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解決済みの質問

死刑を求める事

不愉快な思いをさせる発言かもしれませんがご容赦ください。

被害者側の人が、加害者側に対して死刑の求刑を求める事が多いと思います。
仮に被害者が殺害された時など、加害者を死刑にしたところで
命が復活するわけでもなく、たんに目には目をで求めてるくらいにしか思えません。
自分がもし加害者の立場なら無期で長期拘束されるよりは死刑の方がありがたいです。
実際、死刑のほうを求める加害者もいると思います。
そう考えると死刑でサクっと終わらすよりも無期で長期拘束したほうが辛いと思うのですが、どう思いますか?

何年か前に全国ニュースでも報道された事件があったのですが、幼い頃からの大親友が殺害されました。
まわりは皆、「死刑にしろ!」とか「死刑じゃないとうかばれないよ」とか言ってましたが自分は
「殺されてしまったものは仕方ないし、死刑にしたところで何かスッキリするんかな?」と不思議でなりませんでした。
話を聞いた時は悲しみと同時に激しい怒りを感じましたが、こうなってしまった事は事実なので
「死んじゃったか」と思うと同時に犯人に対し「なんらかの形で罪を償わないとね」と思いましたが、
だからといって死刑にしろ!とは特に思いませんでした。
死刑を求める事は、罪を償わすというよりたんに少しでも自己満足するための復讐なんじゃないかと・・

死刑制度について肯定や否定をするつもりはありません。
肯定するも否定するも、望むも望まないもひとそれぞれ自由ですから。
ただ、死刑を求める人が多く感じ、それが理解できないのでいろんな方の意見をお聞きしたいです。

投稿日時 - 2006-07-05 21:09:40

QNo.2257872

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

私は性善説的な考えに否定的なんですが、
日本には終身刑は存在しないので、無期懲役でも他の方の回答にもあるように、長くて20年程度で懲役は終わり一般生活を送ることができます。(といっても社会的制裁は生涯続くんでしょうけど)服役中は、常人の及びもつかぬ苦悩があるやも知れません。しかしそれは因果応報であり当然の報いでしょう。いずれにせよ服役が終われば一応一般人として普通の生活は保障されます。
そんなことを考えたとき、親族を殺された家族が何回忌かの法要を行い故人を偲び涙しているとき、その殺人を犯した当事者は、お茶の間でテレビを見て大爆笑なんてこともありえるわけです。この行為は法的に何の問題もないんで・・・・(道義的問題はあろうとも)

あと思うのは、人には大なり小なり復讐心があります。親族を殺され復讐心を抱くのは当然の行為であり、なかなか消えるものではないと想像するに、復讐の対象を消滅させれば根源的に復讐心も消滅するといった考え方もありかなと。
復讐はなくなった遺族を行き返させる目的で行うわけではないので、
>「殺されてしまったものは仕方ないし、死刑にしたところで何かスッキリするんかな?」と不思議でなりませんでした。
の疑問解決の一助となるのかなと思いましたがいかがでしょう?

投稿日時 - 2006-07-05 22:09:40

お礼

ご意見ありがとうございます。
復讐の対象を消滅・・・←こういう考えもあるのか!と思いました。
やられたからやりかえすというたんなる復讐心のみで皆死刑判決を求めてるだけとしか考えたことありませんでした。
なぜ被害者側は無期ではなく死刑しか求めないのか不思議でした。

投稿日時 - 2006-07-05 22:34:20

ANo.8

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回答(41)

ANo.41

自分がもし同じ立場で愛するものを残虐非道に殺されたら、死刑を望むでしょう。

それは加害者とその家族に対しての復讐心によるものだと思います。私はそんなに人間ができていませんので、加害者のみならず加害者の家族に対しても恨みの感情を抱くと思います。
加害者自身はもしかしたら「死」を望んでいるかもしれませんが、加害者の家族にとっては、いくら犯罪者とはいえ自分の家族の「死」は最大の苦痛でしょう。

質問者さんの言うとおり、自己満足に過ぎないかもしれませんが、私ならそういう感情になると思います。

投稿日時 - 2006-07-09 16:52:19

お礼

ご意見ありがとうございます。
自らの手を下すわけではない限り、死で楽にさせず懲役などで一生苦しめ、と思ってたのですが
死によって恨みを晴らす、というのが大半の方の考えなんですね。
自己満足できる手段が死か、そうでないかという事なんだな、とわかりました。

投稿日時 - 2006-07-09 23:37:43

ANo.40

私もニュースなどで、被害者のご遺族の方や街角インタビュー
で『死刑で当然』のようなコメントを聞くと、
質問者様のように考えさせられます。

私は、高校の小論文のテーマで、『尊厳死』のことを
考えていたところ、『誰が人の命を絶つ権利を持っているのだろう』
という疑問が湧いてきて、死刑制度のことを考えるようになりました。

もちろん加害者に被害者を殺す権利など無いのは当然のことと
いうのは納得できます。しかし、だからといって加害者
の命を絶つ権利をご遺族や、裁判所が持っているのか、
ということをニュースを見るたびに考えています。

自分のハッキリした答えは出ていませんが、
当然のように『死刑だ』などという言葉を聞くと、
非常に怖くなってきます。

投稿日時 - 2006-07-07 20:14:51

お礼

ご意見ありがとうございます。
死刑制度に対して絶対賛成・絶対反対というスタンスではないですが、
被害者側の大半が「できれば死刑」ではなく「死刑のみ」をいつも望んでるように感じ、それが理解できませんでした。
仮に復讐をしたいのであれば、考えられる最大の苦痛であろうと思う事を望めばいいと思うのですが、
なぜそれが懲役ではなく死刑なのかが疑問でした。
しかし善悪は別として、死には死を!以外の色々な考えもあるという事を知ることができました。

投稿日時 - 2006-07-09 22:53:45

ANo.39

>死刑より懲役刑のほうがより長く辛いめにあう事になると思うので・・・

逆にどうして懲役刑の方が辛いと思えるのかが不思議です。
他の回答にもあるように我々の税金を使って働くことなく三食昼寝付、多少の娯楽もありますし反省なんかするふりをすればいいだけです。
我々一般的大多数は罪の意識にさいなまれる事もあるでしょう。
しかし、僅かなしかも遊ぶための金欲しさ、一時的な快楽のために他人を殺める極悪人がそんな感情を持つと誰が断言出来ますか?
そんな奴等を生かしておくための税金を本当に苦しんでいる人達(福祉でもいいです、ハンセン氏病のように理由なき差別を受けている人たちの救済のためでもいいです。)が少しでも穏やかな生活を送れるように使ってもらった方がいいです。

投稿日時 - 2006-07-07 05:04:53

お礼

ご意見ありがとうございます。
犯罪者や被害者の方に税金を使う事に関しては嫌な事とも思いません。もっと被害者側にも使うべきとは思いますが・・
仮に服役中がそこそこ快適かつ自由であったとしても、外よりは、やはり窮屈な自由だろうだと思ってます。
私ならそんな状態で10年20年と過ごすくらいならさっさと死刑にして解放してほしいと思うので、懲役の方が辛いと思いました。
罪の事を感じさせるには、苦痛を伴わす事が必要だと思ったので、私なら死刑より懲役を望むのになぁと思ってたのです。
しかし多くの人が死が最大の苦痛と考え、だから死のみを求めてるのか、とわかりました。

投稿日時 - 2006-07-09 22:41:11

ANo.38

自分の意見や考えと同じこともあれば違うこともあるが、幾度も「お!?」と思わせる回答者さんが何人かいますが、No32さんもそのひとりです。

今回も細かな点は異見もありますが、日ごろわたしが考えていたことを代弁してくれました。

自分がもし、被害者の遺族になったら、あまりにも酷い事件を見たら、やはり加害者を死刑にしたいと考えると思います。

また刑事政策上、私は死刑存置論者です。

しかし死刑を存置すべきという論点と、個々の事件について死刑を適用すべきかはやはり別論で考えるべきだと思います。

NO32さんの考えとダブルのですが、近来の世論における「被害者の立場に立って」論は、実は被害者の立場に立っているのではなく、自分を被害者の立場に「置き換え」ているだけだと思います。

誤解の無いように重ねて申しますが、もしも私が光市の本村さんや他の被害遺族の立場に立ったなら、やはり犯人の極刑を望むし、また本村さんの事件はやはり死刑もやむを得ないかなと考えています。

しかし、被害者遺族や社会の大多数が死刑を望むからといって、それが即、司法府の判断に影響を及ぼすという点には断固反対です。

それは司法府というのが、そもそも民主主義の原理を一定程度反映しつつも、やはり根本原理は自由主義・立憲主義・法の正義に基づいて運営されるべきであり、またもしそれが否定されるなら司法府の存在意義も無くなってしまうからです(簡単に言うと、裁判が不要となり国民投票で刑を決めれば良いと言う事になってしまうのです)。

またこれもNO32さんとダブルのですが、近年のなにかにつけ安易に「死刑」や「終身刑」による、犯罪者の社会からの隔離を認める風潮には非常な危険性を感じます。

自分にとって、害悪や嫌悪を覚えるものを、安易に排除するという考えが強く感じられます。

ちょうど、イジメを軽々に行う少年が、自分にとって不快な存在を軽々にハブったり、「死ねよ」と発言したりするような精神構造に近いものを感じてしまうのです。

ネットを見ていると、なにかにつけ「○○はマナー違反です」「○○は迷惑」と、社会環境やマナーという錦の御旗の下、ともかく不快なものを排除しようとする傾向を強く感じるのです。

健康被害や匂いなどの迷惑を錦の御旗に、親の敵のようにヒステリックに嫌煙権を主張する傾向にも同じものを感じます。

そう、元犯罪者もいれば、ろくでなしも居る。
マナーを知らない不届き者もいれば、障害者も、老人も、色々な人が混在するのが社会だと思うのです。

「水清ければ魚住まず」

万人が聖人君子のような社会には私は住みたくありません。

またそのような社会になっても、胸を張って生きられるほど、私は聖人君子ではありません。

追記ですが、人の死を奪ったら=自分の命で償うというのが当然とは思いません。

私がもし、運転中に人が飛び込んできてもその償いに死刑はイヤです。
たとえそれが(故意ではなく)自分に帰責あるうっかりミスだったとしても、死刑までされるのは勘弁してほしいです

同様に自分の家族が事故で死んだとしても、「ぶっ殺してやりたい」とは思いますが、死刑に「するべき」とは考えないです

投稿日時 - 2006-07-07 02:55:40

お礼

ご意見ありがとうございます。
復讐心という観点からいくと、自らの手で死を与えるのなら私なら少しはすっきりできるかもしれません。
しかし、法によって他人の手で死を与える事にはなんの満足感も感じられず、むしろ求めたくありませんでした。
それは私にとって、長期拘束の方が死刑よりも苦痛を与えれると思ってたからです。
死刑を求める感情の中には最近の風潮も関係してるのかもしれませんね。
死刑を望む、ではなく死刑のみを求めるという気持ちが理解できなかったのですが、少しは理解できたと思ってます。

投稿日時 - 2006-07-09 22:17:09

ANo.37

まずいです。お礼がお礼になってないですよ。

アンケートの収集が目的であり、議論するところ
ではないです。コメントを述べる程度
ならOKですが、さらに新たな自分の意見を言うと
議論とみなされて削除対象になります。
#私も削除されたことがあります。

これだけ回答がついた質問が削除される
のはもったいないので、質問者さんは、
留意してください。

#このアドバイスは削除依頼に出していいです。

投稿日時 - 2006-07-06 22:34:47

お礼

ご助言ありがとうございます。
自分が悪いのですが、ここまでややこしくなると思ってなかったのでうまくまとめられず
お礼のつもりがつい余計な事も言ってしまってます。
キチンとできる自信はありませんが、以後気をつけます

死刑より無期懲役の方が絶対に辛いハズなのにと思ってたので、死刑のみ求める人の気持ちがわかりませんでしたが
いろいろなご意見を伺えたおかげで、たんに死には死を!の復讐心だけではない事がわかり参考になりました。

投稿日時 - 2006-07-07 20:26:51

ANo.36

こんにちは

死刑を求めるのは、犯した罪の重さに対して
十分な罰を与える刑が日本に存在しないからと思っています。

日本では死刑の次に重いのは無期懲役ですが、
これは刑期が不定ということであって、決して無限ではないんです。
模範囚で過ごせば、10年や15年で仮出所できることもあります。

個人的には、加害者に罪の重さを認識させ、それを悔いらせるには
死刑で一瞬で楽にさせるのではなく、一生苦しみ続けさせる終身刑しかないと考えています。

実際、死刑が執行されても、運良く死ななかったら
その瞬間刑に服したことになり、自由放免です。
それに対して終身刑は、一生檻の中です。

どちらが苦しいかは一目瞭然だと思います。

投稿日時 - 2006-07-06 19:11:56

お礼

ご意見ありがとうございます。
復讐ではなく、罪を認識させ喰いらせる事が大事だと思います。
そのためにはやはり苦痛を感じさせる事が必要だと思うのです。
死=すぐに解放される・懲役=長期間苦痛、という考えがあったのでなぜすぐに楽にさせる死刑ばかり望むのか疑問でした。
しかし死=最大限の苦痛と考える人が大半なのですね
仰る通り、終身刑があればまた違うかもしれませんね

投稿日時 - 2006-07-07 20:16:27

ANo.35

再度です。
このアンケートって、死刑反対の表明をするためのアンケートじゃないですよね。

他人の考えを、成熟してないとか言えないはずでは?
リアルの世界でも、死刑反対の人がこういう言い方をなさることが多いですが、どうして人の感想まで裁くのでしょうか?
ましてや、これって、アンケートですよね。

私が理解している質問の意図は、死刑に賛成する人の意図が分からないから、彼等がどう考えているかを知りたいってことで、賛否を問うことではないと理解してますが違うのですか?

前回の回答でもそのつもりで答えていて、私自身は、賛成か反対かは書いてないです。気持ちは分かるかといえば、気持ちは分かるので、その気持ちを説明しただけで、その気持ちの善悪を裁くのが目的ではないと思うんですが、質問者様の意図はどこにあるのか、もう一度、注意を喚起してもらえませんでしょうか?
このままでは削除対象になると思います。

投稿日時 - 2006-07-06 16:20:06

お礼

ご意見ありがとうございます。
私が文章としてうまくまとめられないので混乱させてるようです、すいません。

死刑についての賛否を問うつもりはまったくありません。
被害者側が死刑を求めるのは、罪を裁くのではなくやられたからやりかえすという復讐じゃないかと思ったんです。
それならば私が被害者側なら、死刑より懲役刑のほうがより長く辛いめにあう事になると思うので死刑よりは懲役刑を望むと思います。
なのに死刑を求める人が多いので、なぜ死刑を?と疑問に思ったので他の人の意見をお聞きしたかったのです。

今回もうまく言えなかったのでまた迷惑かけるかもしれません・・

投稿日時 - 2006-07-06 23:51:47

ANo.34

私は加害者に罪を償う事が供養になると云うのは頭では理解出来ても感情的には納得出来ないんです。
被害者遺族の「死刑にして欲しい」やその逆の「真面目に生きて欲しい、それが最大の供養。」のどちらもその時にマスコミが取り上げただけの事であって恐らく殆ど昔も今もどちらの意見もそんなに変わりは無いように思います。
逆に大多数の先進国は死刑制度を廃止しています。
昔は「死刑はあるもの」と言う認識だったのが「死刑制度を廃止出来るんだ」に変わったのですから逆に今の方が「死刑廃止」を訴える人が多くなっているのではと思います。

私は殺したのだから死を持って償えと言うのとは若干違います。
過失致死や不慮の事故でなく、計画的に、殺意が有って殺したのなら、そしてその時に命乞いをしたにも関わらずだったとしたら。
死そのものではなく「命を絶たれる絶望感」で償って欲しいと思うのです。
「生きるも地獄、死ぬも地獄」です。

投稿日時 - 2006-07-06 16:18:04

お礼

ご意見ありがとうございます。
死には死をもって償え、というのがそもそも理解できなかったんです。
それが仮に復讐だとすると、死=最大の苦痛とは思えなかったからです。
しかし単純な復讐心のみでなく、その他いろいろな理由も死刑を求める中にはあるんだなと知りました。

投稿日時 - 2006-07-07 20:06:40

ANo.33

私も質問者さまに同意です。
ある意味、死ぬより生きているほうが辛いと思います。
ましてや、塀の中に入ったら死んだほうがマシという感情があっても当然です。


今回も気になったのですが、「人を殺せば死刑!」という回答が多いのが非常に気になります。
まだ、日本という国は成熟していないのでしょうね。
そして、達観視するほど人生を生きてないのかもしれません。


復讐をしたい被害者家族の感情も当然です。でも、「泥棒にも三分の利」があるのです。
その「三分の利」の部分を平気で切り捨てられる今の日本人の感情がおかしいとは思います。

投稿日時 - 2006-07-06 15:05:47

お礼

ご意見ありがとうございます。
ご意見くださった方の中にも死刑より懲役のほうが辛いんじゃないか?と思う方がおられますね。
私だけが変な考え方なのか?と思ってたので少し安心しました。
単純に復讐心だけではなく、罪の深さをわからせるなどの意味で極刑(死刑)を求める人もおり、
それが私にとっては、長期拘束が最大の苦痛と感じてますが、
死刑を求める人からすると、その最大の苦痛が死刑だという事なんですね

投稿日時 - 2006-07-07 19:59:21

ANo.32

死刑の賛否については既に何度か回答したので迷いましたが・・・若干、ニュアンスが異なる質問なので、回答することにしました。死刑制度の是非ではなく、死刑を「求める人」について、ということで。

「人の命を奪ったのだから、自分の命をもって償うしかない」

これは、死刑を求める人がよく口にする言葉です。この言葉が、どうも引っかかってならないのですね。それはつまり、「人を死なせたらすべて死刑にすべき」といっていることにならないだろうか?と感じてしまうからです。
 何人もの命を奪った凶悪犯も、かっとなって勢いで殺してしまった人間も、車で人を轢いて死なせた人も、不可抗力な事故で人を死なせた人間も、「人を死なせた」という点ではすべて同じです。が、当たり前ですがこれらすべて死刑になるわけではありません。
 よく「死刑に反対する人間は、加害者の人権ばかり考えて、被害者遺族の気持ちを考えていない」といわれますが、そうでしょうか? では、「死刑にしろ」という人は、被害者遺族の気持ちを考えてるんでしょうか? 私にはそうは思えません。ただ単に、考えた「つもりになってる」だけのように思えます。
 私には娘がいます。娘が死んだら、相手を殺してやろうと思うでしょう。が、それは「相手が凶悪犯だったら」「相手が普通の殺人犯だったら」「相手が車を運転して娘を引いてしまったら」「相手が全くの不注意で結果娘を死なせてしまったら」ということで変わるものではないでしょう。どんな状況であれ、決して相手を許さないでしょう。
 だからこそ、凶悪な事件「だけ」死刑を求めるのに「遺族の感情」を持ち出す人を私は信用できません。凶悪であろうがなかろうが、相手を殺してやりたいという点では変わらないと思うのです。

また、「大切な人を殺されたなら誰もが死刑を求めるのが当然だ」という風潮にも疑問があります。
 もし、自分の娘が殺されたら、相手を殺したいほどに憎むでしょう。が、だからといって「死刑にしろ」とは思わないような気がします。私の場合、逆に「そう簡単に死なせるものか」と思う気がします。
 それは、死が場合によっては救済となってしまうということもありますし、生きているほうが苦しいといった見方もありますが、「そのまま何の反省もなく後悔もなく殺してしまったら娘にあわせる顔がない」という感じがきっと強いだろうと思うのですね。どんなことをしても、相手が心から「すまなかった、許してください」と思うようにならなければ、殺された娘は絶対に浮かばれないだろう、そういう確信があるのです。
 それに、もし死刑にしたなら、おそらくそのときは溜飲が下がるのかもしれません。が、しかし死刑になった時点で私の人生が終わるわけではないのです。その先もずっと生きていかなければいけない。それを考えたとき、「娘を殺した犯人を死刑にして復讐してやった」ということは、おそらくは時間とともに自分の中で消しようのない汚点となって沈殿していくように思います。きっと自分が死ぬとき、そのことを後悔するだろうと思うのです。

最近は、被害者遺族がメディアなどに訴えて「死刑にすべきだ」と発言することが多くなってきました。場合によっては、殺人ではなく悪質なドライバーによる交通事故などでも「相手を死刑にして欲しい」と訴える人などもでてくるようになってきました。数年後には薬害訴訟などで「企業と国の責任者を死刑にしろ」と訴える人もでてくるかもしれません。今の風潮を考えると、ありえないことではない気がします。
 私が子供の頃にも凶悪事件はありました。が、被害者遺族が会見などで「死刑にして欲しい」といっているのは見た記憶がありません。「心から反省して罪を償って欲しい、それが○○への一番の供養だと思う」というような発言が多かったような気がします。
 大切な人間が殺されたら、誰もが当然のように死刑を求めるわけではないのです。昔は、「殺した相手が罪を償い、再び社会に戻って真人間になって更生することこそが亡くなったものへの一番の供養だ」といった考えの人が多かったように思います。遺族であっても、です。死んだものはどうやっても帰ってこない、死ねばおしまいなのだ、そのことを感覚的にわかっていたように思えます。
 今は、人間の死が身近ではなくなりました。本当の「死」を知らず、ゲームやドラマなどの中での「死」しか知らない人が多くなったような気がします。だからこそ、安易に「死」を求めるようになってきた、というのは穿ちすぎた見方でしょうか。私は、簡単に人間の「死」を求める人間の「被害者の気持ちを考えろ」という言葉にどれほど中身があるのかとても疑問を感じます。私たちは、人間の「死」というものを本当にどこまでわかっているのでしょう。被害者の「死」も、そして加害者の「死」も、実は本当のところなどまったくわからないままに安易に死を求めているだけなんじゃないでしょうか。

 そしてもう1つ。昔は「世の中というのは、いい人もいれば、悪い人間も、罪を犯して刑務所から出てきた人間もいるんだ、それが当たり前なんだ」という感覚だったような気がするのです。それが、今は「社会には悪い人間や罪を犯した人間はいらない、そうした人間が一人もいないのがいい世の中だ」ととらえる人が多くなって気がします。「死刑にしろ」という声の向こうには、「そいつを二度と社会に戻すな」という声が潜んでいるように感じるのです。
 自分の町内に会社の社長さんも住んでいればサラリーマンもいる。喧嘩で相手を殺して刑務所から帰ってきた人もいれば、精神病院に通院している人もいるし、目が見えない人もしゃべれない人もいる。私はそれが「普通の世の中」だと思います。町内には、犯罪者も障害者も精神病患者も老人も一人もいない。なぜなら、すべて排除したから。――そんな世の中、私はごめんです。それより、隣に元殺人者が住んでいるほうがナンボかマシです。

投稿日時 - 2006-07-06 14:16:47

お礼

ご意見ありがとうございます
仰られてる事、ほとんど同じ事を思ってました。
ただ、文才がないのでうまく質問をまとめれませんでしたが・・
特に今回は、私はすべてにおいて死刑の方が苦しいとは思えなかったので、
なぜ多くの被害者側の人がさも当然かのごとく死刑のみを求めるのかが謎でした。
恨む気持ちは理解できますが、あくまで法で裁くものであり仕返しなんかではなく、
いい悪いは別にしてどうせ復讐なんだったら死よりも長期拘束の方が辛いんじゃないかと思ってました。
しかし今後の人生の事を考えると死刑になってくれたほうがいい、という考えもあって死刑を望む人も多いという事をしりました。

投稿日時 - 2006-07-07 19:45:30

ANo.31

他の回答者も書かれてると思いますが、日本には終身刑がありません。殺人を犯した場合、死刑か無期懲役(又はそれに準ずる刑)になるわけですが、無期でも7~15年で出てきてしまします。
また、司法国家である日本において、私刑(復習)は認められないと思います。それに刑法は「復讐の連鎖」を止める役割を果たさなくてはならないと思います。
もし自分の大切な人を殺されたとしたら・・・。
そう考えると、死刑は有りだと思います。

投稿日時 - 2006-07-06 12:15:37

お礼

ご意見ありがとうございます
死刑でも懲役でも相手に対する恨み?は同じなのでそれならば死で終わらせるよりも懲役のほうが、と思ってました。
しかし、死刑になる事で被害者側の恨みの対象物が消えることで少しでも気晴らし?になってるという考えももある事をしりました。

投稿日時 - 2006-07-07 19:18:07

ANo.30

刑務所暮らしはある程度快適らしいです。
衣食住の自由はありませんが足りないという事はありません。
空調も効いていますし、上げ膳据え膳です。
いつ、失業して路頭に迷うか分からない時代に自ら望んで刑務所に入るために犯罪を犯す人がいるぐらいです。
雑居房を嫌い、昔は懲罰であった独居房を望む人もいると聞きます。

無期懲役は本当に死ぬまでではなく、仮出所で世の中に出てきます。
無期懲役と終身刑は違うのです。
懲役300年だったけど反省して居るみたいだから10年減刑してあげると言うわけでもない。

罪を償うと言っても、失われた命が戻るわけではありません。
犯人が反省しようが死のうがそれは同じです。

いつか仮出所した犯人は新たに犯罪を犯さないだろうか?
犯人とどこかで出会ってしまわないだろうか?
その時自分はどう思うんだろう?
仮出所を待って、自ら殺しに行くにはどうすれば?
私が遺族ならそんな事を考えながら生きて行くでしょう。

恨む対象が手の届かないところに逝ってしまって、恨む事を忘れる時間ができると思うのです。
人の死を望まなければならない立場にはなりたくないですが、被害者の心を救う一つの手段だと。

もちろん被害者が望んだからと言う理由で死刑にするのは、復讐に手を貸しているだけでしょう。
しかし、自分が死刑になる(殺される)と言う立場になって初めて、自分が人を殺したという事がどういう事なのか考える犯人もいると言う事もあります。

ですから、死刑を望む被害者側の方の気持ちは分かります。
たとえ叶える事のできない望みでも。

投稿日時 - 2006-07-06 12:11:44

お礼

ご意見ありがとうございます。
懲役になって、被害者側がいつまでももんもんとして生きる・死刑になって恨みの対象が手の届かないところへ逝く
たんに死には死をだけではなく、こういう考えもあるのかもしれませんね。
私はてっきり一時の感情のみで、死には死を!で死刑を求めてるのばかりだと思ってました。

投稿日時 - 2006-07-07 13:55:19

ANo.29

5S6

人を殺しても3割は執行猶予になる。
精神異常者の犯罪は無罪。
など不思議なことがありますが、こういう悪質な犯罪者は
改心することはなく再犯を犯すので殺した方がいい。
永久に刑務所に入れるとしても一人当たりの費用は1000万なので
(刑務所利用料[建設費]、食費、囚人服)税金の無駄。

一方犯罪被害者でない人は死刑反対!
人の命は大切。

と主張します。
確かに加害者を死刑にしたところで被害者遺族の自己満足。

だから臓器を必要な人に提供させる。
臓器移植を必要とされる方がたくさんいます。
今日複版は意外と体は丈夫なので手足、目、心臓・・・・
脳以外でドナーと一致したら提供させる。
とか作って欲しいです。

命のリサイクル!
言い方は変だけど。

投稿日時 - 2006-07-06 11:13:45

お礼

ご意見ありがとうございます。
私はどちらかというと死刑制度には肯定的ですが、
被害者側がやたらと死刑を求め、それ以外の判決がでた時に不満を言ってるのがなぜなのかわかりませんでした。
どうせ苦痛を与えるのならば死ですぐ終わらせるよりも、長期拘束のほうが苦痛なんじゃないかと思ったからです
被害者側の多くでは死=最大の苦痛というのがあり、それに死には死をというのもあって死刑を求めてるんですね

投稿日時 - 2006-07-07 13:47:11

ANo.28

死刑に賛成です。

もし自分が殺されたとしたら、犯人も殺してほしいです。
命を奪った事への償いは、生きてどんな償いをしたところで
果たされるものではないと思います。

遺族の立場で考えても同じです。犯人がどんなに苦しんでいようとも
「生きている」のは事実ですから。
簡単に言えば「償いなんかどうでもいい。お前も命を差し出せ!」
ってことです。当然復讐心もあるでしょう。
もし、自分が遺族で犯人に死刑を求刑しなかったら
一生後悔すると思います。

殺された人間の気持ちは分かりません。
同時に、死刑になる犯人や無期懲役になる犯人の気持ちだってわかりません。
長く苦しむぐらいなら死刑の方がいいって思っている犯人もいることでしょう。
しかし、たとえ無期や終身刑でも「死ぬよりはマシ」
って思っている犯人だっているかもしれません。
それに人間の適応能力を考えれば、何年か経てば「慣れ」てしまう
ことも考えられます。

そうなると死刑が一番無難な気がします。

例え一瞬でも、その人間が最後に味わったのが「苦痛」であるのなら
そのことには大きな意味があると思います。

投稿日時 - 2006-07-06 09:24:36

お礼

ご意見ありがとうございます。
死刑について賛否を伺ってるわけではないですが、死刑を求める被害者側の気持ちがわかる、という事ですね
被害者側の人の、死をもって償え!というのがどうしても理解できなかったんですが、
償うというよりは、殺してるんだからお前も死ねという感じだという事なんですね

投稿日時 - 2006-07-07 13:39:19

ANo.27

現在の法律では、無期懲役は実質的な"無期"懲役ではないわけで、
そうなると一番重い刑はやはり死刑になります。

なので、出来る限り重い刑を与えたい遺族や関係者の方々は
死刑を求めるんだと思います。


でも犯人にとって一番つらいのは、質問者さんもおっしゃっているように、
禁固刑が長期にわたって続くことだと思うんですよね。

死刑なんて、死にたくないと思っている犯人の場合でも、
苦しみは一瞬で終わってしまうし、逆に死にたいと思っている犯人もいるわけで。

ただ終身刑となると、高齢になった際には、
逆に税金を使って世話をするということになってしまうんです。
犯罪者にだって人権はありますから、放っておくわけにはいかないので。

少なくとも30年くらい、反省の色が見られようとも、その他何があろうとも、
絶対に外に出さない禁固刑ができれば、それが一番つらいと思うんですけどねー。
私なら絶対耐えられません。確実に死にたくなると思います。

投稿日時 - 2006-07-06 05:17:36

お礼

ご意見ありがとうございます。
死刑が一番思い罪である事、無期懲役が特に期限の決まった懲役でないことを考えても、
だからといって加害者側の受ける苦痛は死刑のほうが大きいとは思わなかったんです。
だから被害者側が死刑ばかりを望む気持ちがわかりませんでした。

税金を使って生き長らえるというのが許せないと感じる被害者側の人も多いんでしょうね

投稿日時 - 2006-07-07 13:29:14

ANo.26

死刑よりも、禁固300年とかにしてもらいたいね。
もしくは、両腕切断とか。殺して気を晴らすより同等の苦しみを
味あわせてもらいたいもんです。

投稿日時 - 2006-07-06 01:43:03

お礼

ご意見ありがとうございます。
加害者側を殺したいと思う事はあっても、裁判で死刑判決を!とは思いません。
それは私にとって死=最大の苦痛とはおもわないからです。
死ねばそれで終わりになると思うのですが、なぜそう被害者側が望むのかが不思議でした。

投稿日時 - 2006-07-07 13:18:43

ANo.25

そんなに犯人を殺したい人は、死刑を求めず自分で犯人を殺したらいいと思います。
いくらでも方法はあります。

裁判官が死刑にしないなら自らの手で殺すまでだ!
という人だけが死刑を求めればいい。
そこまでできないなら死刑にしろなんて勝手な事を言わないほうがいいと思います。
死刑にしろと言うのは、裁判官と国と刑務所の執行人に人殺しを押し付けるだけです。
自分の手を汚さず人を殺せだなんて勝手すぎる。

投稿日時 - 2006-07-06 00:53:02

お礼

ご意見ありがとうございます。
なぜ被害者側が死刑を望むのかがだいぶわかってきたような気がします。
自分の手で死を下したいが、実際にはそれはできない。
だから制度としてある死刑を求めるという事なんでしょうが、感情で死刑と言ってるのは仕返しとしか思えませんでした。
私にとって死=最大の苦痛ではないと思ってたのもあり、謎でしたがせめてもの自己満足のためもある、と知りました。

投稿日時 - 2006-07-07 13:13:48

ANo.24

視点が、被害者感情としてか、加害者へのこらしめとしてか、で違いがでてきていますね。
私自身、どちらを優先するか、当事者にならないとわかりません。

ただ、本当に解決するには、私刑しかないです。

池田小の犯人にとっては、死刑はぜんぜんこらしめにはなってなく、遺族は複雑な気持ちだったようです。

税金はむしろもっと予算を増やすべきです。
これも、加害者の生活保証につながるか、市民の安全保証につながるかで、視点が違うようです。

投稿日時 - 2006-07-06 00:51:41

お礼

ご意見ありがとうございます
言われてみるとそうかもしれませんね。
ただ、私なら死刑を望まないのでその被害者感情で死刑というのがわかりませんでした。
けれどそれは大半の人が死には死を、という考えがあるんだなとしりました。
犯罪者のためなんかに税金を、と言う方も結構おられますので、それも被害者側の中にあるのかもしれないですね

投稿日時 - 2006-07-07 13:01:29

ANo.23

ぼくもご質問者様と同感するところがあります。
>自己満足するための復讐なんじゃないかと・・
ここですね、そりゃ被害者の遺族の辛い気持ちは分かります(と思う)が…

アメリカが攻撃してそれに対して報復でテロが起きる、この連鎖は人が恨むことで始まるんですよね、恨みがなければこんな事にならなかったはずでしょ。
いまのアメリカとテロリストのこういう関係に批判的なのに、今回の広島事件の件で被害者の父の「死刑にすべきだ」という発言には批判しない人が多いんですね。

広島の事件の被告は死刑になってもおかしくないと思いますが、今回の事件では、なんか、人間の汚い所を見たなって感じがします。

投稿日時 - 2006-07-06 00:44:37

お礼

ご意見ありがとうございます。
被害者側が死刑を求める=殺されたから殺しかえす、のように感じてます。
判決で死刑となったのならばわかりますが、個人的な感情ばかりで死刑というのはどうかと思いました。
私のように無期懲役よりは死刑を望むというような人もいると思います。
復讐というのもわかりますが、それならなおの事死刑で終わらすよりも懲役で、と思ったんです。
しかし終身刑がない以上いずれ出る事もあるので、それが許せなくて死刑を求めるというのもあるんですね

投稿日時 - 2006-07-07 02:04:20

ANo.22

>死刑を求める人が多く感じ、それが理解できないのでいろんな方の意見をお聞きしたいです。

多分男性だと思いますので。
例えばあなたに大切な奥さんとお子さんがいたとします。
買い物帰りの二人を暴漢が遊ぶ金欲しさに襲いました。
奥さんは強姦された挙げ句に殺されました。
泣き叫ぶお子さんがうるさいと殺されました。
加害者は反省の色もなくその動機も「遊ぶ金が欲しかったしむしゃくしゃしてたから。」と言った一時的な快楽を求めるだけのものであり「あんな所にいる方が悪いんだよ。」と奥さんやお子さんに対して侮辱的な言葉も吐きます。
それを聞いたあなたは「あぁ殺されてしまったのか、殺されてしまったのでは仕方ないな、あなた刑務所で反省して下さいね。出来れば福祉活動なんかをやってもらうと嬉しいです。」と云えるのでしょうか?
質問文を読むとそういう風に感じます。
私にはそちらの方が普通に感情を持つ人間として理解出来ません。
私には最愛の息子と妻がいますが、上記のような事があれば死刑などではなく直接殺したいと思うでしょう。

ただ世界中で死刑は廃止、存続の議論に決着などついていないのでここで結論など出る筈も無いが。

>たんに目には目をで求めてるくらいにしか思えません。

このハムラビ法典の「目には目を、歯には歯を」は一説によると復讐の輪廻を断ち切るための法律だと言われています。
AがBに指を切られました。
Aは怒ってBの腕を切りました。
Bは怒って首を切りました。
Aの息子は怒ってBの首を切りました。
Bの息子は怒ってAの息子の首を切りました・・・・
と延々と続いてしまう復讐を最初の1回で終わらせる為です。

投稿日時 - 2006-07-06 00:42:45

お礼

ご意見ありがとうございます。
刑務所で反省しろ、と思うかどうかはわかりませんがだからといって加害者に死刑を求めたりはしません。
死刑判決が下されたならそれはそれでいいです。
殺したいとは思うでしょうが、だから死刑!とは思いません。
もし私が加害者側なら、無期懲役のほうが死刑より嫌だからです。
だから死刑判決のみを求める人の気持ちがわからなかったんです。

投稿日時 - 2006-07-07 01:51:38

ANo.21

私は死刑ではなく、自殺をお奨めします。
江戸時代に打ち首と切腹があったように。
打ち首は縁者は島流しで末代まで及びましたが、
切腹は当事者で止まります。

これは世界でも稀に見る処遇です。
是非とも復活して欲しいですね。
西洋でも毒による自殺を勧める情があったそうです。

忠臣蔵の大石内蔵助は打ち首覚悟だったそうですよ。
一族郎党皆死ぬつもりでしたが、
切腹の沙汰により大石は涙を流し謝辞を述べたと言います。
内蔵助の家族は追いましたが、奉公人はお咎め無し。

広島の場合も、死刑だと姉まで中傷被害が及ぶ。
だからこそ切腹でピサロのみを罪に問い、姉は不問とし、姉を悪く言わないようにするほうがベターである。

1人の殺人には切腹を設けて欲しいですね。

投稿日時 - 2006-07-06 00:40:02

お礼

ご意見ありがとうございます。
なぜ被害者側は死刑を望むんだろうという疑問はいだいてきましたが
同じ死でも、加害者に自殺を望む被害者側の人がいるだろうか、という事は考えた事ありませんでした。
もしいたとしたらそれはなぜそう思うのか新たな疑問ですね
実際加害者側も死刑か自殺かとなるとどうなんでしょうね

投稿日時 - 2006-07-07 01:42:04

ANo.20

 私も以前は死刑制度を積極的に肯定していたのですが「池田小児童殺傷事件」をきっかけにその是非について自分の中で答えが出せないでいます。この事件の加害者は「死刑」を望んでおりその通りの判決が出て、刑自体もかなりスピーディに執行されたと記憶しております。

 執行前は子を持つ親として「こんな鬼畜はさっさと死刑にしろ!」と思っていたのですが、実際刑が執行されたと聞いた時はとてつも無い虚無感に苛まれました。と同時に不謹慎かもしれませんが、あれほど忌み嫌っていた受刑者に対してなぜか心の中で手を合わせてしまったのです。事件とは何の関係もない私がこのような複雑な思いをした位ですから、質問者様の心の動きはある程度理解できるつもりです。

 しかし、かといって私の家族が殺された場合、正直質問者様と同じ結論を導き出せるのか自信がありません。自分が加害者になった場合でもなんだかんだとやはり「死にたくない」と思ってしまうのでは?との自覚もあります。そもそも#3の方のように懲役や禁固自体が税金の無駄使いだという意見は大多数の死刑制度肯定派が抱いていることだと思います。

 ただ私も昨今のニュースを見る限り、「死刑」が刑法の目的とする「人の命や財産 という法的に保護されるべき利益を守り、犯罪を防止する」という本来の理念から大きく逸脱し被害者遺族が「死刑」をもって己が復讐心を昇華させているという側面は度々感じます。

 しかしこれは国側が加害者の人権を過剰に尊重するあまり、その反動として被害者遺族に対しては「死刑にしてやった」という既成事実を盾に本来すべき必要なケアを怠り、というより未だそのケアの方法すら見出せていないということが最大の原因であると考えます。

 それ故にわが国のような死刑制度を是とする社会では、死刑制度に反対する被害者遺族は世間的に「被害者」として認められず、その結果「良い被害者」と「悪い被害者」を生み出してしまうという現状があります。(質問者様がわざわざ「不愉快な思いをさせる発言かもしれませんがご容赦ください。」などと書かねばならないような・・・。)

 いずれにせよこのような現状を踏まえれば、単純な二元論ではなく「刑とは復讐ではない」という前提で冷静に「死刑制度」を論じるには我々国民の意識が「被害者遺族や加害者の意識は非常に複雑なものであり、また時間と共にその意識自体も多様に変化していくものだ」という事実を認識できるまでの成熟を待つ必要があるのではないかと思います。

投稿日時 - 2006-07-06 00:35:28

お礼

ご意見ありがとうございます。
私も長期懲役くらうくらいなら死刑を望みますが、そういえばそういう事例もありましたね。
死刑制度自体は私は何も思わないのですが、被害者側の人は死刑しか望まないかのように感じてます。
法で裁くのであって、決して私刑ではないハズなのに。
そう考えると懲役を望む被害者側がもっといていいはずなのになぜ皆死刑を望むんだろうと疑問でした。
しかしそれは、言葉は悪いですがせめてもの慰め?という感じで死刑判決を望む人もいるんだな、と思いました。

投稿日時 - 2006-07-07 01:34:21

ANo.19

再びNO10です。
やっぱり、人間死にたい時もあるんですよ。
それを国家に死刑という形でやってもらったら僕はちょっと満足かな、と思う犯罪人もけっこういると思います。3万人もいる自殺者が何よりの証左です。
その事実が被害者の立場に立てば何よりも悔しいです

投稿日時 - 2006-07-05 23:33:29

お礼

ご意見ありがとうございます。
私も、死の方を望む加害者もいると思うのですがほとんどの人が死刑を求めてますよね。
そういうのは関係なく、やはり死には死をという考えの人がほとんどみたいですね

投稿日時 - 2006-07-07 01:17:09

 「死刑にしろ!」、そういうことを求める権利が本当にあるのは殺された被害者だけなんじゃないですかね、たとえ親族だろうと死刑を求めたりする権利は本当にはないんじゃないかと思いますよ、言うのは勝手ですけどね。
 法律とか常識とか、大多数の後ろ盾があるからそれ以上深く考えたりもせずに自分は正しいと思い込んでる人は結構多いと思います。質問者さんのように、常識などを鵜呑みにせずに「あれ?」と思える感性は非常に大切だと思います。
 「死刑じゃないとうかばれないよ」って僕なんか笑っちゃいますけどね、殺された本人でもないお前が何でそんなことを知っているんだって突っ込みたくなります、お前は死人の気持ちがわかるのかと、常識的に考えてそうなんだろうけど、常識は絶対ではないですからね。
 僕が殺されたとしても、犯人に死んでほしいなんて思いませんよ、むしろ感謝するかもしれない。僕が望むのは、もう罪を重ねないこと、世界をよりよい方向に導くことで罪を償うことです。もちろん、そんなことはかなわないというのが常識的判断なんでしょうが?常識なんてくそくらえです。思考停止の常識信奉者こそ死刑にしてしまえ、というのは言いすぎですが。
 ラスコーリニコフは悔い改めました、まあ小説の中のことですけど。
 ムルソーは死刑にしたのは本当に正しかったのか?彼のことをなにもわかっちゃいないくせにわかったつもりで死刑を求める者ども、滑稽だ。

投稿日時 - 2006-07-05 23:31:47

お礼

ご意見ありがとうございます。
死刑を希望するのは自由なのでいいと思いますが、私にはなぜ死刑を希望なのかわかりませんでした。
死刑以外の判決が下された時、不満を言ったりしてるのを見ると、罪の償いではなく
やられたからやりかえす?それじゃ私怨の復讐じゃないか、と感じていました。
どうせ復讐なら長く辛いめにあう懲役刑のほうが、と思ってました。

カミュを含めていいのか悩みますが、実存主義的作品は考えさせられる事が多く、面白いですね

投稿日時 - 2006-07-07 01:11:07

ANo.17

15番です。
補足します。
死刑に変わったと言う言い方は少々変でした。
死刑は江戸時代にもありましたね。

投稿日時 - 2006-07-05 23:20:54

お礼

わざわざ補足ありがとうございます。
個人での敵討ちを禁止にしてそのかわり法で裁くようになったという事ですね

投稿日時 - 2006-07-07 00:47:01

ANo.16

結婚して子供が出来れば考え方も変わりますよ。自分たちの愛する者をくだらない理由で殺された場合、それでも終身刑で満足できますかね?私は我慢できませんね。終身刑は我々の税金で犯罪者を生かしておくのですから。税金は被害者も払っているのです。そんな酷い目に遭わされて、人の金で生きながらえているのですよ。私が被害者なら、絶対許せませんね。

投稿日時 - 2006-07-05 23:19:42

お礼

ご意見ありがとうございます。
判決で死刑とでたのならそれは構いませんが、私自信の気持ちとしては死刑にしろ!とは思いません。
終身刑があるならば終身刑を望みます。
大事な者を殺められたからこそ、むしろ簡単に死ですませたくないです

投稿日時 - 2006-07-07 00:43:49

ANo.15

元々江戸時代に親族を殺された家族が一定の制約の元であだ討ちが認めらていて、明治時代になってそれが廃止され司法がそのあだ討ちの変わって裁判をして死刑にする事になったようです。



あだ討ちをしてその又親族があだ討ちをしたら、延々繰り返してしまったことも江戸時代にあったのかも?思いました。
それらを含めてあだ討ちを廃止したのだと思います。

>少しでも自己満足するための復讐なんじゃないかと・・

私が聞いた(見た)あだ討ちを廃止して死刑へ変わったことからすれば質問者さんの意見は正解だと思います。

終身刑はあったほうが良いと思います。
死刑は廃止はしないほうが良いのでは?と思います。

投稿日時 - 2006-07-05 23:19:17

お礼

ご意見ありがとうございます。
死を求める気持ちもなんとなく理解できてきたような気がします。
その人にとって最大限の(せめてもの)復讐=死刑という事なんですね。
私にとってはそれが死刑ではないので理解できませんでした

投稿日時 - 2006-07-07 00:37:56

ANo.14

下の回答を読んでいません。
時事問題を全く知らない人の意見ですが。。

私も遺族の自己満足だと思いますよ。
別にそれでもいいと思います。
罪を償うと言っても何を持って償うのかって結局だれもわからないでしょ。
無期懲役と言ってもまた出てこれるのですよね?
本人は反省もしていないのに反省したと誰かが認めれば出てこれる訳ですし、やっぱり死刑にすべきだと思います。

しかも、加害者は税金で飯を食っている訳ですよね?
一応何らかの仕事をしているのかな?わからないですが、それで賄えるだけの仕事をしているのか疑問ですし、健康的な体でいられるのは疑問に思います。

私があなたの立場なら、加害者が出てきた時に殺しに行きますよ。
この様な考え方は私だけでは無いはずです。
こういう行為を防ぐ為にも死刑は絶対に必要な事だと思います。

投稿日時 - 2006-07-05 23:19:15

お礼

ご意見ありがとうございます。
やはり死には死を、と思う人が多いんですかね
私ならブチ殺したいと思う事はあっても、だから死刑にしろ!とは思いませんが
死刑を求めてる被害者側の人は、少しでも納得できる事が
死刑という事なんでしょうね

投稿日時 - 2006-07-07 00:32:08

ANo.13

>そう考えると死刑でサクっと終わらすよりも無期で長期拘束したほうが辛いと思うのですが、どう思いますか?

長期拘束って何年でしょうか?
広島の母子殺人事件を例にとれば、たった7~8年で出てきてしまいます。

死刑にして物事が解決するかと言ったらしないでしょう。でも、それは遺族にとっては、どういう刑が下されてもおなじことです。仮に犯人がすごく反省したら、遺族にとって解決でしょうか? 殺人の場合は、何がどうなっても遺族としては解決はないのでは? 犯人から見た更正や、社会的な意義なら、あるとは思いますが・・。


犯人がもっと苦しむから長期で入れるとか、そういうことではなくて。
死刑で考えるから実感が湧かないのかもしれませんが、あなたもよほど憎い人を一発ぶん殴りたくなりませんか? 自分は殴りたくならなくても、よほどひどい目にあったりしたら、殴ってやりたい、そういう気持ちになることは分かりませんでしょうか。
なぐったからと言って解決しませんけど、殴りたくなることもあるでしょう。ねちねち長年嫌みを言う方が、相手は苦しんでも、その場で殴りたいこともあるでしょう。

どういう復習法を選ぶというのは、犯人がどうかではなくて、遺族の気持ちです。実際に犯人がどうであるかとか、そういうことではなくて、遺族がどう思うかどうしたいか、でしかありません。

もちろん人道的な意味や社会正義は、遺族の復習感情だけで出来ているものではないですよ。でも、遺族の気持ちから言えば、自分の怒りの気持ちを犯人への「破壊衝動」として表現することは、私はよく分かります。
死刑に善し悪しではなくて、あくまでも遺族の気持ちの問題として分かるということですよ。

投稿日時 - 2006-07-05 23:12:50

お礼

ご意見ありがとうございます。
その7~8年が私には辛く思え、私だったらそれならば死刑にしてくれと思います。
殴りたく、というのはわかります。実際そう思う事もありますし。
けど、それと一個人が死刑を求めるという事は違うような気もしますが、恨みや衝動という部分では似てるのかもしれませんね。

投稿日時 - 2006-07-07 00:20:10

ANo.12

まず、何故死刑にするかというと「更正の余地なし」と判断されたからと思ってます。

死刑囚は後悔はしても、本当の意味で罪を償い、更正などしないのです。

第三者からの意見としては、そもそもそんな人達が外に出てくる方が私は怖いです。
「隣の家に殺人犯が引っ越してきました」なんて日には怖くてしょうがないです。
終身刑がない以上、外に出さない為には死刑しかありません。
次に、税金で罪人を養うのは嫌なので、やはり終身刑より死刑を望みます。

また、自分が被害者関係者側だとすると「自己満足する為」、死刑を求める事でしょう。
反省も贖罪もして欲しくありません。
最後まで絶対悪として、死を拒みつつ、殺される事で、矛盾(ストレス)を少しでも取り除いて欲しいです。

以上、正直な意見です。

投稿日時 - 2006-07-05 23:11:55

お礼

ご意見ありがとうございます。
裁判においての判決で死刑求刑は、死刑制度がある以上わかります。
ただ、被害者側の人が死刑のみを求めるというのが理解できませんでした。
死には死をもって、という考えのせめてもの自己満足というのもあるんですね

投稿日時 - 2006-07-07 00:13:54

ANo.11

>私の考えだと、それならば死刑よりも長期懲役刑のほうがより長い間苦痛を与える事ができるのでは?と思
>、
>みなさんはどう思いますか?という質問です。

憲法に従い、刑務所内でも
人間として最低限の文化的な生活を営むことが
保証されています。生きていれば、いろいろな
なことができます。死んでしまえば、それも
できません。従って、たとえどんなに罪を
悔いていても死ぬことのほうが人間にとっては
苦痛だと考えます。

>被害者側の人がしょっちゅう死刑判決を求めてますが、私からするとそれはまるで目には目を、の復讐のように
>じ
>死刑判決が出なかった時は裁判結果に不満を言ってます。

凶悪かつ残忍な犯罪であっても遺族の多くが
被告は生きて償うべしという考えを持つよう
になれば、死刑はなくなるでしょうね。

しかし、大切な人を無残にも奪われた人の
多くがそれを望んでいません。死をもって
償うべしという感情は、人間の本能なのだ
と思います。

私自身もひどい嫌がらせをうけ、病気を
患い、会社を休むことになり、加害者を殺したい
ぐらい憎んでいた時期があります。
だから、光市母子殺人事件のご遺族や
広島市女児殺害事件のご遺族が死刑を
求めることを理解します。

投稿日時 - 2006-07-05 23:04:38

お礼

ご意見ありがとうございます。
私は、死刑で楽なんかさせるか、と思ってるのでもし被害者側でも死刑を求める事はないと思います。
しかし世間一般ではこの考えの人はごく少数っぽいですね

投稿日時 - 2006-07-07 00:08:09

ANo.10

私と同じ考えの人がいてうれしいです。
たとえば、少年時代に親を殺して服役して出てきてから大阪で姉妹を殺した男は自分で死刑を希望しているわけですね。望みどおり殺してそれはそれでいいんでしょう。ただね、こういう極悪犯に望みどおりのことをして、それが刑罰といえるかどうかなんですよ。
広島のペルー人は死刑でいいと思います。(本人が望んでないからね)
僕は終身刑や流罪、もしくは懲役500年などという刑罰を望んでいます。拷問があればいいんですけどね

投稿日時 - 2006-07-05 22:55:02

お礼

ご意見ありがとうございます。
長期懲役になるくらいなら死刑がいい、と思う人は他にもいるんじゃないかと思います。
なのに死刑のみを求めている被害者側の人が多いので、なぜ死刑だけを望む?と思いました。

投稿日時 - 2006-07-06 23:59:59

ANo.9

>死刑にしろ!とは特に思いませんでした。
家族が殺されてもそう思いますか?
私には無理です。絶対無理です。
そいつが死んだところで、殺された大事な人は帰ってこないし、遺族は少しも救われない。でもそいつがのうのうと生きているなんて許せない。
そいつの死刑が執行されたところで、少しもすっきりなんてしないでしょう。ただただ生きていて欲しくないだけです。
私は人間が出来ていないから、大事な人を殺されて「生きて罪を償ってください」なんてとてもじゃないけど考えられない。
あいりちゃんの事件や、本村さんの事件、駿ちゃんの事件等見るたびに胸が締め付けられます。ご両親の気持ちを考えたら、こっちまで気が変になりそうです。今までの時間とこれから訪れたであろう楽しい時間。犯人のくだらない欲求の為にどれだけの人間の幸せを奪っているか分かりますか?何でそんな奴を生かしておく必要があるのかが私には分からない。死刑が決まっても何年間も死刑執行されないようですし、せめてそいつが死ぬまで、いつ執行されるか分からない死刑におびえて毎日暮らせば良いと思う。それくらいの復讐心を持ってもいいんじゃないでしょうか。

投稿日時 - 2006-07-05 22:42:55

お礼

ご意見ありがとうございます
家族がそうなってもかわりません。
死を希望する犯人がいる限り、なんでもかんでも死刑!とは望みません。

投稿日時 - 2006-07-06 23:55:02

ANo.7

<補足要求>
議論することを目的としていると
みなされたアンケートは削除されやすいです。
下記の内容を明確にしてください。

何に対して意見を求めているのか明確に
してください。教えてgoo!はQ&Aやアンケートの
データベース化が目的なので、不明瞭だと
回答者が困惑します。

投稿日時 - 2006-07-05 22:05:35

補足

私の質問の仕方や返答のせいでわけわからなくしてしまいましたが、単純に言うと
被害者側の人がしょっちゅう死刑判決を求めてますが、私からするとそれはまるで目には目を、の復讐のように感じ
死刑判決が出なかった時は裁判結果に不満を言ってます。
私の考えだと、それならば死刑よりも長期懲役刑のほうがより長い間苦痛を与える事ができるのでは?と思い、
みなさんはどう思いますか?という質問です。

投稿日時 - 2006-07-05 22:15:26

お礼

ご指摘いたみいります。
補足のほうに質問した意図を書きましたが、これでよろしかったでしょうか?
私の書き方が要領を得てなく、申し訳ありませんでした。

投稿日時 - 2006-07-05 22:24:26

ANo.6

>税金を使って苦痛を味わわせてる、とでもいうのでしょうか・・・

誰が苦痛を味わうのでしょう?
良心の呵責の欠片もない加害者だったら?
反省した振り、模範囚で早期に出所してまたまた悪事をはたらく奴等なんていくらでもいます。

毎日寝ころんでいても良い訳です。
反省なんかしなくても良い訳です。
遺族に対して無礼な発言をしても誰にも殴られたり蹴られたり、果ては寝込みを襲われる事も無く24時間厳重に警備された安全な場所に住める訳です。
これは全て我々の血税なのです。

投稿日時 - 2006-07-05 21:58:50

お礼

ご意見ありがとうございます。
私なら長期拘束は苦痛なので、加害者の中にも懲役のほうが嫌な人もいるんじゃないかな、と思いました。
ただ、死刑を求める人はなぜ死刑なのかな?と思ったんです

投稿日時 - 2006-07-05 22:14:45

ANo.5

いろいろな事件が起こっていますよね。
被害に遭われた方に何の落ち度も無い場合も多いですから
残された家族の憤りは計り知れないものだと思います。
無期懲役と言えど終身刑な訳ではないので十数年で出てこれ
模範囚の場合はもっと短いのかもしれない訳ですから
それで再犯などされたらそれこそたまったものではありませんよね。
死刑。。。サクッと終らすと書いてありますが
きっと死の恐怖はそんなものではないのではないでしょうか?
それに比べて無期はいつか出られると言う希望の光があるのでは?
そういうのも被害者家族には許しがたいのでは?
本当の所は実際に被害者家族になってみないと分からないと思います。
だから被害者家族が望む判決でいいのだと思うんですけどねぇ!
(それだけの事をした訳ですから。。。)
死刑を求める加害者に対してはそんな事なら身勝手な事件など
起こさず自殺したら良かったじゃんって思ってしまいます。。。
(不謹慎ですが。。。)
でも天命をまっとうする事。。。それが一番な訳ですから
加害者も被害者もいない世の中になればいいのですけどね!

投稿日時 - 2006-07-05 21:38:35

お礼

ご意見ありがとうございます。
憤りはわかりますが、だからといって死刑!というのは安直じゃないかと思いました。
再犯するかどうかなんて、冷静でない被害者側にはわかるはずもないし、死刑にしたところで何もかわらないし。
死への恐怖というのが経験もないのでわかりっこないですが、
自分が被害者側の時ならば殺されるかも?という恐怖も感じる事もあると思いますが、
犯罪を犯した側ならば可能性として死刑というのもあるのでそれなりの犯罪を犯した時点で
諦めというか、死に関して認識できうるので恐怖なんかないんじゃないか、とも思ったりもします。

まず不可能でしょうけど、仰られる通り悲しい事件などおこらない世の中になるといいですね

投稿日時 - 2006-07-05 22:09:16

無期懲役は20年で仮釈放というのが平均的な年数です

が、仮釈放には条件があって
・組関係者はダメ
・身元引受人がいないとダメ
・刑務作業をしていないとダメ

無期懲役には満期がありませんから、満期願箋出して刑務作業拒否するような輩には仮釈放はありません。
身元引受人がいない場合は、通常保護会が代わりを務めますが、保護会に拒否されたら、無理です。
組関係者は、破門状じゃダメで、自分から足洗わないといけません。

これらの条件を全て満たした上でやっと仮釈放の面接が受けられるのです。

ちなみに死刑囚は刑務作業が無く、拘置所で何十年もタダ飯を食べ続け、もう死んでもいいよね、という年齢になって執行されるパターンがほとんどです。
ちなみに、受刑者一人当たりに割かれている国家予算は年間500万とも言われています。
先日異例中の異例として早期に執行されたのが、日本では史上初でした。

死刑反対論は、死刑執行する何の罪も無い刑務官が罪の意識にさいなまれる事から起こったくらいで、わからないようにはなってはいても、前日に執行を言い渡されてスイッチを押すのも、辛いと思います。特別手当も小額だと聞きます。

こういった現状があっても、どっちが良いとか、決められないですよね。

投稿日時 - 2006-07-05 21:27:27

お礼

ご意見ありがとうございます。
誰もがいずれは出れるというわけではないんですね。実際は出れる人が多いような気はしますが。
死刑判決が下される事はそれはそれでいいと思いますが、
被害者側がなんでもかんでも死刑求刑を求めてるような気がしてそれが理解できませんでした。
いろいろと知ることができ、参考になりました。

投稿日時 - 2006-07-05 21:55:45

ANo.3

何年、何十年もの間税金で彼らの生活を保証するようなものです。
別に労働の義務は無いのですから。

投稿日時 - 2006-07-05 21:19:58

お礼

ご意見ありがとうございます
私だと何十年もの間拘束されるなんてとても辛く思います。
なので、死刑よりは懲役のほうが罪を償わせるのにはいいんじゃないかと思いました。
税金を使って苦痛を味わわせてる、とでもいうのでしょうか・・;

投稿日時 - 2006-07-05 21:48:38

ANo.2

こんにちは。
私も前の方と全く同感です。

日本には終身刑はありません。
無期懲役が、正真正銘一生出られない物であったなら、そういう議論も全く違う状況になると思います。

投稿日時 - 2006-07-05 21:19:16

お礼

ご意見ありがとうございます。
確かに一生出られないのならばまた違うかもしれませんね。
けれど死刑を求めるのはたんに復讐のため、としか思えません・・・

投稿日時 - 2006-07-05 21:42:03

ANo.1

死刑以外の極刑って無期懲役しかないでしょ。
でも、無期って別に終身刑ではないから何年か後には出れるんですよね。それって・・殺人をしても何年か先は普通人。
そんなの被害者はたまりませんよ。
だから、終身刑が無い限りは死刑を求めるのだと思います。
死刑を待つ間ってかなり苦しむらしいし・・
これが罰と思う。

投稿日時 - 2006-07-05 21:14:35

お礼

ご意見ありがとうございます。
何年か後に出たところで、罪の意識に悩まされる人もいるでしょうし、気にしない人もいるかもしれません。
気にしない人に対してはムカツク事はあっても、だからといって死刑にとも思いませんね。
そういう立場になった事はないですが、やはり自分が加害者なら無期よりは死刑がいいです

投稿日時 - 2006-07-05 21:37:56

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