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解決済みの質問

趣味で小説を書いています。

昭和初期から戦中戦後が時代背景なのですが・・分からない事ばかりです。いろいろ調べていますがどうしても不明なのでお聞きしたいのですが。
戦死した方に戦死の知らせを届ける手紙に名前はあるのでしょうか?又、戦後のドサクサの中でもその手紙が届けられることもあったでしょうか?
それと戦後、間もなくは大変な食糧難だったとは思います。お金では買えなかったでしょうし、GHQの配給もあったと調べました。そんな中での貨幣価値を教えて頂けたらと思います。
どなたか・・どうぞよろしくお願いします。

投稿日時 - 2006-07-25 21:12:41

QNo.2299172

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

> 戦死の知らせを届ける手紙に名前はあるのでしょうか?

戦死公報という。

> 戦後のドサクサの中でもその手紙が届けられることもあったでしょうか?

敗戦の年の1945年にも、戦死公報は各遺族に届いていた。日本の役所機構は何とか機能し続けていたのである。占領軍もその上に乗っかっていた(間接統治)。マーク・ゲインの『ニッポン日記』を読むと、敗戦国の役所機構(中央・地方)がドタバタして占領軍に媚びへつらい、あるいは面従腹背するさまが生き生きと描かれている。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480084282/

> お金では買えなかったでしょうし

当時の配給は基本的にタダではなく、お金を払って買うものだったらしい。その買える量・買える場所・価格に、割り当て(切符)・統制があったので、配給という。また、配給分を買って、なおお金が残っていれば闇市で使った。闇市にはほとんど何でもあった。闇を拒否し体調を崩して亡くなった裁判官のエピソードから分かるように、お金さえあれば誰も彼も(その裁判官以外の裁判官も)闇市を利用したそうだ。
2003年の日本の1人当り米消費量は 62kg、1946年は 81kgだった。しかし、「パンが無ければケーキを食べればいいじゃないの」という現代と、46年とでは、時代が違う。1921‐25年期の 1人当り年平均消費量は 170kgだったから、46年の81kgという数字は半分以下であり、当時それは飢餓を意味した。

> そんな中での貨幣価値を教えて頂けたらと思います。

統制価格と闇価格で大きな開きがあった。また、極端なインフレも進行していた。公務員の給料を基準にするとしても、「給料だけで、どうやって食べていけるのか」と嘆かれた時代である。都会から農村に米を求めて行く時などは、物々交換も行われた。つまり、貨幣価値が不確かな時代だったのであり、手短に貨幣価値を聞く方がおかしいのではないか。個別事例をできるだけ沢山調べるしかなく、その過程で小説の材料も集まることでしょう。

投稿日時 - 2006-07-26 17:38:53

お礼

丁寧な解説・・ありがとうございます。
いろいろ調べると真実の歴史を全然、学校で教えてもらっていませんでした。
ただ、勉強は自分で努力するものですから依存してはいけませんね。〔笑〕
それにしてもお米の消費量には驚きました。現代人はお米あまり食べていないのですね。
貨幣価値があってない時代。参考になりました。

投稿日時 - 2006-07-27 17:24:08

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