですが、「真珠湾の真実」は1999年の著作で、情報公開後の豊富な公文書が証拠書類になっていますから。


>そして、私と、「成功した」派で私と同様の回答をした方には、まだ納得のいく反論は寄せられていません。

このサイトは議論を禁止しております。お察し下さい。

投稿日時 - 2007-02-20 10:49:21

ANo.22

「28日から12月1日頃にかけて」
大量の電文が4日間だけで発生し、その目的は時化にあった艦隊の整列にあった、と理解してよろしいでしょうか。

「不幸にして、この時期は太陽の黒点活動が活発になっており、大規模な磁気嵐が発生し、低出力の電波でも予想外に遠くまで運ばれたようです」
アメリカへ届かなかった電文も多数あるという印象を受けました。ものすごい量の通信をしていたのですね。
ところで、まったく知識が不足しているのですが、磁気嵐は長距離通信の阻害要因ではありませんか? もしスポラディックE層↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%A9%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AFE%E5%B1%A4

の話であれば、季節が合わないし長時間は続かないのでは?
門外漢なので、間違っていたらごめんなさい。

一番疑問なのは、無線封止の重要さを理解していながら、艦隊の整列になぜ、発光信号ではなく大量の無線を使ったのか、です。

投稿日時 - 2007-02-18 19:14:22

補足

返事が遅れて済みませんでした。

>「28日から12月1日頃にかけて」大量の電文が4日間だけで発生し、その目的は時化にあった艦隊の整列にあった、と理解してよろしいでしょうか。

米海軍第12海軍区情報部が作成した日本海軍空母機動部隊の航跡図を見ると、機動部隊は12月4日までと、7日、8日に電波を出しております。

米側は12月4日までの電信の内容を解読しております。戦略暗号JN‐25は破られていたわけです。しかし、12月7日、8日両日の電信については、傍受はされていましたがその内容は解読されていないと思います。日本海軍は12月4日頃までにJN‐25の使用を停止したはずですから。なお、12月7日には機動部隊はオアフ島の北方800キロ付近にあり、400キロ付近に達したところで機動部隊は停止(※)、赤城の航空隊が発進したようです。※プロコフィエフ海山付近。

>磁気嵐は長距離通信の阻害要因ではありませんか?

私も門外漢です。ただ誤解ないようにお願いしたいのは、機動部隊が使った電波は、”低周波”ではなく、”低出力”の電波です。

>一番疑問なのは、無線封止の重要さを理解していながら、艦隊の整列になぜ、発光信号ではなく大量の無線を使ったのか、です。

むろん私にも分かりません。著者のスティネットもそれについては触れておりません。素人考えですが艦船は、手旗信号はもちろん、発光信号も届かないような遠くまでばらばらになってしまったか、あるいは霧のために視界が悪い状態だったかのどちらかではないでしょうか。

あるいは何かの本で赤城の南雲中将は、潜水艦が隊列からはぐれて迷子になっているのではないかとか、随分気にしていたようですから、潜水艦と連絡をとるために多くの電波を出したのかもしれません。

なおアメリカ側の傍受記録によると、山本五十六連合艦隊司令長官は電信で、日本時間の1941年11月26日真夜中(午前0時?)から無線封止を守るように命令を発しました。しかし、「緊急の場合、または必要が生じた場合はその限りではない」という但し書きがつけられていました。大しけで隊列がばらばらになってしまったので、南雲中将は「必要が生じた場合」に該当すると判断して電波を出したのではないでしょうか。

なお山本長官の無線封止命令の電文は、アメリカ第2公文書館に保管されています。

投稿日時 - 2007-02-19 21:47:15

ANo.21

常識で考えてみてください。

仮にアメリカの陰謀だったとしましょう。
その場合でも、先に戦争をしかけたのは日本ですから、真珠湾の被害の大小にかかわらず、アメリカは参戦する正当性を持つことになります。
であれば当然、アメリカは被害を最小限にするべく、迎え撃つ十分な準備をして待ち受けるはずです。
現実がそうでなかったということは、アメリカは知らなかったということです。

誰かこれに反論できる人はいますか?

投稿日時 - 2007-02-17 18:56:31

ANo.20

「日本海軍が組織的に偽電計画を実施した事実はない」との主張をしている著作なら、日本軍が発した電文は全て、偽電ではないという解釈なのですね。
これまで御教えいただいた情報をまとめると、その本の中の日本軍は

真珠湾攻撃に際し、

・わざわざ開戦のために新しくした暗号を用いずに、旧暗号で真珠湾攻撃の情報を流し
・電波封止を行なわず、偽電もせず、無線を出し放題で位置を探知され、なおかつ戦後になって、電波封止や偽電をしていたと言い張る

という集団だったと。
・・・日本人は猿扱いでしょうか?
そこまでオマヌケな軍隊だったとすれば、「成功させていただか」なければ、真珠湾攻撃など不可能でしょう。

自分は、当時の日本軍は電波封止の必要性を理解していたし、偽電も盛んに行なったから、攻撃の目的地を秘匿でき、真珠湾攻撃に「成功した」と考えます。

投稿日時 - 2007-02-17 18:47:14

補足

>当時の日本軍は電波封止の必要性を理解していたし・・

連合艦隊司令長官の電波封止命令を機動部隊が理解していたのは間違いありません。機動部隊航跡図を見ると、11月26日からの数日間と12月5日、6日は全く電波を出しておりませんので、基本的に電波封止命令を守ったことは確かです。

しかし、11月26日に単冠湾を出撃したあと、28日から12月1日頃にかけて機動部隊は大しけに遭遇し、部隊の隊列が壊れ、艦船が散り散りばらばらになりました。ばらばらになった艦船を呼び集めるために赤城などが電波を出したようです。冬の北太平洋は台風並の低気圧が発生して猛烈にしけます。

南雲中将を初めとする機動部隊の幹部は、低出力の電波なら遠くまで届かないと考えたようですが、不幸なことに、この時期は太陽の黒点活動が活発になっており、大規模な磁気嵐が発生し、低出力の電波でも予想外に遠くまで運ばれたようです。アメリカ本土でも傍受されました。


>攻撃の目的地を秘匿でき・・

第12海軍区情報部は機動部隊が出す電波の発信地を割り出して航跡図を作成しました。その航跡の目的地がハワイであることは明瞭でした。航跡図作成担当者は Robert Ogg です。

この他にも、日本海軍の攻撃目標がハワイであることをアメリカ側が知っていた可能性を示唆する事実があります。機動部隊が単冠湾を出撃した1時間後、アメリカ海軍作戦本部は「太平洋を横断する船舶の航路はすべてトレス海峡とする。太平洋艦隊とアジア艦隊は必要に応じ、これを護衛せよ。」と命じました。そして同時に海軍は、アメリカおよび連合国の船舶は全て北太平洋から引き揚げ、太平洋を横断する船舶は全てオーストラリアとニューギニアの間のトレス海峡を通るように命じました(「真珠湾の真実」)。これは、日本の機動部隊が他の外国船に出会うことなく無事にハワイへ到着できるようにアメリカが便宜を図ったことを意味します。ハワイに向けて隠密行動中の機動部隊が外国船に出会えば、隠密行動を中止して日本へ帰ってしまうことをアメリカは恐れたのでしょう。

投稿日時 - 2007-02-18 14:49:05

ANo.19

確認したいことが少々

>しかしイギリス情報部が1939年末までには「JN25」の解読に成功していましたから

↓こちらを御覧いただいた上で
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%A9%9F%E6%A2%B0%E5%BC%8F%E6%9A%97%E5%8F%B7

戦略暗号JN-25は、1940年10月以降、新暗号に切り替わっています。もしイギリス情報部が1939年末までに解読していたとしても、旧暗号は1940年11月末までしか使われておりません。
開戦後のイギリス情報部は、ドイツのエニグマ式暗号機による「ウルトラ」の解読に全力をあげます(常時1万人以上を投入!)ので、JN-25を解読する余力はなかったと思われますが、いかがでしょう。

>機動部隊の旗艦「赤城」を初め複数の艦船が電波を発信しながら航行したと書かれています。

11月に単冠湾へ各艦が集合する際、厳重な電波封止が行なわれると同時に、移動を秘匿するため、元いた基地からは多数の偽電が発せられました。後から記録を調べた場合、偽電かどうか吟味の上、選別する作業が必要になるはずですが、電文内容の吟味に関しては、どのように書かれていますか? 南雲名義の電文が60本というのは、いかにも多すぎる気がするもので。

投稿日時 - 2007-02-17 09:21:12

補足

>・・開戦後のイギリス情報部は・・JN-25を解読する余力はなかったと思われますが、いかがでしょう。

専門家ではないので良く分からないのですが、ドイツがポーランドへ侵攻する1939年9月よりも前ならば、イギリス情報部も余裕があったかもしれません。20年ほど前、イギリスのBBC放送が制作したドキュメンタリー番組「真珠湾攻撃~暗号を解いた情報部員たち~」では、JN-25は日本海軍が1939年の後半に使用を始めイギリス情報部が解読を行った。英連邦のオーストラリアには解読マニュアルを提供した。日本海軍が「JN-25」を使う頻度が徐々に高まったものの、依然として旧暗号も同時に使われていた。旧暗号の使用を停止して「JN-25」のみを使用するようになる迄に一年以上を要した。と、説明しております。イギリスは香港で日本海軍の電波を傍受し、暗号を解読していました。


>・・単冠湾へ各艦が集合する際、厳重な電波封止が行なわれると同時に、移動を秘匿するため、元いた基地からは多数の偽電が発せられました。後から記録を調べた場合、偽電かどうか吟味の上、選別する作業が必要になるはずですが、電文内容の吟味に関しては、どのように書かれていますか?南雲名義の電文が60本というのは、いかにも多すぎる気がするもので。

-引用始め-

戦後、元軍令部作戦課長の冨岡定俊大佐が「空母機動部隊は完全な電波封止を実施していた。瀬戸内海にいた主力艦隊と基地航空部隊が機動部隊の赤城、その他の軍艦になりすまして、空母機動部隊が依然として九州地域で訓練中であるかように見せかけて米側を欺くために偽電を発信した。」と述べた。

戦後の1945年から1946年にかけて行われた米議会の真珠湾調査合同委員会でT・B・イングリス海軍大将は、日本が偽電を実施して真珠湾攻撃前、空母部隊が瀬戸内海にいるように見せかけたと証言した。

戦争中の1944年、米陸軍査問委員会でキンメル大将の情報参謀だったエドウィン・レイトンは、「日本は偽電を実施した」と証言した。

しかし、1985年に刊行した著書の中で彼は、「日本が偽電計画を実施したとの意見を支持する者はいない」と、陸軍査問委員会での証言を取り消した。

-引用終り-

つまり、日本海軍が組織的に偽電計画を実施した事実はない。しかし戦争直後、日米の海軍関係者が口裏合せをして日本が偽電を発信した事にした可能性がある、との印象を与える書き方になっております。

南雲忠一司令官の電文が多いのではないかという件ですが・・

投稿日時 - 2007-02-17 17:46:11

ANo.18

NO.14です。
無線が傍受されていた事。暗号が解読されていた事。事の真偽はどうあれ、それは決定打ではありません。要はルーズベルトがその情報を受け取ったのか。また受け取ったとして、その情報を信じたのか。信じたとして何らかの指示を出したのか。ださなかったのか。前に述べたように、そこが重要な問題だと思うのですが。また、例え現場の人間が情報を入手したとしても、ルーズベルトに届く前の段階で、中間組織の人間がその情報を信じず上に情報を届けなかったという可能性もあります。
事実、オアフ島北端のオパナ基地のレーダーは、日本の第一次攻撃隊の機影を捉えています。この時、レーダー要員だった二人の兵士は、この時間に飛ぶ飛行機は無い筈だから最初、レーダーの故障だと思い、機械の点検に時間を費やしています。故障でないとわかってから、すぐに情報センターに連絡を入れましたが、その間に13分の時間が無為に過ぎていました。それだけではありません。その報告を受けた上官は、ろくに確認もせずにその飛行機を米軍のものと判断し、上に報告しなかったのです。その結果、第一次攻撃隊は迎撃に遭う事もなく、真珠湾を攻撃できたのです。
このように戦争では誤謬がつきものです。そして情報が大統領に届くまでに判断を下す立場にいる人間は多数いるのです。そこに誤謬がないとどうして言えるでしょう。繰り返しますが、米海軍作戦部長と米太平洋艦隊司令官でさえ、日本の真珠湾攻撃はありえないと判断していたのです。その判断が部下に影響を与えていないとも思えません。

なお質問者様は「日本の軍艦に砲撃されて・・・、少数の戦死者を出すくらいでは不十分だとルーズベルトは考えた」と仰っていますが、それはどうでしょう。現に12月初頭にルーズベルトはラニカイ号を南方に派遣しています。この船は日本軍を挑発し、攻撃させるのが目的でした。最初の一発を日本軍に撃たせる為の囮船だったのです。たまたま真珠湾奇襲があったので、その計画は中止となりました。

私もルーズベルトが日本の攻撃を待ち望んでいたと思っていますが、真珠湾奇襲を確信していたとは思えません。

投稿日時 - 2007-02-17 04:27:01

補足

>この船は日本軍を挑発し、攻撃させるのが目的でした。最初の一発を日本軍に撃たせる為の囮船だったのです。

かりに日本軍がこの船を撃沈したとしても、アメリカの世論が参戦支持に変化することはなかったと思いますよ。

投稿日時 - 2007-02-18 15:50:16

ANo.17

成功させて頂いたに一票
ルーズベルトは戦争はしない!あなた達の子供は戦場に送らない
と言う公約にて当選しました ですがどうしても日本が目障り
しかし世論は戦争反対・・・とそこにハルノートを叩き付け
中国と手を組み戦争に引き込み・・まんまと真珠湾を攻撃させ
世論も戦争へ・・と言う流れだと思っています

投稿日時 - 2007-02-16 22:57:41

お礼

ご回答ありがとうございました。

ローズベルト大統領はイギリスのチャーチル首相から再三再四、参戦を督促されておりました。またニューディール政策で判るように、ローズベルトは左翼リベラリストでしたから、ドイツとの戦争で苦戦するソ連のスターリンにも同情を寄せておりました。こういう対外事情もあったと思います。

投稿日時 - 2007-02-17 11:36:20

ANo.16

No.12です。

ロバート・B・スティネット著「真珠湾の真実…ルーズベルト欺瞞の日々…」(文藝春秋刊)は私も読みました。
この本について、
秦郁彦著「検証・真珠湾の謎と真実」(PHP研究所)
須藤真志著「真珠湾”奇襲”論争」(講談社メチエ)
などで厳しく批判されています。
私は、スティネットの「真珠湾の真実」は信頼性が極めて低いと考えています。

投稿日時 - 2007-02-16 19:51:30

お礼

私は、この本の信頼性は高いと考えています。ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-18 15:48:40

ANo.15

ちょっと検索してみました↓
http://homepage2.nifty.com/ijn-2600/shinjuwan.sinjitu.html

「無線電波を発しながら航行した」との根拠となったインタビュー内容、誤訳とされてますが??
「真珠湾の真実」とは、本当に信頼度の高い本なのでしょうか?

投稿日時 - 2007-02-16 17:38:47

補足

>「無線電波を発しながら航行した」との根拠となったインタビュー内容、誤訳とされてますが?

この本の336ページに、第12海軍区情報部が作成した機動部隊航跡図が掲載されております。”Robert Oggの話”を裏付ける決定的証拠と思います。Robert Oggは本当の話をしております。この航跡図が、後年になって偽造されたものとは思えません。

>「真珠湾の真実」とは、本当に信頼度の高い本なのでしょうか?

私が読んだ限りでは、非常に説得力があります。a-koshino様も、一度読んでみて下さい。

投稿日時 - 2007-02-16 20:01:38

ANo.14

ルーズベルトが日本側からの攻撃を待ち望んでいたのは事実ですが、真珠湾奇襲を事前に知っていたという事実は公式には無く、米政府も否定しています。
ただ、詳細な日時はともかく、日本海軍が真珠湾奇襲を計画しているという情報は、昭和16年初頭の時点で既に米国に入っていました。駐日米大使から国務省にそうした計画があると一月に報告がなされています。ただし、その報告には、情報の信憑性について非常に疑問があるとも付け加えられていました。
この情報は米海軍にも伝えられ、海軍作戦部長のスターク大将と太平洋艦隊司令官キンメル大将の知るところとなります。海軍情報部では、この情報について、スターク、キンメル両大将に情報は信用てきないものと報告しています。
キンメル大将を司令官とする太平洋艦隊では、この情報が実行面から検討されています。その結果、日本海軍の真珠湾奇襲はありえないとの結論が出されたのです。真珠湾は日本からは遠く、遠距離の渡洋作戦になり、そうした場合の燃料補給は非常に難しくなる。殊に冬の北太平洋は波が荒く天候も不順で、その季節のその方面からの攻撃は、まず不可能だと思われたのです。さらに、真珠湾の水深は浅く、船舶への雷撃も不可能だと判断されました。逆に米海軍による日本攻撃も無理だと判断されました。米軍にできない事が日本にできるわけがない・・・これが米海軍の判断であり、キンメル大将とスターク大将の判断でもあったわけです。
ただし中には陸軍のマーチン少将や、海軍のべりんジャー少将のように、奇襲がありえるという声を上げる人もいましたが、圧倒的少数派でした。
ルーズベルトが対日戦略を軍幹部と討議する時でも、その内容は日本軍の南方侵攻に対する対処であり、真珠湾奇襲など全く討議されていません。
こうした状況において、たとえ前もってルーズベルトが真珠湾奇襲の情報を入手したとして、それを果たして信じたでしょうか。専門家である海軍作戦部長と太平洋艦隊司令官とが、ともにありえないと断言している事について、不確かな情報源からもたらされた情報を信じるとは、私には思えません。
また、日本艦隊が無線電波を発していたという説は、非常に信頼性の低いもので、確たる証拠があるわけではありません。歴史上の有名な戦争には俗説、奇説、謀略説はつきものです。真珠湾奇襲の件もその一つでしょう。
日本は奇襲に「成功した」が正解だと私は思います。

投稿日時 - 2007-02-16 03:04:57

お礼

ご回答ありがとうございました。私の考えは、やや「成功させてもらった」の方に傾いています。

投稿日時 - 2007-02-18 15:46:48

ANo.13

>日本に第一発を打たせれば(ハワイを奇襲させれば)参戦の口実が
>できるので、ローズベルトは機動部隊がハワイに近づいていること
>を太平洋艦隊に知らせなかった。

よく聞く話ですが、決定的に無理があるのが「第一発を撃たせる」のが目的であれば、それが真珠湾の警戒態勢を取らせない理由にはならないということです。
「日本が攻撃してきたが撃破した」でも参戦の理由には十分です。
また「日本が真珠湾を空襲する」という情報があったのは間違いないのですが、それは「日本軍がサンフランシスコに上陸する」「日系人が暴動を起こす」と言った膨大なデマ情報の中に埋もれてしまい、情報機関の末端で真剣に取り上げられませんでした。
これらを考えると故意に警戒態勢を取らせなかったとは思えません。

投稿日時 - 2007-02-15 23:49:22

補足

アメリカは第一次世界大戦にヨーロッパへ出兵し、多くの青年を犠牲にしました。それなのにヨーロッパに平和が訪れたのも束の間、10年と少し経ったらヒトラーが台頭して再びヨーロッパが戦争に巻き込まれたのです。アメリカ人の多くはいったい何のための出兵だったのか、二度とヨーロッパの戦争はゴメンだという参戦反対世論が支配的でした。

アメリカ大西洋側の海ではドイツのUボートが出没し、アメリカの商船に危害を加えたり、アメリカの軍艦と銃撃戦をしたりしましたが、それでもアメリカの世論は参戦を支持しなかったのです。ですから、日本の軍艦に砲撃されてチョットした被害を受けたり、少数の戦死者を出すくらいでは不充分だと、ローズベルトは考えたに違いないのです。

投稿日時 - 2007-02-16 22:19:16

お礼

有難うございました。

投稿日時 - 2007-05-08 17:13:40

ANo.12

真珠湾陰謀説の肯定派、否定派を読み比べると、
「成功した」に軍配を上げます。

まず、無線電波を発しながら航行した、というのは日本側の関係者は全員強く否定しています。アメリカ側の資料でもそのような証拠は見つかっていません。
アメリカが日本の暗号を解読していたのは、周知の事実ですが、当時解読できていたのは、外交暗号のみで、海軍の暗号はまだ解読出来ていませんでした。
海軍は秘密を守るため、外務省にも攻撃の日時・対象を教えていなかったため、外務大臣もラジオ放送で始めて知ったそうです。
だから、暗号を解読しただけでは、攻撃目標は分からなかった。

アメリカは、攻撃の近いことは分かっていたが、フィリピンあたりと考えていて、真珠湾は想定外だったようです。
もし分かっていたなら、黙ってやられるより、待ち伏せ攻撃をして日本空母を2,3隻沈めたほうが、その後の展開をずっと有利に出来たでしょう。

そもそもこの陰謀説は、戦後すぐ大統領選の際、対立陣営が意図的に流したデマで、根拠など無いのにいつの間にか独り歩きを始めた、というのが真相のようです。

投稿日時 - 2007-02-15 21:24:11

補足

>アメリカ側の資料でもそのような証拠は見つかっていません。

証拠の一部は見つかっております。#8の回答への補足で説明しました。しかし、多くの証拠が米カリフォルニア州のサンブルノ連邦政府記録センターで保管され、未だ情報公開されておりません。海軍関係者だけが閲覧できると言われます。この中には、日本海軍が発信した無線を傍受、解読したものが多数あると言われております。

>アメリカが日本の暗号を解読していたのは、周知の事実ですが、当時解読できていたのは、外交暗号のみで、海軍の暗号はまだ解読出来ていませんでした。

日本海軍暗号体系「JN25」について:
アメリカの情報部門は日本外務省の「紫暗号」は解読しておりましたが、海軍の「JN25」の解読にはてこずったようです。しかしイギリス情報部が1939年末までには「JN25」の解読に成功していましたから、(遅くとも1941年8月、日米開戦の4ヶ月前迄には)アメリカはイギリスから暗号解読書を入手したはずです。

>海軍は秘密を守るため、外務省にも攻撃の日時・対象を教えていなかったため、外務大臣もラジオ放送で始めて知ったそうです。

昭和16(1941)年12月1日の大本営政府連絡御前会議で、12月8日(日本時間)の対米開戦を決めました。東郷外務大臣も出席しましたから、「ラジオ放送で始めて知った」などと言うことはあり得ないと思いますが。また、外務省本省は在米日本大使に対して真珠湾攻撃開始予定時刻の30分前(※)に、宣戦布告書をハル国務長官に手渡すように指示しました。
※ワシントン時間で12月7日午後一時ちょうど。

投稿日時 - 2007-02-16 21:55:53

お礼

有難うございました。

投稿日時 - 2007-05-08 17:12:46

ANo.11

「成功させてもらった」が妥当でしょう。
アメリカの誤算は、日本軍の奇襲の規模を見誤っていた嫌いがあります。
日露戦争時に日本軍は、水雷艇を使って旅順のロシア海軍に開戦時に奇襲攻撃をかけています。
真珠湾奇襲攻撃のモデルは、前年に地中海でイギリス海軍がイタリア海軍の軍港タラントの攻撃をヒントに立案されたと言われています。
当時イギリス海軍は、二隻の軽空母の航空兵力で攻撃した。
アメリカは、日本軍の攻撃を、多数の潜水艦と二隻の空母(1個航空戦隊)程度の攻撃を想定していた嫌いがあります。
真珠湾攻撃当時の在泊駆逐艦の数の少なさを見て想像つきますね。
アメリカ軍の予想に反して、日本軍は全主力正規空母6隻の集中運用(世界初の画期的戦法)によってアメリカに痛い目を与えたのです。

投稿日時 - 2007-02-15 20:05:58

お礼

やはり「成功させてもらった」が本当ですか。

投稿日時 - 2007-02-16 17:26:01

ANo.10

#8です。
甲標的が沈められたのは航空攻撃の1時間ほど前ですね。
何を考えてドジやったものか・・・すいません。訂正します。
なお、国籍不明の潜水艦が軍港に侵入したら、問答無用で沈められます。正当防衛に近い行為なので、宣戦布告は不要。あたりまえですが、念のため。

投稿日時 - 2007-02-15 19:33:28

お礼

有難うございました。

投稿日時 - 2007-05-08 17:11:59

No4です。
>奇襲のたしか数十分前に、湾外でイ号潜水艦が撃沈されています。

1時間以上も前だったようです。連絡が遅れたのも暗号解析に手間取っただけと(ここには)書いてあります。
というわけで相変わらず真相はしりませんが、お詫びして訂正いたします。

参考URL:http://www5a.biglobe.ne.jp/~nkgw/history43.htm

投稿日時 - 2007-02-15 19:11:00

お礼

有難うございました。

投稿日時 - 2007-05-08 17:10:57

ANo.8

空母機動部隊各艦は、内地各地の基地から出港し、単冠湾へ集合する十一月段階で、すでに厳重な電波封止を行なっていました。それをいざハワイへ向かうとなって、わざわざ無線を発するものでしょうか。あまりに日本軍を馬鹿にしすぎの説だと思います。
また、航空攻撃より前(前日の昼)に、真珠湾へ突入しようとした甲標的(特殊潜航艇)が爆雷で沈められていますが、これをもって航空攻撃を予測し、「奇襲させてやろう」と決定したとすれば、ルーズベルト大統領は千里眼の持ち主でしょう。21世紀と比べて、この時代の情報伝達速度は、カメのごとく遅いです。

投稿日時 - 2007-02-15 18:37:41

補足

ハワイへ向う日本の空母機動部隊が無線封止の命令を守ったという説は誤まりだと思います。ロバート・B・スティネット著「真珠湾の真実…ルーズベルト欺瞞の日々…」(文藝春秋刊)には、機動部隊の旗艦「赤城」を初め複数の艦船が電波を発信しながら航行したと書かれています。この本は、米国の政府や海軍の豊富な公文書に基づいて書かれており、信頼度が高い内容です。

昭和16(1941)年11月26日午前6時、択捉島の単冠湾を出撃した機動部隊は一路、ハワイへ向いました。先ず東方に進み、12月4日、西経165度付近で方位を南東に向けました。そして同7日、北緯30度西経157度付近で方位を南へ向けオアフ島に近づきました。

米国海軍は日本の機動部隊がハワイへ近づくのを知っておりました。サンフランシスコにあった第12海軍区情報部では機動部隊が発信する電波から発信場所を割り出し、太平洋の大圏図に機動部隊の航跡を記入しました。その航跡は、機動部隊がハワイに向っていることを明瞭に示しておりました。(同書334~355ページ)

投稿日時 - 2007-02-16 17:21:59

お礼

ご回答有難うございました。

投稿日時 - 2007-05-08 17:10:07

ANo.7

アメリカが、日本の真珠湾攻撃を事前に知っていた可能性は高いとは
思われます。
この説は、戦後すぐにささやかれていましたが
ベトナム戦争後に、おおっぴらに言われ始め、
多少議論の余地はあるものの
80年代からは、ほぼ常識化された話になっています。

日本海軍は真珠湾奇襲に『成功した』?『成功させてもらった』?
の問いでしたら『成功させてもらった』が答えになるのでしょうが、
「アメリカにはめられた」という一面もあるものの、
見逃してはならないのは、
外務省官僚のお粗末な仕事ぶり、戦略や指針を示せない政治家、
場当たり的な動きの海軍、米ソの軍事力を直視しようとしない陸軍、
自己利益しか考えない企業や財界、日和見で無責任なマスコミ、
そして盲目的な思想にすがる国民・・・等、
はめられた当時の日本の「愚か者ぶり」です。
現在の日本の「翻弄される対北朝鮮政策」や
「官僚やマスコミの腐敗」、「土建国家と依存体質の国民」
「自己保身と社会性のない企業」「迷走する教育改革」等と
よく似てませんか?

はめた「詐欺師」の手口を把握することも大切ですが
はめられた「被害者」の愚か者ぶりも、見直さなければなりません。

投稿日時 - 2007-02-15 17:50:38

補足

>この説は、戦後すぐにささやかれていましたが

昭和16(1941)年4月に始まった日米交渉は難航しましたが、日米開戦の2週間前に到って、コーデル・ハル国務長官は、ローズベルト大統領の指示に従い、アメリカ側の最終回答というべき「ハル・ノート」と呼ばれる文書を在米日本大使に手交しました。その内容は日本としてはとうてい受け容れられない強硬なものでした。

戦後に行われた東京裁判で国務省の関係者が、ハル長官がハル・ノートを日本大使に渡したあと、「日本はハルノートを受け容れないであろう。」と言っていたと証言しました。つまり、ローズベルトを初めとするアメリカ政府首脳が日米戦争を期待していたとしか考えられないのです。

しかし、世論は参戦反対だからアメリカが日本に宣戦するわけには行かない。だから日本からの先制攻撃を期待したのではないか、という見方も説得力があると思うのです。

投稿日時 - 2007-02-16 10:55:28

お礼

ご回答有難うございました。

投稿日時 - 2007-05-08 17:09:25

ANo.6

目的はアメリカ太平洋艦隊撲滅の元に、作られた作戦、
飛行機による、軍艦撃沈方法等合わせて、海中からの攻撃、練られましたが、結果として、「日本の航空作戦奇襲成功」でした。
その為の、ゼロ戦造り、鹿児島湾を「ハワイ」に見立ての、訓練等
まさか、飛行機で軍艦沈めると、驚いていた、記憶あります。

投稿日時 - 2007-02-15 17:36:29

補足

鹿児島の錦江湾は真珠湾に似ているので、日米開戦直前に海軍航空隊が訓練をしたようですね。

kmue70様は、ハワイ海戦(真珠港攻撃)に参加されたのでしょうか?また、この海戦に投入されたゼロ戦は、最新式のものだったのでしょうか。

ゼロ戦(零式艦上戦闘機):
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BC%E3%83%AD%E6%88%A6

投稿日時 - 2007-02-15 23:27:01

お礼

ご回答有難うございました。

投稿日時 - 2007-05-08 17:08:48

ANo.5

#1さんのおっしゃるとおりだと思います。
奇襲させてやって という作戦だったと思いますが
とてつもない被害に驚愕したと思います。
それまでの歴史では、飛行機が戦艦を沈めることは
なかったのですから、甘く考えていたのでしょうね

しかも1-2年ぐらいで日本が降参するだろうと
思っていたのに、石油をインドシナあたりから
調達し、しかもゼロ戦を始めとする飛行機が
多く存在しつづけたので、なかなか日本本土へ
攻め込めなかったということで3年9カ月も
かかったのは、アメリカの大きな誤算だったと思います。

投稿日時 - 2007-02-15 16:19:00

お礼

当時、アメリカ人は日本人を「ジャップは猿真似しかできない」と馬鹿にしていたようです。

投稿日時 - 2007-02-15 23:11:18

奇襲のたしか数十分前に、湾外でイ号潜水艦が撃沈されています。
その情報が基地に届いた頃には既にゼロ戦が上空に迫っていたといいますから、併せて作為的なものを感じてしまいますね。
真実は知りませんが。

投稿日時 - 2007-02-15 15:53:05

お礼

確かに、何かうさん臭いものを感じますね。

投稿日時 - 2007-02-15 23:07:26

ANo.3

大統領はこのとき「これで同じテーブルに着ける」と喜んだという話を聞いたことがあります

日露戦争でもロシアが国民の目をロシア革命からそらせるために仕組んだとも言われています

後からいろんな噂が流れるものです

投稿日時 - 2007-02-15 15:52:59

補足

>日露戦争でもロシアが国民の目をロシア革命からそらせるために仕組んだ・・

初耳ですが、日露戦争は、ロシア政府がロシア革命から自国民の目を逸らさせるために始めた戦争なのでしょうか。

投稿日時 - 2007-02-15 23:00:52

お礼

ご回答有難うございました。

投稿日時 - 2007-05-08 17:08:09

ANo.2

より正確に言うと、成功させられた、成功したと思わされた、と
なるんでしょうね。

投稿日時 - 2007-02-15 15:52:36

補足

日本に「成功したと思わせる」ことによって得られるアメリカ側のメリットは何でしょうか。

投稿日時 - 2007-02-15 22:58:11

お礼

ご回答有難うございました。

投稿日時 - 2007-05-08 17:07:38

ANo.1

奇襲だけに言及するならさせてもらったでしょうね。
仰る通り先に殴らせて参戦の口実がほしかったようですから。

ただしその被害はアメリカには想像以上の大被害という誤算が起きましたから、全体的には成功したと解釈できると思います。

投稿日時 - 2007-02-15 15:45:44

お礼

やっぱりローズベルトは”参戦の口実”が欲しかったのですね。

ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-15 22:57:31

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