こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

解決済みの質問

君が代ってどう思いますか。

君が代ってどう思いますか。
ちなみに私の周りでは儀式などで唱うときはほとんどだれも唱ってなかったし、周りはかなり気まずい雰囲気があったように記憶しています。
また、テレビでアメリカのある大会で君が代が流れたけど、そこにいた日本人は気まずい顔をして突っ立っているだけで、
唱うことすらできなかったです。対照的にそこにいたアメリカ人は誇らしげに唱っていましたが。
ということで今回の質問では
1君が代を自信を持って唱えるか
2君が代を自信を持って唱えない人を見てどう思うか
3君が代を自信を持って唱うべきか
4外国に言って国歌を唱ってよと言われてかつ、周りの人が全員唱ったあとだったりして断れないときどうするか

などについて聞きたいです。

投稿日時 - 2001-08-01 04:51:31

QNo.112166

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

今回は、完全に、一人の私人としての見解です。
君が代については、本屋さんなどへ行くと、驚くほど多くの議論が述べられています。
自信を持つも何も、私は幼少の頃から、この曲を至極当然に大きな声で歌ってきたし、その歌詞の裏の政略だとか、戦争で悪用されたいきさつその他を聞いても、「そういう歴史も背負った歌だったんだなあ」と思っただけです。歌えなくなるようなことなど、全くありません。

一方で、この歌が歌えない人たちの気持ちも、年を重ねるごとにわかってきました。この曲が流れるだけで、人生でのかけがいのないものを失った記憶がよみがえる人たち。曲と共に、とんでもない思想に、いわば「洗脳」させられてきた人たち。いわば、麻原某の、「尊氏のテーマ」を高らかに歌い上げてきた人が、目を覚ましたあとの気持ちのような。

そんな人に、この歌を歌えといっても無理な話であります。

だからこそ、「君が代」の真価は、戦後生まれてきた私たちに委ねられていたのではないかと思います。純粋な歌としては、どうなのか、と。

「尊氏のテーマ」を、宗教と関係ない子たちが、幼少から折あるごとに聞かされてきたとしましょう。子どもは、まずメロディーから入ります。その曲が好きになるかどうかは、まずはその旋律の魅力にかかってきます。私は…その手の歌を好きになるようには、あまり思えません。ましてや歌詞の意味を考えればね。

しかし、君が代は、「いい」のです。
私が幼少の頃、刷り込まれるほど聴かされていた音楽といえば、おそらく、グループサウンズ(年齢がばれます)ですが、(申し訳ないですが)多くの曲は、今聴いても、ちっとも魅力を感じません。もちろん、好みはあります。
何の先入観念も持たずに、その曲を好きになれるかどうか、判断を下すのは、我々以降の世代です。純粋な音楽として。

だから、君が代がつらい世代は、仕方がないと思いますが、曲に直面する前にその知識を伝えてしまって、次の世代の子にまで純粋に接することをさせない、というのは、いかがなものかと思います。私は、10歳のときに、詩に関する話を聞きました。このタイミングで聞かせてくれた、当時の先生に感謝しております。

最後に、君が代の、国歌としての大きな意味付けとして、このメロディーラインをあげておきたい。
日本が鎖国を止め、世界に開かれた国家になろうとしていた明治のはじめ、音楽の世界にも、和洋折衷が出始めました。この旋律は、当時でなければ作れなかったと思うし、日本古来の良い旋律が、西洋の音階と出会って生まれた象徴的な文化です。
…まだまだ述べたいですが、今回はここまで。

投稿日時 - 2001-08-01 10:40:57

お礼

ありがとうございます。
ちなみに私は君が代には国家主義的な雰囲気を感じます。
戦前の歴史から考えるととくにそう思います。
でも周りの人が自信を持って唱っていたら私の考えも代っていたかも知れません。

投稿日時 - 2001-08-01 20:05:14

ANo.11

このQ&Aは役に立ちましたか?

19人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(25)

ANo.25

1 歌えます
2 個人の自由だと思います
3 なるべく歌った方がいいと思います
4 国際親善のためになら歌います

投稿日時 - 2001-08-30 19:06:14

ANo.24

1、唄いません。(唄ではなくて単なる歌なら鼻歌程度に歌えます)
2、別にどうも思いません。歌うか歌わないかは個人の自由だと思います。
3、自信がないなら唄うことはできません。(1と同様)
4、まあ、こんな歌もありますよ程度に歌うと思います。

和歌自体はいいと思いますけど、なんであんな変な伴奏をつけて国歌にしちゃったんでしょう。いけてない。センス無い。伴奏なんか付けなければ良かったのに。。。

スポーツ大会などで自国の国歌を歌わない選手なんて日本人に限らずいっぱいいますよ。寧ろアメリカの方が異常。サッカーのワールドカップの時にちょっと注意して見てみてください。

もっとも国歌がサザエさ○の「お魚くわえたどら猫~おいかけて♪」とか
ドラえも○の「あんなこといいな、できたらいいな~♪」とかだったら
もっと歌わないと思いますが。

投稿日時 - 2001-08-03 00:47:09

お礼

ありがとうございます。
ちなみに私も君が代の雰囲気にはなじめない気がします。

投稿日時 - 2001-08-03 07:41:31

ANo.23

Row

「君が代」は作られた当時の意味を(歴史的資料として)踏まえた上で、
解釈を変えてしまえば問題ないのではないでしょうか。

スポーツの国際大会などで歌われる「君が代」は
『日本代表チームよ、君たちの時代はこれからも
続くよ』と歌っているように感じて、悪い気はしません。

投稿日時 - 2001-08-02 23:24:42

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2001-08-03 07:39:36

ANo.22

1.歌えます
2.知識あるいは愛国心の欠如だと思います
3.当然です
4.歌います

アメリカ人は支配範囲を広げる歌をよくもまあ恥ずかしげも無く歌うものだと思います。
君が代は世界の国歌の中で最も優れた歌詞と評価されています。
君を大君=天皇と訳したのは明治からで、それ以前はそういった規制は無く自由に祝い歌として歌っていたものと考えられます。(古今集・和漢朗詠集など原典は「わが君は」)
天皇家は「わが世」と歌っているでしょうか。

平和なときも戦のときも国を護り国民の幸せのために国民が協力してきたのが我が国の歴史でしょう。
敗戦によって国歌や国旗を変えたイタリヤやドイツとは違って天皇制が維持できたことを、国民合意の政治を貫いている日本という国の誇りと考えています。
 
君が代を歌うとき私はそばに居る友人や会の主催者の幸せを祈りますが、それが外国人であっても構いません。
すばらしい歌だと思っています。

投稿日時 - 2001-08-02 09:17:47

お礼

ありがとうございます。
国民合意の政治を貫いていると言う点が少し引っ掛かりますが、
君が代を大切にする気持は伝わりました。

投稿日時 - 2001-08-02 11:44:17

ANo.21

 「君が代」は歌えますけど、私は高校ぐらいから内容に疑問を持ち始め、歌わなくなってしまいました。子供の学校の先生にも「あんまり物心つかないうちから勝手に刷り込まないでよね」と言いたいんですけどね。

 個々人のアイデンティティのうちで、日本人であること、他ならぬ日本の文化・風土の中で育ったことというのは、国際的な場においてはかなり重要なウェイトを占めると思います。
 そこには排他的でない意味での誇りや自信があってしかるべきだし、また、日本人がいろんな機会にそのアイデンティティを確認するような国歌も必要かも知れません。
 
 ただ、それがどうして「君が代」なのか、もっと言えばどうして「君」なのかというのが理解できません。日本は戦前の立憲天皇君主制から民主制になったのに、「君が代(天皇中心の世の中)は千代に八千代に…」なんて、何を今更という感じで私は歌う気がしません。
 歌というのは共感するから歌えるのであって、心にもないことを自信持って歌えるものではないです。

 日本の近代の歌曲に良いのがいっぱいあるし、そのどれかにすればとも思います。
 ただ、多くの人があえてこの曲にこだわるんだとしたら、いっそのこと「君が代」を「民(たみ)が代」と置き換えるというのはどうでしょうか? 一字違いで歌の意味合いがまったく変わってくると思います。歴史への反省も込められ、これなら国歌として歌ってもいいという人が増えるのではないでしょうか?
 
 子供の学校行事に参加する都度ひっかかっていたので、ちょっとお邪魔させていただきました。

投稿日時 - 2001-08-02 02:28:21

お礼

ありがとうございます。
かなり同感ですね。
ちなみに天皇に関しては、主権はない者の、象徴として尊重したい気持もあります。
主権との兼ね合いで微妙ですがね^ー^。

投稿日時 - 2001-08-02 11:37:58

ANo.20

再登場、すみません。No.11の者です。
返事、ありがとうございました。嬉しかったです。

返事を見て、私には、ある姿が目に浮かびました。すごく勝手な想像です。
小学校に入った幼いppooooさんが、式での「君が代斉唱」の場にいる。まわりのほとんどの人が歌わない、または小声。ピアノ伴奏だけが流れ、30秒近くの気まずい時間が流れる。そんなのを2,3度経験したら、(特に幼ければ)誰だって、「あ、君が代は、あんまり歌ってよいものではないんだ。」と、マイナスのイメージでこの曲の先入観念を叩き込まれるはずです。

そして、そんな中で、この歌詞の解釈を聞くこととなる。…まあ、こんな経緯を経た人がいたとしたら、おそらくこの曲は歌えないでしょう。しかも、この曲は、歌いにくい。息継ぎ、難しいですよ~(笑)

だから、私はppooooさんからの返事を見て、ポンとひざをたたきました。そうです。幼い頃から、まわりが「歌っている」環境だったら、絶対に違っているはずなんです。

繰り返しますが、私は君が代の、音楽的な良し悪しを、頭を白紙の状態で判断するべきだと思います。歴史的背景も、政略うんぬんも考えず、音楽として鑑賞する。それでも程度の低い音楽に聴こえてしまうのならば、(すなわち麻原某の「修行するぞ修行するぞ」と同じレベルに聴こえてしまうのならば)仕方ないかもしれません。

私の知っている、あるえらい音楽の先生が、「軍艦マーチって、戦争のことさえ考えなかったら、世界に名だたる行進曲の名曲ですね。」とおっしゃいました。なるほど。あれなど、全体主義の権化のような曲ですけど、考えてみればスーザの一連の行進曲など、全てアメリカの兵隊の意気高揚のために作られた曲です。音楽的評価、高いですよね。

また、音楽を判断する言葉に、「明るい、暗い」の2つの言葉でしか分類できない人が多いのにも閉口します。おそらくその手の方々は、歌舞伎も能も雅楽も長唄も追分型の民謡も、全て「暗い」の一言で片付けてしまうのでしょう。

ppooooさんがこの曲についてマイナスのイメージを持ってしまったのは、もしかしたら、音楽的な価値に触れる前に刺されたくぎが多すぎたからではないかと思われるふしがあるのです。
私は、馬鹿がつくほどの音楽好きです。そして、とりあえず、君が代を気に入ってしまっております。これによって洗脳された覚えもないし、あったら教えてもらいたい。この曲が好きになるように仕組まれた覚えもありません。しかしもちろん、私が間違っているという可能性も、大いにあります。

もしかしたら、私たちの世代でも、既にだめなのかもしれない。でも、次の世代には、是非純粋な耳で、音楽的評価をさせたいものです。味わう耳が育つ前に、思想で全てを否定してしまうとすれば、音楽がかわいそうです。

うう、また長くなった。でも、まだ言い足りないような。申し訳ない。

投稿日時 - 2001-08-01 23:59:06

お礼

ありがとうございます。
ちなみに私は君が代は悪いと言ったことを教育としてはうけなかったように記憶しています。
自分で判断してね、といった感じだったと思います。
^ー^
そして自分で判断したつもりにはなってましたが、
実際はほとんど考えることもなく高校の卒業式を向かえてしまったわけです。
考える機会はたくさんあったと思います。(議論する機会は少なかったですが。皆無でした。)
考える機会があったにも関わらず考えなかったと言うことは、平和ボケしてまじめに考えるのはめんどくさいと思っていたのだと思います。
でも結局4のような事態を想定するとそのときまでに何らかの結論は出しておくべきなので、
君が代の勉強は必要ですね。

投稿日時 - 2001-08-02 11:33:02

ANo.19

国歌がどうこうということではなく、国家に誇りがもてるかということでしょう。

君が代も日本的で良いとは思うのですが、歴史的な見地から疑問視
する人も多いので、いっそ君が代も含めていくつか候補を選び、
国民投票で決めたら良いのでは。

個人的には『水戸黄門』のテーマ曲なんかどうかと思います。
誰もが口ずさめて、なんかつらいときなんかも勇気づけてくれる、
それでいて極めて日本チックな情緒をかもし出していると思うのですが。

♪じーんせい・らくありゃ・くーもある・さー

どうでしょう。

投稿日時 - 2001-08-01 22:52:55

お礼

ありがとうございます。
なかなかおもしろい意見だと思います。^^;

投稿日時 - 2001-08-02 11:22:35

ANo.18

LVB

こんにちは。初めまして。
なかなか大胆なご質問に惹かれまして、おそまつながら回答をさせていただきたいと思います。
一応、一通り回答している皆さんの意見を読ませていただきましたが、おおむね「君が代」には賛成というご意見が多かったので、バランスを考えて反対の考えも述べたいと思います。

率直に何故「君が代」が問題になるのかと言うと、当然その歌詞に原因があります。この歌詞の一番最後の節「こけのむすまで」という歌詞の意味が重要なのです。
この歌詞の意味はいわゆる天皇主権を賛美するもので、「天皇陛下のご繁栄を永遠にお祈り致します」という内容であると言われているのです。
よって、今の憲法における「国民主権」に反する内容であるとして、歌うことが反対されているのです。
また歴史的に見て、この歌は明治政府が天皇主権を浸透させるために思想教育の一環として用いられているという経緯も影響しているとも言われてます。この後の歴史の歩みについては特に述べる必要はないと思いますので省きます。
学校の先生方が反対するのは、戦争後の教育方針に「戦前の
教育には二度と立ちかえらない」という大前提があって、これを元に新たな教育体制がスタートしたという経緯があるからです。
その戦前教育の象徴とも言えるこの歌を、生徒に歌わせることは
「その原則に反するではないか」というのが大きな理由です。
また、この歌は最近になってようやく法定化されたばかりで、それまではきちんと国歌と既定されないまま、慣習的に用いられていたに過ぎないのに「国歌」として強制されていた、ということもいえるでしょう。
他にも問題点が有るかと思いますが、私が知り得ている限りのこと(間違って認識している事もあるかもしれませんが)を述べさせていただきました。

年配の方の中にはやはり戦争体験からこの歌を歌うことを、いまだに拒んでいる人もいます。
また、中国、韓国などでこの歌は植民地支配時の象徴とされていることもあります。
あっと、すみません。これは余計な話だったかもしれません。

他の人の回答には「国際感覚」とか、「誇り」とかカッコイイことが
書かれていましたが、本当にそれについて考えたことがあるのでしょうか。歴史の経緯や歌詞の意味を知らずにこの歌を「良い歌」と思っている方がよほど恥ずかしいと私は思います。
(ちょっとキツイ言い方かもしれませんが)
こんなことを書くと一部の人たちから、やれ「サヨク」だの「ジギャクイデオロギーの妄信者」だといわれるかもしれませんが、この歌には「こういった考えもあるだな」と知ってもらえれば幸いです。
(すみません。なんか押し付けがましい堅苦しい話をしてしまって)

本来のご質問の回答ですが、今までの主張から言えば、1~4まで全て「歌えません」「歌う気はしません」となると思います。
以上です。

投稿日時 - 2001-08-01 17:59:40

お礼

ありがとうございます。
ちなみに私は4でも唱えないという立場です。
個人的に歌を唱うのがカラオケなどを含めてあまり好きじゃないのと、君が代自体周りが唱っていなかったからといった事情からです。
戦後50年間もあってなお天皇に関する解釈が日本国民の間でうまくまとまっていないという感じがします。
それが君が代を何となく拒否するという姿勢となって現れているのではないかと感じてます。

投稿日時 - 2001-08-01 19:32:24

ANo.17

(1)自身を持っては歌えない。歌詞を覚えてないしあまり好きな曲じゃないから。
(2)どうも思わない。人それぞれだから。
(3)一国歌くらいで「~べき」という考えた方のものではないと思う。自由主義国である以上、歌おうが黙ってようが本人の勝手だと思う。
(4)あえて「歌って」とお願いされたら、その時の気分によっては歌ってもいい。「歌いたくないなー」という気分の時に断りずらくても歌わされても、だからどうという事はない。

「君が代」については、ただ「国歌」と習って覚えただけで、私にとってはただ昔からある古くて暗い歌としか思えない。

投稿日時 - 2001-08-01 16:02:37

補足

みなさん、ありがとうございます。
ご意見とても参考になりました。

投稿日時 - 2001-08-01 20:16:25

ANo.16

 どなたも言及されていないようなので補足させてもらいますが、
 少なくとも「先進国」と呼ばれる国で、学校行事の参加者一同「国歌」を歌うのは日本ぐらしかないはずです(アメリカ合衆国だってそうだ、と言われるかもしれませんが、すべての州・学校がそうとは言えません)。特にヨーロッパでは地域・州ごとの独自性が強い(例えばスペインやドイツ、イギリスなど)ので、学校行事で国歌や国旗だけを出すことの方が問題だったりするのです(州旗・州歌に強い愛着を示す一方、国旗・国歌にはまるで無関心・無頓着な人もかなりいます)。
 日本の場合、それぞれの地域への愛着などを一足飛びにこえて、国の旗をどうする、国の歌をどうする、という話になってしまうのが私にはどうも気になります(これには文部科学省-都道府県教委-各校校長という現代日本の中央集権的な仕組みもかかわっているでしょう)。
 また入学式や卒業式は基本的にそれぞれの学校が新しい人たちを祝い、去っていく人たちを見送る式であって、日本のように国の旗をあげ国の歌を歌って、国・民族との結びつきを確認する、という儀式的色合いが強い国はさらに少数派です。それが日本の伝統じゃないか、という意見もあるでしょうが、君が代を歌いたい人に歌う機会がないことと、歌いたくない人が歌わなければならないこととでは心理的負担の大きさが異なることは、少なくとも心にとめておいて欲しいと思います(歌いたい人には歌える場所が学校の外にたくさんあります)。
 それから、パスポートの件は一見説得力のあるお話ですが、それはそういう既成事実があるというだけのことであって、それらすべてに私たちが感謝し、恩義を感じ、文句など言ってはならないということではないと思います。私たちの国が何かを決めるのと、それに私たちひとりひとりが抗するのとでは、圧倒的に力の差がある、という現実が忘れられています。この校長先生は、他の国でも政府の方針に批判的な人はパスポートを返上するのが当然だというのでしょうか?
 私は、海外生活中に日本の「国旗・国歌」についてたずねられた時、歌詞の内容を説明し、これこれこういう歴史的背景があって、他の人はともかく私は歌いたくないのです、と言うと大抵は理解してくれます(特に先述の国々の人は)。どうしてもという場合にはテープやCDを用意していますが、普通そこまで要求する人はいません(でも『日本の美しいメロディーですね』と言われるのは事実です…本当は純和風じゃないんですけど)。自分が生かされている国の抱えている問題や、ひとりひとりの見解の相違をきちんと伝えることの方が、国際社会に生きる上でむしろ誠実な姿勢だと思います。

投稿日時 - 2001-08-01 13:20:06

お礼

ありがとうございます。
他の人と少し違った意見なのでその意味で参考になりました。
4のように、周りが皆唱ったあとに自分は唱わず、且つその事情を説明するというのは少なくとも最近の日本人にはしにくいことかなと感じます。
日本人は迎合的とも言われていますからね。

投稿日時 - 2001-08-01 20:15:21

ANo.15

私が君が代を唱う時は心の中で反戦平和を祈っています。
例えですが原爆ドームやひめゆりの塔でうたえといわれたら
うたえません。

>アメリカのある大会で君が代が流れたけど、そこにいた日本人は気まずい顔をして突っ立っているだけで、
唱うことすらできなかったです。

心情はおおいに理解できます。
私は愛国心を持っていますが多様な考えを容認したいです。
戦前のような全体主義に反対です。
小泉総理を批判すれば袋叩きのような風潮を憂います。
日米安保条約や自衛隊を容認してますが日米地位協定に疑問をもっています。
質問の趣旨からはずれてきたのでこのへんにしておきます。

投稿日時 - 2001-08-01 12:43:45

ANo.14

j_euro 再びです。

スイマセン、ちょっと思い出した話しがあったので・・・・

ある学校の職員室で、卒業式に君が代斉唱、
日の丸掲揚でもめてました。
数人の(○教組系の)先生が文句を言って、
「なら、やめようか」となりかけたとき、
それまで黙っていた校長先生が、こう言ったそうです。

 君ら、日の丸・君が代に文句を言うてるが、
 パスポートに菊の紋章=天皇家の家紋描いてあるんを知ってるか?
 それ持って海外旅行いってるんとちゃうんか?
 税関でバッグの中身全部ひっくり返されるパスポートもあるのに
 菊の紋のおかげで安全に帰ってきてそんなこと言えるんか?
 自分のパスポート破って持ってきたら、(やめるのを)考えたろ
 ・・・
 卒業式では、君が代歌うて、日の丸あげます。


ていう話しです。

投稿日時 - 2001-08-01 12:05:06

ANo.13

>1君が代を自信を持って唱えるか
自信を持ってうたう必要があるならうたいますよ。

>2君が代を自信を持って唱えない人を見てどう思うか
これって、俗に言う「君が代問題」とは全然関係なくて、日本人が消極的で人前で大きな声で歌うことができない(=恥ずかしい)だけだと思います。
アメリカ人は積極的なので人前でも大きな声でうたえます。
別に君が代でなくても、人前で「与作をうたって!」と頼まれたら、自信を持ってうたうことはできません。だって恥ずかしいから。とくに君が代は曲調が重苦しいので軽い気持ちではうたえませんね。

>3君が代を自信を持って唱うべきか
TPOですね。国際大会等では自信を持ってうたったほうがいいと思ってます。

>4外国に言って国歌を唱ってよと言われてかつ、周りの人が全員唱ったあと
>だったりして断れないときどうするか
別に断りませんけど・・・。
外国の方に国家を歌って欲しいと頼まれたら歌いますよ。断る理由もないし・・・
(でもやっぱり恥ずかしい^^;)

投稿日時 - 2001-08-01 11:19:53

お礼

なるほど。
たしかに日本人はシャイかも知れませんね。

投稿日時 - 2001-08-01 20:07:59

ANo.12

本論から外れますが、コメントされている皆さんの意見を読んでいて
恥ずかしながら感動しました。

未だに自分の国の国歌を歌えない(歌いたくない)人もいるなかで、
こうして国歌を自信を持って歌え、かつ愛着を持っている人がいると
いうことにです。

しかも、原因についても皆さんだいたいわかっていらっしゃるようで...

私の意見は、もちろんこの場の皆さんと同じです。
自分の国を愛せずして、どうして将来に希望を持つことができましょうか。
また、世界を舞台に活躍する日本人となれるでしょうか!

投稿日時 - 2001-08-01 10:49:27

ANo.10

1、勿論うたえます。
2、世代と地域によって色々あるのでしょうが、日本国とその国民(本人を含む)に対して自信がないのでしょうね。
3、うたうべきです。うたえないなら他の国歌の案を社会に対してアピールするなどの行動をとるべきです。
4、うたうことに対し、全然抵抗ありません。

投稿日時 - 2001-08-01 10:31:46

ANo.9

「君が代」に対する戦後の日本人の無関心、敵愾心、辟易、不興などの複雑な感情は、社会党と日教組の偏向教育のせいだと考えています。

1 自身をもって歌えます。(君が代は国歌です。)
2 偏向教育の犠牲者だと考えます。(本人が悪いのではない。)
3 歌うべきです。
4 日本人ですから、当然歌います。

投稿日時 - 2001-08-01 09:38:48

ANo.8

君が代は素晴らしい歌です。
国歌として誇りうる歌だと思いますね。
戦後教育のねじれにより色々論議があるようですが、歌そのものが犠牲になるのは残念なことです。
祖国を誇りに思う人にとっては、国歌や国旗は非常に大事なものです。
自分自身に誇りを持つためにも国歌は大切だと感じます。
回答です。
1:自信と誇りを持って歌えます
2:間違った戦後教育の犠牲者
3:勿論自信と誇りを持って歌うべきです
4:当然歌います

投稿日時 - 2001-08-01 09:19:21

ANo.7

君が代って、国歌ですよ。

1 歌えますよ
2 心になにか引け目があると思います
3 歌うべき、国歌は自信持って歌いましょう
4 歌いますね

「君が代を自信を持って唱えない人」は、日本の歴史上悪い面(戦争責任etc..)に対しても、逃げ腰なんじゃないですか?
自分の国や国歌が嫌いなら、気に入った他の国に行く(あるいは他国の国歌を歌う)という選択もあります。今ならハイジャックせずに行けますからね、念のため。(^^)

投稿日時 - 2001-08-01 08:32:15

ANo.6

1 歌う必要があるなら歌います。
2 歌える歌えないは地域差があるようなので個人の問題だと思います。そういう  人なんだなあと思うだけです。
3 歌いたい人だけ歌えばいいと思います。無理やり歌わせても曲の良さがなくな  るだけですから。
4 歌うべきだと思います。

投稿日時 - 2001-08-01 08:27:07

ANo.5

(1)唄えます
(2)教育のゆがみを感じます。また、国際感覚のない人であると感じます。
(3)国際人であろうとするなら、世界の常識を考えるなら、当然のことでしょう。
(4)唄います

国際競技大会などで他国の国歌や国旗に敬意を払うという世界常識の欠如した選手や観客‥ほぼ間違いなく日本人ですネ。
原点に帰って考えてみましょう。
君が代の歌詞は世界に類をみないような平和的な内容です。
そして、1100年も前に作られた『古今和歌集』巻第七賀歌を出典とする世界で最も歴史のある歌詞でもありますネ。
以上kawakawaでした

投稿日時 - 2001-08-01 07:42:32

お礼

ありがとうございます。
うーん。世界でもっとも古い歴史を持つ歌詞だったとは知らなかったです。
とても勉強になります。

投稿日時 - 2001-08-01 19:57:48

ANo.4

1.歌えます
2.どう思うでしょうね。少なくともすばらしいことをしているとは思いませんね。
3.自信がどうかは知りませんけど公の場では歌うべきでしょうね。
4.歌います。

問題は2番目ですよ。
konojiさんがおっしゃるとおりです。
学校教育で、どう教えるか、悪いところだけを教えれば、どんな歌でも悪く感じるでしょうしね。
まあ、好き嫌いもですけど、問題は公の場で他の外国の方が歌われて、自分たちは歌えないというのは情けないですよ。否定するのはかまいませんけど、メリハリはつけるべきですね。
嫌だから、今にそぐわないからただ歌わないならず~っと変わりませんよ。
それに感じも悪いでしょうし歌わなくていい結果が出るとも思いませんよ。
もし変えたいなら、歌う場では歌い、変えたいなら他の方法で行動を起こすべきだと思いますけどね。私には、歌わない人は背景などを考えたとしても、良い行動をとっているように見えませんね。

投稿日時 - 2001-08-01 07:26:19

お礼

ありがとうございます。
君が代に対してうやむやな立場をとり続けて来た人は、
4のような状況でかなり困るのではないかと思われます。
私のような人ですが^^;
賛否のけじめをつける必要性を個人的にも感じます。

投稿日時 - 2001-08-01 19:55:35

ANo.3

1  はい歌えます。
2 「歌えない」のでは無くて「歌いたくない」もしくは「歌う気がしない」のでは無いかと思います。
3 必要無いと思います。
4 たぶん「君が代」を国歌として歌うと思います。

投稿日時 - 2001-08-01 06:56:01

ANo.2

この質問の回答はかなり意見がわかれると思います。
・・
歌詞の意味を承知した上で私自身は抵抗なく歌えます。
(私は天皇崇拝者ではありません)
*自信を持って歌うべきか?・・・質問の意図がよくわかりません。
国家の歌い方までアメリカナイズされる必要は無いと思います。

これは,日の丸問題と共によく議論されますが
この議論の根本的な原因としては
教育現場における教師側の指導にも問題があると思います。

いわゆる,戦時中の天皇崇拝の名残として扱われますが,表に現れている一面だけを問題化しているように思え,ある意味そのような議論自体に不快感を感じます。

君が代の「君」は確かに天皇のことです。
しかし,それは古事記にある神話の時代をへて現代までつづく日本の歴史そのものです。これを除外して今の日本を語る事は絶対に出来ません。

なぜ,日教組がこれについてこれだけ問題化するのかよく理解できません。

美しい歌だと思います。
又,大声で肩を組ながら歌うような歌ではなく,もっと内面的な物の美しさをもとめた歌詞だと思います。
そういう意味でこの歌には日本の,“わびさび”というものが込められた世界に誇れる国家だと私は思っています。

投稿日時 - 2001-08-01 06:47:14

お礼

ありがとうございます。
たしかに君が代には現代では独特の雰囲気があると思います。
私ももう少し君が代について勉強したいと思います。

投稿日時 - 2001-08-01 19:51:21

回答は年代によって大きく異なるでしょう。

1.歌えます。
2.教育の影響、犠牲者、かわいそう。
3.歌うべきです。
4.下手でも歌うべきです。

戦争によって国家感、価値観が大きく変わり、新憲法のもと、新生日本がスタートしました。しかし、憲法に国旗、国歌の明記がなかったために教育現場で様々な解釈が生まれました。時の文部省は日教組との摩擦や教育現場での混乱を恐れて、明確な方針を示すことが出来ず今日にいたっています。国歌はスポーツで国を代表する歌になり下がっています。世界の国歌で国民投票によって決められたのはほとんどなく、独立時の事情で決められた国歌が歌い継がれているのがほとんどです。従って、中には平和な現代にそぐわない歌詞もありますが、変更されることもなく歌われています。これは学校教育で国の独立に至る歴史を教え、その歴史の中から生まれた国家を大事に、誇りを持って歌うよう教えているからです。

日本の場合、外敵と戦って独立した歴史がなく、明治維新は徳川体制を倒した新政府が国家意識の乏しかった国民に強引に欧米の国家感や制度を押し付けてきました。国が独立した喜びを歌った欧米の国歌を真似て急遽制定したのが現在の国歌なのでもともと国民が感激して歌う国歌ではなかったと思います。第二次大戦に敗れたときが新しい国歌制定のチャンスだったはずですが、当時の政権担当者にも国民にもそのような心の余裕がなかったのだと思います。その後、国歌は長い間、政党や日教組にもてあそばれて来たように思われます。一歩、国を出ると日本の国旗や国歌感がいかに歪められ中途半端に放置されているかがよく分かります。世界の隅にある国ならあまり注目されませんが、第二の経済大国日本が、国民が等しく誇れる国旗も国歌も持たない国だというのは情けなくなります。このような国は、いったん経済力が落ちれば尊敬するに値しない国になるでしょう。

投稿日時 - 2001-08-01 06:09:16

お礼

ありがとうございます。
ご意見参考になります。

投稿日時 - 2001-08-01 19:38:02

あなたにオススメの質問