こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

締切り済みの質問

いじめは学校の責任?!

私は小学校の教員をしています。
最近、「いじめ」についてのニュースが大きく報道されています。
もちろん、いじめはあってはならないことですし、そのための指導にも全力を尽くしているつもりです。また、命を落とした子どもたちを思うと胸が痛みますし、一緒にいじめていた教師に対しては、(事実なら)同業者として許せない思いです。
が、マスコミの学校批判・教師批判にはいつも疑問を感じます。

いじめの責任は学校だけにあるのでしょうか。
子どもの躾の基本は家庭です。連日の報道で、我が子がいじめられているのでは?と過剰に心配して些細なことで、学校に訴えてくる親が大変増え正直うんざりしていますが、不思議なことに「我が子が誰かをいじめているのでは?」という心配をしている親はほとんどいません。
また、残念ながら社会に出てからも多かれ少なかれいじめはあります。たとえ、いじめを受けたとしても、それを乗り越えていける強い心がもてるよう、支えていくのも親の役割だと思います。(もちろん教師の役割でもありますが)

受験勉強、複雑な家庭環境、残酷な漫画、テレビ、サイト、多くの犯罪。いじめの原因は学校ではなく、それらの環境、全てに原因があり、社会全体の責任だと思うのです。なぜ、そこをもっと追求せずに、学校ばかりに責任を求めるのかが理解できません。今回の教師に非があったのは明らかですが、あんなに何度も繰り返し報道をする必要はなく、教師批判を煽っているだけだと思います。

みなさんは、今回の報道や、いじめの責任についてどう思いますか。
ご意見をうかがいたいと思います。

投稿日時 - 2006-10-22 00:55:38

QNo.2488750

困ってます

このQ&Aは役に立ちましたか?

16人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(33)

ANo.33

良い先生も確かにいらっしゃいますが、暴力にものをいわせる教師が少学から中学まで生徒指導という名目で行われてきている経緯があります。今回の事件は氷山の一角と思います。
私の小学生時は、担任が機嫌が悪いと全員正座で授業を受けさせられたことがあります。クラス全員です。
かつ、授業中に勉強ができず忘れ物が多い男子児童を屋上に連れて行き、戻ってくるのが遅いので後を付けると、背中など強打している音が響いていました。教師が児童にリンチをしていたのを知り、怖くて急いで教室に見つからないように逃げた記憶が思い出されます。
口を閉ざしている人はたくさんいると思いますよ。この小学生の時のクラスメイトのように思い出さないようにしている人たちが現にいるのですから。
家庭は激変してますね。テレビの報道では、給食費を払わない親御さんもいるのは問題ですね。そのような親がしつけをしているかと考えれば疑問です。
これらの背景で学校が当たり前のことを当たり前にできるように教育することが時代の要請に応えるものになってきていることも考えられるのではないでしょうか。

投稿日時 - 2006-10-24 21:04:54

ANo.32

「いじめられる方が悪い」
この考え方が蔓延しているのは、残念に思います。
その理屈が通用すれば、仮に万引きが起こったとしても
防犯をやっていなかった商店が悪いという風に
やったもの勝ちの風潮が蔓延ってしまうからです。

教師が執拗に批判されているのは、当然です。
唯一の大人であったその教師がいじめから守るのではなく、
率先していじめを先導していたのですから。
子供のような教師が教職現場におられては、困ります。

一番追及しなければいけないのは、いじめを卑怯と教えなかった
いじめた側の親といじめた本人たちではないかと個人的に思います。

投稿日時 - 2006-10-24 20:24:46

お礼

予想以上のたくさんの回答に驚いています。本来は一件ずつお礼をするべきだとは思いますが、時間の都合上まとめさせていただきます。

私は兄弟がいじめで不登校になったことがあり、いじめがどんなに本人や家族を傷つけるものであるか、少しは分かっているつもりです。
いじめのない学校、誰もが安心して楽しく通える学校にしたいと思い教師になりましたし、その思いは今でも変わっていません。
しかし、努力しても思うようにいかないことも多々あり、精神的にも疲労のピークであった時に、繰り返し今回の事件のニュースを聞きました。
教師の全てが批判されているような、やるせない気持ちになり思わず書き込んでしまいました。今思えば冷静ではありませんでしたし無責任な発言であったかもしれません。でも、同業者以外には言えない本音でした。

ひどい教師がいることも事実です。教師の心ない言葉によって傷つけられ教師に良い印象をもっていない人がたくさんいることも知っています。でも、私の知る限り多くの先生は、子どもが本当に好きで大切に思っています。完璧な人間ではないのでうまくいかないこともありますが、それでも子どもために力になりたいと心から思っています。保護者の方々と一緒に良い学校をつくっていきたいと思っています。

今回、多くの方たちが学校に関心をもっていることがわかり、それを励みに、そして期待に少しでも応えられるように頑張っていきたいと思います。どうもありがとうございました。

投稿日時 - 2006-10-24 21:03:47

ANo.31

1 「児童生徒の関わるイジメは、学校に責任があります。理由は、学校は子供を社会化(集団生活や集団行動も含めて)するところだから。(教育原理)」ということで、学校は重く受け止めています。
 一方で、社会化するのは学校だけとは限りません。あいさつは学校でしか教えられませんか? コミュニケーション不足が大問題なのです。ゲーム脳は学校でつくられるのでしょうか?

2 「いじめられる方も悪い」というのは間違いです。例えば「汚いからいじめた」はいじめた方が悪い。「汚い」のは別の問題です。

3 この問題を、子供の視点なし(子供不在)で考えるのはやめるべきです。これを子供が見てどう思うのか。

4 個々の事情が違います。知られたくなくて天国まで持っていった事実もあるのです。複雑であることを前提にすることが大切です。

5 ボタンの掛け違い、罵倒するだけ、ややこしくなるのは当然です。

6 生きている子供のことにも配慮が必要です。どう議論したら、どう報道したら、生きている子供のためになるのか。

 考えつくままにかいてみました。自分も、子供が自殺した学校に勤めたことがあります。これは一般論でもなく、きれい事でもありません。事情が詳しく分からないと思うからです。難しいことを簡単に論じるのは、それは違うと思います。軽く議論している人の意見を、今「死にたい」と思っている子供はどう聞いたり読んだりしているのでしょうか。なんとか、どこかにいる切ながっている子供を助けてあげたい。

投稿日時 - 2006-10-24 19:41:25

ANo.30

学校でおきた「いじめ」は学校と教師とその関係者の責任です。
家庭では、家庭の。
会社では、会社の。
市役所では、市役所の。
公道では、公道の。
その現場の責任です。

私の両親は、教師でしたが、ほとんど我が家を顧ず、
24時間体制で生徒の心配をし、学校につくしていました。
それがいいとは、思っていませんが、
学校でおきたことぐらい責任を持ってください。
なにも、放課後、学校の外でおきたことまで責任を取れとは言いません。
先生のいる、学校で生徒がトイレで下半身ぬがせれ、
侮辱され、暴力を振るわれているのです。
私の学生時代は、校内暴力の真っ盛りでした。
先生は、いつも学校を見て周り、いつも生徒の近くにいました。
それが辛いのなら、教師を辞めて、別の職業に就いてください。
それぐらいの心意気で、先生をしてください。
生徒の、命を預かっているのですから。
教師は、もっと批判されるべきです。
公務員は今まで甘やかされすぎました。
それは、公務員の先輩達が、努力して、築いた信頼と権利のおかげです。

少し、感情的になった感もありますが、
質問者さんは真面目な方だとお見受けします。
他に問題の原因を求める前に、どうか自分の足元をしっかり見つめてください。
今の学校教育が大変なのは分かっています。
でも、本当に苦しんでいるのは子供たちです。
頑張ってくださいね。

投稿日時 - 2006-10-24 18:47:52

ANo.29

今回の報道は、元はと言えば、いじめによる自殺であるという可能性があったのを知りながら、かたくなに認めなかった、ということでマスコミが声を大にした、と思っています。

それで、この件によって、「いじめの問題」というさらなる大きく根深い問題に行き当たっていると思います。

おっしゃるように、いじめの問題、となると学校だけの責任とは思えません。社会全体です。

問題となった件においては、早くことの経緯をご家族に伝える、という課題が残されていると思います。


以下、義務教育にいくらか問題がある、と思っている私の勝手な願いになりますが、

・子どもたちの家庭環境や小さいころからの生活状態を把握し、一人ひとりに詳しくなって、その子になったつもりで少しイメージしてあげてください。
・子どもを頭の良し悪しだけに目を向けすぎないようにしてください。
・教科書を教えるという、子どもが受身の学びでなく、自らが学ぶ、本来の学びの楽しさを少しでも大切にしてあげてください。
・時には子どもと同じ目線になったりしながら、厳しさとやさしさをもって、いつも子どもの味方でいてください。

教育現場は上からの力が強く、決められたことをこなすだけでも大変なのでしょうね・・・
子どもも親もさまざまな性格で大変なのでしょうね・・・

そんな中でも子どもの芯?のようなものを探し出して(いたずらに触れては問題ですが)、変なものをまとっていたり、傷があれば、少しでも粘り強く対応してあげていってください。(いじめられている子もいじめる子も)

親についてもさまざまなのでしょうね・・・親の訴えの中には何かのヒントは無いですか?

先生方であれば、子どもと自然に交流ができるのかもしれませんが・・、どうか人の芯?のような、外からは見えないところと交流・交信して、子どもを・親を少し引っ張って、あるいは支えていってください。

(小さいとき、職員室などへは、まず行くことができなかったり、先生に手を焼かせたことの多かった者の言うことで、間違ってるとこ多いかもしれませんが・・・)

投稿日時 - 2006-10-24 18:04:58

ANo.28

「イジメは本人にも責任がある」
特異な例としては存在するのでしょう。例えばクラス中に嫌われてしまうような愚かな行為を繰り返したとか・・・。
しかし、ほとんどの場合大した理由も無くイジメの被害に会ってしまいますよね。
気持ちで負けなければ良いのだ・・・なんて言う方は、イジメの事を解ったつもりで解ってないんじゃないですかね?
自己主張が下手な事は、イジメの理由として成立するほど悪ですか?って問いたいです。
身体が小さいけれども、読書や美術が好きな優しい子・・・こんな子でも、イジメられなくなる「勝ち組」に入れるんでしょうか・・・。
個人的には、「イジメられる方にも責任がある」なんて言う大人が存在する限り、イジメが減ることは無いんだろうなぁ~~と絶望に似た感覚を覚えます。

投稿日時 - 2006-10-24 14:27:10

ANo.27

私も最初は、とんでもない教師だなぁと思ってみていました。
しかし、自分の時を振り返るとそんなこともありました。
先生が、授業を面白くする為にちょっと話を脱線させて、生徒をからかったりもしていました。(その子の容姿などをおりまぜての)
毎回、同じ子でしたが、その子も別に笑ってましたし、クラスの皆もそれを聞いて大爆笑でしたが、だからと言ってそこからいじめが始まったこともありませんし、嫌な事を言う事もありませんでした。
むしろ、クラスのマスコットキャラクターではありませんが、みんなに愛される存在でした。
今回も、勿論先生にも悪いところもありますが、それを受け止める周りの生徒の心にも問題があると思えますが。。。
先生がやったから。。。それでも中学にもなれば善悪の判断くらいはつくと思います。そういう心を養って来れなかった生徒の養育環境や社会にも責任があると思います。

投稿日時 - 2006-10-24 11:38:17

ANo.26

いじめは学校、家庭の責任と本人の責任もあります。 

私は今年65才の男性です。 50数年前、スポーツのトレーニング過多で、病気になり入院しました。 三ヶ月後退院し、夏休みに自宅療養をして九月から学校に通い始めました。 それまでは学業成績も良く、スポーツも万能でしたから、一目置かれる存在でした。 

しかし、病み上がりで体操の時間も見学でした。 すると、不思議な事に『いじめ』に会いました。 その期間はほんの僅かでしたが、生まれて初めて『いじめ』を経験しました。 今となっては貴重な体験です。 

私は病気で入院するまでは、クラスの花形でしたから、いじめの存在すら知りませんでした。 きっと、教育委員会の方々や先生方もご自分が被害者の立場に立って、この問題を考えたことはないと思います。 何故なら、彼らはこれまでの人生、いつも勝利者の立場でしか考えていなかったからです。 

質問者の先生も、ご自分がいじめられた経験はないはずです。 だから、問題がどこにあるのかわからないのです。 しかし、いじめられ役の子も、いつまでもそうなのではありません。

私の長女はいつもいじめられるので、スポーツをやらせたらと、地域の『ミニバスケット・クラブ』に入れました。 入部が遅かったので、いつまでも補欠で、ジュースの買出しとか使い走りをやらされていました。 一年で止めさせました。 

その後、急に背丈が伸びて、女の子だのに、183cmになりました。 高校の体育の時間に長距離を走ったら、二位の子を一周追い越し、当時の日本記録に達するほどの選手になりました。 身体が大きく、走るのが速い勝ち組の子になっていました。 すると、いじめからも無縁になっていました。 

いじめは気持ちで負けるとやってくるものです。 いじめはワンちゃんに似ています。 犬が怖いと思っていると、必ずほえられるでしょう。 犬の好きな人には絶対にほえない。 いじめも気持ちで招いている部分があります。 これは体験者としてのコメントです。 
 

投稿日時 - 2006-10-24 11:12:24

ANo.25

教師の友人もいますが、職員室内でのいじめもひどいようです。
まあ、どこの職場でもいじめはありますからね。

いじめる側の気持ちとしては、
周りの笑いを取るために行います。お笑い番組を見れば、心境が分かるでしょう。最近は歌番組でも、お笑いの要素が求められますね。
社会に出ると、笑いを取ることはコミュニケーション能力にもなります。自虐ネタなど惨めさで笑いを取るのが基本で、チャップリンのような社会批判の笑いは、世間では認められていません。

こういった世の風潮が、いじめの元だと思います。

学校以外でもいじめはありますし、毎日サラリーマンがいじめを苦にして自殺しています。教師だって自殺してると思いますよ。テレビ報道が流せる情報量は、全国で起こった事件の5%以下です。報道は偏見が前提なのです。年間3万人と言われる自殺者ですが、色々面倒くさくて自殺に数えられていない件もあるので、実態は10万人以上だと思っています。

 

投稿日時 - 2006-10-24 04:05:35

ANo.24

私も一部同感です。学校は「学ぶ」所であり、究極には勉強だけ教えていれば良い機関です。生活指導や躾は親が責任を持って家庭で為すべきです(その点自覚していない親が非常に多いのは嘆かわしい限りです)。
ただし、今回福岡で起きた事件などで指弾したいのは教師が率先していじめを実行した点。そして学校が事実の究明に消極的(或いは隠そうとしている)な点です。
躾が家庭の責任範囲ならば、学校は日常的にそれを各家庭に訴えていくべきです(質問者様には是非やってほしいです)。しかしそれらの啓蒙活動もせず、自殺が起きてからしどろもどろになって逃げ道を探しているようでは教師も「シロ」とはいいかねます。
ですから私はマスコミに対し、あのバカ教師(体調崩しているそうですが病院まで取材に行ったらいいのに)や加害者の家族も取材対象とし、今後に生かせる様詳細な取材を重ねてほしいと思います。

投稿日時 - 2006-10-23 22:57:51

ANo.23

マスコミなどの過剰な報道は、確かにおかしいところがあります。
特に北海道・福岡と続いたせいもあります。

しかしやはり今回の件では
教師や校長、教育委員会の対応はおかしいです。
質問者様もおっしゃっているように
「いじめ」は社会の縮図です。
ですから、特にあの福岡の学校・教育委員会の対応の悪さを
マスコミが警笛を鳴らすつもりで批判してるとも受け取れます。
責任をとりたくないのがみえみえ。
あれでは子供たちが、自分が次にいじめられたとしても
学校が守ってくれるだろうとは思わないでしょう。

確かにいじめは総合的なひずみが被害者に向けられたものです。
でもどうして、福岡の校長たちはきちんと
「自分たちにも原因がある」といえないのでしょうか?
これは同業者の質問者さまはどう思いますか?
そして仮にもし質問者さまの学校でいじめが発生した場合、
明らかに学校を告発できますか?
どうしていじめを隠そうとしているようにみえるのでしょうか。

保護者の一部に過剰な抗議を言う人は多いでしょう。
その対応は大変だと思われます。
ですが、その抗議がやる気をなくすんだと質問者さまが
この場で発言することに、更に教育現場に不信感と不安感をあおるとは
思いませんか?

いじめは学校・友人・家庭が団結していれば起こらないことです。
ですが学校の責任はないわけではない。
いじめの発端となる場所は学校なわけですから。
子供が自殺という最悪の手段をとっても
学校側が調べない・信じないというのはどうかと思います。
調べるのには限界があるのですか?
いじめた現場の隠しテープでもないとダメなんでしょうか・・・。

過剰に報道をしているというのであれば
同業者たちによびかけて、第三者機関でも作って
いじめの根絶に取り組む姿勢をテレビに訴えて欲しいです。
もし、あったとしてもその存在・姿勢を
国民が知らないならば意味がありません。

ただ、質問者様のような教師がいるのだと思うと
少しだけ安心します。
勉強を通して人に教えることができるのは教師だけです。
これらの回答や気に食わない保護者がいたとしても
毅然とした態度でいていただきたいです。
間違っても「やる気をなくす」という発言はしてほしくないです。
これからも子供たちにやる気のあるところを見せていってください。

投稿日時 - 2006-10-23 18:01:39

ANo.22

いじめの責任に関しては答えが出せません。報道は、一方的に弱者を作り同情をあおるのが、目的にも感じます。貴方のような方が教師でよかった。どうぞ今の怒りを忘れずに生徒を指導してください。そして毅然と生徒や親に接してくださいね。私は恩師が大好きでした。小学・中学は余り良い思いでもなく辛いことばかりでした。本音で言えば何度死んでもおかしくないほどのいじめでしたよ。でも死ななかったのは、里の母の毅然とした態度と命は一つだということを知らしめる環境だったからです。いつも命の終わりを見つめ続けた母が、口癖だったのは思い通りにならないこと、学校にいきたくない時、いじめに苦しんだ時「行かなくていいよ。家庭教師をつけることはできてもひとつだけできないことがあるの。それは貴方に生涯の友を見つけるチャンスと親以上に慕うことのできたかもしれない師に会うチャンスの半分を奪うことになることなの。」私がこの意味を知るのは高校になってからでした。母は東京の私立を選んで私を上京させてくれました。そこにも意地悪さんはいましたが、悪いことを悪いとしっかり注意する友人もいました。それに先生がとても理解ある方でした。母は生前、「貴方を育ててくださったのは私でなく先生に育てていただいた。」口癖でした。
 ただ、今のいじめはもっと陰湿です。愚息は中学の受験期に国語と数学の本を隠されて出てきませんでした。受験も近いため精神をたたきなおすためにと忘れた教科書の授業は冷たい床に寒い1月2月正座で授業を受けさせられました。息子が。ある寒い朝「もう、学校に行きたくない。」の一言に初めてこの事実を知ったのですが、主人は学校に出向く前に愚息の部屋を一緒に探して完全にない事を確認した後に私に電話で愚息の言葉と伝えさせました。先生の方から「学校に出してください」に学校にない居場所が家なら、学校にはやれないと話し、とりあえず私が担任を訪ねました。「受験生の気を引き締めるために・・・」に「授業は週に何回でしょうか。国語と・数学は。」「00回です。」「週に00回もある授業の教科書それも2教科のみだけにご不審はなかったのでしょうか。一度も愚息に理由は聞いていないようですが・・。」「私の教科書を貸します。」「いいえ、教科書の問題の前に2ヶ月近い教科書のない状況で冷たい北国の床に正座させた先生にお気づきになることはないのでしょうか。この状況は、先生のいじめか生徒のいじめなのかの判断になりますから、」「・・・・。相手が元校長の息子なので・・・・・。」この先はもう話になりませんでした。自宅に戻り溜息。数時間後、里の父が教育長の時だったので、先生が飛んできました。「先に言って下さい。」何を言えばよいのでしょうか。私は姓も変わりましたし兄や父が教育の現場にあっても一度たりとその話をしなかったのは、里の母は、子供の世界に親の世界をいれてはならないという教えが忘れられなかったからです。先生の子供が許されて先生の子でなければ許されないというものは何もありません。私はその後も愚息のみに起きたことは脅迫状・戒名・全て残してあります。そして脅迫状を書いた本人も知っています。愚息に処分を聞きましたら「残しておいて。」生徒の自殺の報道のたびに体験をした私たちは痛ましいと思います。でも教師を非難はしません。そして親の責任も生徒の責任も口にはしないことにしています。残念なことは自分以外に「無関心」なそれぞれに怒りを覚えます。でも全体から見ることの大切さをいまこそ教師も親も気が付いてよい時でないでしょうか。報道を鵜呑みにしない。新聞を斜めに読むことも必要な気がします。どんな時もネガテブな報道に感じるのは、大事なチャンスを(生き抜いてあったかもしれない喜びも悲しみも)命と一緒に失うことです。小さな命も今の日本にありえないはずの餓死など。教師は自分を守ってくれる、学校は安全の神話はいつなくなったのかなと感じてもいます。が、ずーと前からありましたよね。
 どうぞ、良い教師でいてください。誰からもよく思われる人より平等でなく公平でいてくださいね。

投稿日時 - 2006-10-23 14:11:04

ANo.21

「イジメを無くす」などということは理想論ですね。
戦争も病気も無い世界を目指しているようなものです。
自分より弱い人をイジメるのは気持ちいいですよ~~!
自分がすごくエラくなった気分が味わえます。
1人の人間を、自分の思う通りにできる快感・・・これを感じ出したらもう自分ではブレーキが効かなくなります。
こうなるきっかけは、本当に些細な日常の事柄からなんですよね・・・。
大人の世界でも、部下をたくさんもって、自由に使いたいって願望が皆さんにもあるでしょ?(笑)
「イジメは起こってあたりまえ」
親も教師も、このスタンスで毎日子供を観察すべきです。
そして火種を小さいうちに消す・・・でもまたどこかで火はつきます。
それをなるべく早く見つけて消す・・・この繰り返し。
子供たちは、被害者も加害者も、親や教師にバレないよう、それはそれは必死の努力で隠していますから、小さな火種を見つけるのは非常に困難でしょうね・・・。
とても教師だけで見つけるのは不可能です。
家庭での協力が絶対条件だと思います。

投稿日時 - 2006-10-23 12:15:13

ANo.20

mizuki25さんの主張を支持します。ちなみに私は同業者ではありません。「いじめ」を学校や教師だけのせいにし、スケープゴートにし、徹底的にみんなで叩き、それでカタルシスを得て、すっきり。それでいいんでしょうかね。反論できない存在をみんなでよってたかって、叩く、それが「いじめ」なんです。たぶんmizuki25さんは保護者に対して、ここに書いたようなことは決して言わないし、言えないのだと思います。だから匿名で意見の言えるネットを利用して、発言したのでしょう。でもここに書かれていることは、もっと議論されていいことです。「いじめ」をしている方は楽しいんです。人間の性なんです。いじめているときは、自分がいじめられないから、ほっとできるんです。他の回答者の意見を読んでいるとmizuki25さんがちょっとかわいそうです。単なる意見や批判じゃなくて、私だったらこうする、こうすればいじめはなくなるって建設的なことを書いている人があまりいない。親と、学校教師、そして社会がいじめをなくそうとスクラムを組んで立ち向かわなければ解決しない問題なのです。

投稿日時 - 2006-10-23 09:58:59

ANo.19

頭のおかしな教師が以外とたくさんいるので、親はそんな教師を信用するのが間違いです。
学校に行かせずに親が自分で育てる気構えが必要です。
親が無理にでも学校へ行かせようとするのが問題です。
子供は親が守らなければいけません。

投稿日時 - 2006-10-23 08:20:47

ANo.18

いじめが起きるのは、
家庭・地域社会・子供の素質・教育制度の閉鎖性のせいです。

いじめを放置・助長・黙認するのは、
学校と教師の責任です。

いじめによる自殺や不登校やPTSDになる生徒がいたら、
最も責任があるのはいじめた生徒たちで、
放校処分を受けなければならないのは主犯格の生徒です。

いじめが無くならないのは、
20年以上前からある問題の解決策を出せない、
一過性の無意味なバッシングを行うマスコミと移り気な視聴者が
原因です。

いじめで、どんなに社会が騒いだり、
教師、学校、親、マスコミ、教育委員会の人間が
責任のなすりあいを繰り返したり、声だかに他人を批判しても、
結局、損をしたのは、
一人さびしく泣きながら死んで行った子だけです。

投稿日時 - 2006-10-23 03:50:33

ANo.17

>いじめが起きるのは子どもたちの心の弱さです。
違います。子供たちの前でいじめを見せている教師であり.企業です。
多いですよ。
裁判所の陰湿ないじめ人事が合法的なものとして通用していますので同程度のことは当然やるでしょう。
飲み仲間に教員が多いのですが管理職などの陰湿ないじめでまいっていますよ。
心理学を知っていますから文句が言えないような環境に置くのでフラストレーションがたまります。
最後には実験ノイローゼという道があるのです。
強い抑制状態にあるときに抑制状態を維持する方法として.集団暴行があります。ヨーロッパの魔女裁判とか米国のQQQとかが有名ですが.学校内で「何をやってもだめな人間」をつくって.意図的に子の人物をいじめるのです。しかも「劣っているから下家内のだ」という理由をつけて。

本人が悪いのではないです。集団暴行環境を作ることで学級運営を確保しようとする教職員がいて.かつ.企業の管理職がいて.これらの被害者がいれば.被害者も見習います。

投稿日時 - 2006-10-23 02:45:46

ANo.16

あなたと同じことを思っています。
しかし、そのセリフは教師が言っちゃいけない。
もし、教師としてそう思うならば、教師として出来ること出来ないこと、社会としての問題、社会がどうなると、教師として子どもたちも変わるかと思うか、そのあたりを、何らかの形で発表してみてはいかがでしょうか?
我々一般人には教師の苦労は分かりません。一方、とんでもない教師の言動は、マスコミでいくらでも目にすることができます。

私の考えは、
・弱者が弱者をいじめる構図があり、おそらくいじめる子の親はなんらかの社会的弱者であり、いじめっ子をいじめ、その子が別の子をいじめるという格差社会に問題があること。
・ちょっとしたモノの言い方の教育がなっておらず、コミュニケーションの基本技術が劣っていること
の2点を問題と考えています。

1点目はよく言われるので説明は省略します。
2点目は私の経験ですが、保育園の娘のクラスで、給食中口の開いていた子に対して「◎ちゃんの口の中気持ち悪い」といかにも嫌っぽく言った子があり、◎ちゃんが泣いてしまいました。そのときの保育士の対応が、◎ちゃんに対して、「言った子が悪いのではない。嫌な言い方をするくらい、気持ち悪かったんだよ」
だそうです。6歳の娘の伝聞でありますが、一応第三者の立場です。
これを聞いて、いじめの芽を育てているな、と思いました。
口の中が開いていれば、「口が開いているよ」と軽く伝える言い方を教えてあげれば良いのです。そんな簡単なコミュニケーション方法を教える親もいない、教師もいない。社会的な問題意識もない。私はこの考えをどこかに表明したいと思っています。とりあえず、初めてですが、ここに書き込ませていただきました。

投稿日時 - 2006-10-22 22:55:44

ANo.15

連日の報道に接して、槍玉にあがっている教師の行動に憤りを覚えこそすれ、教師とはみんなけしからぬものなどとは、ちらりとも思ったことはありません。だから、「教師批判を煽っているだけ」というご意見には首をかしげるのですが。
報道が連日にわたるのは、なにもいじめの問題にかぎったことではなく、飲酒運転にしても、そうだし、耐震偽装のときもそうでした。列車脱線転覆も古い記憶ではありません。マスコミとはそういうものだという理解は先刻お持ちだと拝察するのですが。

いじめの問題はいまに始まったことではなく、以前にも大きく報道された問題で、一向に解決を見ぬことに問題の根深さを感じますが、マスコミが騒ぎ立てることにより、解決への道筋が模索されていくのも事実なので、教師批判とだけ捉えるのは、いささか冷静さを欠いたご意見かと。

投稿日時 - 2006-10-22 17:56:41

ANo.14

個人的には、この手の問題を「社会全体」とか言って責任を変に分散させたりはしたくは無いです。
はっきりと、「直接の原因になっている子供」に完全に全責任を持たせるべきだと考えています。

何故張本人たちに何もしないのか?そんなだから同じ事を繰り返すのでは無いのかと思いますけどね。
今回の問題になっている生徒は自殺した生徒の葬式の場でも同じような事をしたそうではないですか。
複雑に考えたくも無いです。難しい?半分見せしめでも構いません。それでイジメが少なくなるなら・・・・・・
でないとイジメをした子供はそのまま大人になると思います。

参考URL:http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20061022&j=0022&k=200610220665

投稿日時 - 2006-10-22 14:13:36

お礼

ご回答ありがとうございます。
回答者様のおっしゃること、もっともだと思いますが、実際にはなかなか難しいことだと思います。
いじめには色々なケースがあり、暴行があった場合は責任を追及することも簡単であると思いますが、無視したり陰口を言ったりというような陰湿な場合が多いと思います。いじめの起こった原因や、誰がやって誰がやらなかったということもはっきりしないでしょうし、証拠をみつけることもできないでしょう。子ども同士のトラブルは日常茶飯事であり、いじめの定義、そのものも難しいと思います。なので、結局責任が追及できず、阻止できなかった学校の責任ということになるのでしょうね。

投稿日時 - 2006-10-22 14:52:59

ANo.13

学校側がいじめって言葉にして罪を軽くするからいけないと、、
集団暴行、傷害、窃盗、恐喝、、本当は犯罪なんですよ、、
学校側はいじめって言葉で罪を軽くしちゃうから、生徒たちは罪の意識がないわけで、、
いじめをなくすならいじめって言葉を止めて
殴ったら、暴行、傷害とかって言葉で警察を動かさないといけないと思うんですよ、、

投稿日時 - 2006-10-22 13:55:56

お礼

ご回答ありがとうございます。
いじめというのは定義があいまいですね。
暴力を振るったのなら犯罪になりますが、陰口や無視など陰湿なものであれば、なかなか犯罪として扱うのも難しいと思いますし、集団ですから罪の意識も低いと思います。誰がやって、誰がやらなかったということも、はっきりさせるのは難しいですし。
子ども同士のトラブルは小学校では日常茶飯事のできごとなので、殴ったからといって警察というのは難しいと思いますが、小学校の高学年で、教師の手に負えない場合は警察というのもやむを得ないのかもしれません。

投稿日時 - 2006-10-22 14:45:36

ANo.12

経験から言うと、どうしようもないカス教師というは、残念ながら実在しますよ。
少数ですが。

それから、学校側は、いじめた側を停学にするくらいの気構えで対処してほしいです。じつは現行法でもそれは可能なはず。

投稿日時 - 2006-10-22 13:31:54

お礼

ご回答ありがとうございます。
確かに酷い教師は実在します。
しかし、それが全てだとは思ってほしくありません。
本当に子どもが好きな魅力ある先生も現場にはたくさんいます。

いじめた側に対する対処がどのように行われているのかは分かりませんが、確かに甘いように思います。停学にしたところで、問題の根本的解決になるかは分かりませんが、厳しく罪を追求する必要はあると思います。

投稿日時 - 2006-10-22 14:36:14

ANo.11

「なんの苦労もなく先生と呼ばれ」とありますが、苦労だらけです。←あなた様は一般社会に出た事はおありですか?一度狭い世界ではなく一般社会に出てみましょう 考えの甘さがわかると思います 「教師」というだけで尊敬されるような時代ではありません。←当然です 本当に子どもた好きで、保護者や子どもたちと、良い人間関係を築こうと一生懸命頑張っている教員もたくさんいます。それをマスコミの情報に振り回され現場をよく知りもせずイメージだけで批判するのはやめてほしいです。心配なら学校に足を運んで子どもたちの様子を実際に見てほしいです。←仕事柄色々な学校に出向く事が多いです 実体験を
書き込んでおります その上で社会人として可笑しい教師が多いと言う事を言っております お間違いなく!
「一番悪いのはいじめる人間」確かにその通りです。しかし、他の犯罪とは違い、加害者は所詮はまだ10年ちょっとしか生きていない子どもです。子どもとは本来、残酷な生き物であり、それを正しい方向へ導いていくのは大人の役割です。ですから、責任は学校、家庭、社会、全てにあると考えます。←甘いです 10年そこそこでも 罪は罪 悪い事
をすれば罰せられます その後の指導も大切ですが 悪いことをしても罰せられないのは 責任を転嫁する人間を大量に生産するだけです。

投稿日時 - 2006-10-22 13:30:43

お礼

ご回答ありがとうございます。
よほど教師に対して悪い印象をおもちなようですね。これまでに、良い教師に恵まれず嫌な思いをされてきたことでしょう。その点においては同業者としてお詫びしたい気持ちです。
しかし、一般社会に比べて教師は苦労が少ないとはいえないと思います。もちろん、知人の話などを聞くとどんな職種もそれぞれ大変でしょうし、実際働いてみないと本当のところはわからないと思います。それに学校に限らず、一般社会の中にも非常識な人はいます。
いじめの直接の加害者である子どもは、もちろん厳しく罪を追求されるべきだと思います。しかし、やはり大人たちの責任も大きいと思います。

投稿日時 - 2006-10-22 14:05:14

ANo.10

今回の、北海道と福岡の学校で起ったいじめによる自殺事件は、やはり事件が起こった現場の学校や教師側に非があることは否めないと思います。
教師、学校、教育委員会、保護者も含めて、この原因を認め、素直に反省して、次からこれを肥やしとして改善に努力していくべきではないでしょうか。
マスコミや社会、政治のせいだと、言い訳ばかり言っていても今後の教育の明るい未来がやってこないのではないでしょうか。

投稿日時 - 2006-10-22 13:22:07

お礼

ご回答ありがとうございます。
今回の件は、学校や教師にもちろん非があったと思います。
しかし、それを学校全般・教師全般に対する批判として報道するのはやめてほしいです。多くのまともな教師たちは、いじめをなくそうと努力しています。それでも、やはり完全になくすのは難しいです。批判するのならば、教員の数を増やして目が行き届くようにするとか、スクールカウンセラーを必ず一校に一人配置するとか、もっと具体的な策を考えてほしいです。過剰な学校批判・教師批判は、保護者と子どもの不安を意味もなく煽り、現場の教師のやる気を低下させる、全くの逆効果です。

投稿日時 - 2006-10-22 14:11:28

ANo.9

マスコミの報道にすべて疑問・怒りを感じるわけではないのですが、自分達は正しい事を言っている、まるで善人のごとき報道のエゲツなさ、いやらしさにはホトホト嫌気がします。問題部分だけを大きく報道して、それまでの過程はどうなのか?が全く分からない事もあります。マスコミの報道によって、なんの関係も無く、罪も無いのに大きな被害を受けている方も沢山いるのではないかと思います。

ところで私の考えなのですが、学校教育とは一般的な知識を身に着けさせる事と、もう一つ大切な事は教え子が社会に出た時に、周囲の人達と上手くやって行く為の知恵を身に着けさせる事だと思います。
上手くやって行くという意味は、仲良くやりなさいという意味もありますが、自分自身を守る為には逃げ道もあるという意味も含みます。
そのような目的も含めて、クラブ活動といったような、集団で行動し、考える場があるのだと思います。

そして家庭で子供に教えることは、良い習慣を身に着けさせる事だと思います。たとえば、身なりを清潔にする事(毎朝起きたら顔を洗うとか、歯を磨くとか、着替えとか)、身の回りを綺麗にする事(汚したら掃除をする、使った物は元の所に綺麗に片付けるとか)、挨拶がしっかり出来る事等、家庭という世界だけでなく、外の世界に出た時に、他の人達に不快な思いをさせない・感じさせない、他の人達とコミュニケーションを自分から取っていけるといった事が自然に出来る、当たり前の習慣として身に着けさせる事だと思います。
簡単に言いますと、学校は教育をする所で、家庭は躾をする所ではないかと思います。
まずは、それが基本ではないかと思います。
問題を起こす子供の親というのは、そもそも学校という教育現場で自分の子供が教育を受ける為の躾をしていないのではないかと思います。「躾も教育も、学校がやる事だ!」といった無責任な親ではないかと思います。
それから、問題を起こす教師というのは、学力の事ばかりに感心があり、一人の人間として一番大切な、人格・人間性を育てる事を忘れている(又は出来ない)のではないかと思います。
マスコミは騒ぎ立てるだけでなく、どうしたら改善されるのかといった事も報道・提案するべきだと思いますし、教育者・教師・親・子供達、それぞれの立場で何をすべきなのか?を理解する事が必要だと思います。
(政府としても国の問題として考えるような動きになってきたようですが・・・)

また、社会にでてもイジメはあると言われる方がいますが、会社のイジメと学校でのイジメは違うように思います。
会社では、仕事に対しての能力や性格が関係しているように感じますが、学校の場合には面白がってやっている、ストレス発散の為にやっているというように、「何で?」という部分が多いように感じます。
それから、義務教育(高校教育も含んだほうが良いのかな?)を終えて社会に出れば、それなりに自由になります。
自分にとって避けるべき状況が発生すれば、会社を変える、将来進む道を変えるといったように自分の環境を変えて、新たな気持で再スタートする事も出来ますが、義務教育の世界で環境を変える事は、現時点では難しいのではないかと思います。
この事も、しっかり考える必要があると思います。

キレイ事ばかり言っていると思われるかもしれませんが、キレイ事が少しでも現実の世界になるようにしなければ、話し合ったり、議論したり、努力したりする意味がありませんし、「お先真っ暗」という事になってしまいます。
今回の問題は、自覚・責任・やる気を持って頑張っている教育者の方にとっては、つらい事だと感じます。

投稿日時 - 2006-10-22 11:43:35

お礼

ご回答ありがとうございます。
回答者様のおっしゃるように、批判するだけでなく今後に向けた具体的な提案をして欲しいと思います。現場のまともな教師のほとんどは、いじめをなくすために常に子どもたちに目を光らせ、努力しています。これ以上、どう努力したらよいのか分からない状況です。そして、教師は家庭に、家庭は教師に責任を押しつけ合い、共に助け合おうという姿勢が失われているように思います。
社会と学校のいじめは違うとおっしゃられていますが、学校は社会の縮図そのままです。原因がなくていじめられるということはほとんどありません。自己主張のなかなかできない子や、逆に自己主張の強い子、個性の強い子がいじめの標的になりやすいです。(その子たちが悪いわけでは、もちろんありません)社会でのいじめも、同じですよね。ただ、逃げ場がないという点においては、回答者様のおっしゃるように、社会に出てからのいじめよりも、もっと厳しく辛いと思います。

投稿日時 - 2006-10-22 14:31:30

学校で起きている、いじめ。
親は学校にはいません。自宅か職場にいます。だから、親は学校で起きていることを知る立場にはいません。これに対して、先生は学校にいます。学校で起きていることを見聞きできる立場にいます。
そういうことなのですから、いじめの問題に直接対処できるのは、先生しかいないのです。いじめは、こどもが学校で起こす問題であり、学校にいる、おとなは先生しかいないのですから。
先生に一番にがんばってもらうしか、仕方がないと思うのです。

投稿日時 - 2006-10-22 10:56:20

お礼

ご回答ありがとうございます。
もちろん教師の努力は必要だと思います。
しかし、親は学校にいないのだから、学校で起きていることを知らなくて当然という考えは無責任であると思います。直接いじめが起きている場所が学校だとしても、家庭で何も問題のない子が学校だけで問題を起こすことはありえません。いじめている子、いじめられている子、それぞれが家庭でも何かしらのサインを発していると思います。それに気付いてやるのが親の役割だと思います。そして、何かに気付いたら、担任の先生と連絡を取り合ったり(苦情や抗議で終わるのではなく)、学校に足を運んで子どもの様子を観察したり、とできることがあるはずです。教師と保護者が共に協力し合って、子どもたちを育てていけるようになれば良いと思っています。

投稿日時 - 2006-10-22 14:19:25

ANo.7

確かに親の責任は大きいでしょう。
家庭でいじめをするなと教えることが必要です。

でも、わが子がいじめを受けていると知ったとき、誰に相談すればよいのですか?

学校内でのことは、学校に責任があるのではないでしょうか?
まして当事者が今回尿に教師であれば、子供はもっと親に言いにくいでしょう。

確かに自殺に前兆はあるでしょうが、それを告白されながら放置した学友、何か出来ることはあったはずです。

担任教師には、学級内の出来事に、管理責任が一番あるのでしょう。

いじめられた子が悪いは、いじめる側が自分を正当化できる、唯一の方便です。

投稿日時 - 2006-10-22 06:45:53

お礼

ご回答ありがとうございます。
確かに今回の件では、学校や担任に非があったのは明らかですし、同業者として大変許せない思いです。
しかし、それをいかにも多くの学校がそうであるように、学校批判・教師批判をされ、それを真に受けて過剰に反応する保護者の姿には正直うんざりします。相談のようなものではなく、いきなり「我が子はいじめられている」と思いこみ、感情的に抗議・苦情を言ってくるような保護者もいます。抗議・苦情を言う前に、担任や学校側と冷静に話し合ってほしいと思います。そして心配ならば学校に足を運んで実際に子どもたちの様子を見ていただきたいです。学校は家庭に、家庭は学校に責任を押しつけ合うのではなく、共に子どもを育てていくという姿勢をもたなければ解決はしないと思います。

投稿日時 - 2006-10-22 13:47:44

ANo.6

いじめの責任ということですが、1番は親にあると思います。
なぜなら子供を1番理解しなくちゃいけないのは、親だからです。
大体の子供は自分の親や先生に、いじめられてるよ、とか いじめてるよ、って言いません! むしろ隠そうとするでしょう。
親は子供とコミュニケーションを良くとり、疑うわけではなく、自分の子が学校でどういう立場にあるのか、電波を張り巡らせ、把握する事が1番大事だと思います。最近は親が子供に怒れない?怒らない?のを町でよく見かけます。かわいいのは、わかりますが、良いものは褒める、悪いことは怒る、少子化で子供が守られている時代。本気で怒れるのは親だけだと思います。  自分は道場で少々子供たちを指導していた事があるのですが、よくビシバシ怒ってくださいって言われる事が多かったです、しかし親達の前でいじめに発展するような事があっても自分では、怒らないのです。  子供を怒れないんですって言ってくる親もいました。 怒ってあげるのも愛情だと思います。教師に教育をすべて任せるのではなく、1番子供にしなくてはいけない事は親がするべきだと思います。 大人数を教育するのは、はっきり言って大変です。1人、1人全員をを理解するのは出来ないと思います。
いじめはなくす事は無理だと思いますが、ちょっとでも少なく、最小限に出来るよう、親達と協力して、教師がんばってください。

投稿日時 - 2006-10-22 02:49:21

お礼

ご回答ありがとうございます。
現場の大変さを分かっていただけているようで、ほっとします。
子どものトラブルを、全て家庭の責任だとは思いません。やはり学校、家庭、両方の責任だと思っています。現在は、家庭、学校の両方が互いに責任を押し付け合い批判し合っているように思います。これでは何の解決にもなりません。両方が助け合い協力し合って子どもたちを教育していこうという姿勢が大切だと思います。ですから、マスコミもそのような方向で報道してほしいと思います。

投稿日時 - 2006-10-22 13:34:57

ANo.5

家庭では人と付き合うことを教える。
義務教育では集団と付き合うことを教える。
就職又は上級学校(専門学校以上)では社会と付き合うことを教える。
だから.義務教育が終わっても社会教育が終わっていないから選挙権がないのだ。
ということで.「いじめ」ということする/しない・度のようなことが(刑法上の)禁止事項かを教えるのが義務教育です。

ですから.「いじめをしてはならない」ことを教えるのが義務教育です。

なお.北海道の内容で自殺した子供に対する他の子供の表現(言葉をかける・物に書く等)が教育委員会の最初の主張どおり正当なものであるならば.「あらし」と呼ばれている同様な内容を表現する行為は表現の自由に保障されたものであり.制限することが違法行為になります。
教育委員会が「いじめではない」とした物事がより多く報道されれば.該当内容については正当な権利として行使できるのです。
しかし.教育委員会の決定内容は報道されることがまれなので.正当な権利の行使を「嵐である」として非難されている方々が数多くいるのが現状です。

投稿日時 - 2006-10-22 02:36:03

お礼

ご回答ありがとうございます。
「いじめをしてはいけない」と言葉で教えることは簡単なことです。そして、いじめをしている子どもの多くは、それがいけないことであることを十分知っています。また「法律で禁止されているからしてはいけない」というのも、根本的解決にはならないと思います。
いじめが起きるのは子どもたちの心の弱さです。子どもたちは、いつも誰かを自分より下において優越感を感じることでしか自分に自信がもてず、皆と同じであることでしか安心できずにいます。いじめをなくすには、子ども達の身近にいる大人たちが大きな愛情をもって子どもたちにぶつかっていくこと、それに尽きると思います。

投稿日時 - 2006-10-22 13:29:00

ANo.4

みのもんたの朝ずばなんか見てると、集中砲火ですね。学校側の対応の悪さも問題だとは思いますが、マスコミが攻撃するという姿勢は、今回のいじめに限らず、攻撃して自分よりも劣勢の人を作ることで、気持ちよくなりたいというような心理も感じます。各放送局ともに同じ論調だというのはなぜなんだろうと思いますね。

投稿日時 - 2006-10-22 01:40:27

お礼

ご回答ありがとうございます。現場を知りもしないで、また知ろうともせずにイメージだけで批判するのはやめてほしいです。保護者や子どもたちの不安を意味もなく煽り、現場の教員の意欲を低下させるだけで、全くの逆効果だと思います。

投稿日時 - 2006-10-22 13:08:06

ANo.3

私の経験から少し書き込みたいと思います
教師(特に小・中学校)の教師の現状は酷いと思います
私も小・中学校と教師に無視などのいじめを受けた事があります
教師も人間ですから 好き嫌いはあってもいいと思いますが・・
それを露骨に態度 言動に表す幼い先生が多数いる事も事実です
あるアンケートによると(すいません詳しい事は忘れましたが)
半数前後の教師が 生徒に対しいじめなどの行動 言動をした事
があるという回答のアンケートを最近見ました
はっきり言って 大学を卒業しなんの苦労もなく自分より年上の保護者
などから 「先生」などと呼ばれ思いつきり勘違いしている人が多すぎます
今私には小学校に通う2人の子供がおります 下の男の子の担任も生徒
に暴言を吐き 罵倒するヒステリーな女性教師です
確かに質問者さまの仰る通り いじめは社会にでてもあります
しかし 学校と言う教育の場で 師と仰ぐ 教師にいじめられる場合
乗り越えるとか そう言う次元ではありません。
些細な事で学校に訴えるとありますが 本当にそうでしょうか?
先に書き込んだように 無神経な教師が多すぎます 人の心が
判らない そういう行動になんの疑問も持たない教師が 子供による
いじめを目の当たりにしても 気づく事もありません
親御さん方が心配になるのはわかります 問題がおきれば必死に問題を
解決するのではなく 隠蔽工作に必死になる これでは心配でたまらないのでは?
社会全体の責任とありますが・・いやはや・・社会が存在するから
問題がおこるのです 極論を言えば 社会が存在しなければ犯罪など
おこりません こういう論調は責任のがれのなにものでもありません
この理屈でいけば 犯罪者などは社会全体の責任となるのですか?
学校という組織がすべて悪いとは申しません 一番悪いのは
いじめる人間です それに気づかない(ふりも含め)教師
隠蔽しようとする 事なかれ主義の 学校 教育委員会 

投稿日時 - 2006-10-22 01:32:39

お礼

ご回答ありがとうございます。
回答者様は、これまでに良い教師に恵まれず、辛い思いを思いをされたようですね。酷い教師も、確かに存在します。しかし、現場がそのような教師ばかりだとは思ってほしくありません。
「なんの苦労もなく先生と呼ばれ」とありますが、苦労だらけです。昔のようにただ「教師」というだけで尊敬されるような時代ではありません。本当に子どもた好きで、保護者や子どもたちと、良い人間関係を築こうと一生懸命頑張っている教員もたくさんいます。それをマスコミの情報に振り回され現場をよく知りもせずイメージだけで批判するのはやめてほしいです。心配なら学校に足を運んで子どもたちの様子を実際に見てほしいです。
「一番悪いのはいじめる人間」確かにその通りです。しかし、他の犯罪とは違い、加害者は所詮はまだ10年ちょっとしか生きていない子どもです。子どもとは本来、残酷な生き物であり、それを正しい方向へ導いていくのは大人の役割です。ですから、責任は学校、家庭、社会、全てにあると考えます。

投稿日時 - 2006-10-22 13:05:19

ANo.2

「管理責任」若しくは「管理者責任」という言葉を知っていますか?

投稿日時 - 2006-10-22 01:18:16

お礼

ご回答ありがとうございます。
もちろん学校に責任がないわけではないと思います。
しかし、年齢が上がれば上がるほど子どもたちの人間関係は複雑になりますし、教師に見せない裏の顔をもつようにもなります。教師がどんなに努力して目を光らせていたとしても、そういった子ども同士のトラブルを完全になくすことは不可能だと思います。親と教師が協力して子どもを教育していく姿勢が最も必要だと思います。
問題が起きたとき、全てを学校の責任、担任の責任というのはおかしいと思います。

投稿日時 - 2006-10-22 12:38:28

ANo.1

まず第一に問わなければならない加害者の責任をマスコミが問う事はない。次に問わなければならない加害者の保護者の責任もマスコミが問う事はない。
保護者が「学校では教師が保護者がわり」と言うのを大々的に報道する。

明らかにおかしい。被害が立証できる被害者がいるのに加害者の罪を問わず、学校の管理責任を問う。教職員は教職員であってカウンセラーでもなければ看守でもない。

というのが私の考え方なわけですが、mizuki25さんの言う「受験勉強、複雑な家庭環境、残酷な漫画、テレビ、サイト、多くの犯罪」というのはどうでしょうね?どれをとっても突如沸いたものではありません。私は今回の事態を招いている原因は「被害を立証できる被害者がいるのに、加害者を罰しない」という歪みだと考えています。
罪には罰が必要なのであって、加害者の人権など本来は考慮すべきものではありません。この点については日本の教師陣も多大な間違いを犯しています。特に君が代・日の丸問題では公務員が国旗国家に対する不敬を強制するという本末転倒な事態に陥っています。本来ならば、不敬を教育した罰を受ける立場にあるのにマスコミは賞賛するのです。異常というより他ないのが日本のマスコミと教育現場ですね。

投稿日時 - 2006-10-22 01:08:03

お礼

ご回答ありがとうございます。
いじめには様々なケースがあり、回答者様のおっしゃるように、「加害者には罰を」と簡単に割り切れる問題ではないように思います。そもそも「いじめ」そのものの定義が大変難しいですし、いじめの加害者であった子が被害者になったり、被害者であった子が加害者になったりすることもよくあります。いじめの起こる原因も様々です。しかし、回答者様のおっしゃる通り、加害者の責任をマスコミが問うのはおかしいと私も思います。

投稿日時 - 2006-10-22 12:25:34

あなたにオススメの質問