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解決済みの質問

昔の航空機業界の歴史に詳しい人教えてください。

昔の航空機業界の歴史に詳しい人教えてください。

日本は第二次大戦で敗戦国となりアメリカのGHQに占領されて、日本軍を解体して、アメリカの戦争の脅威となった戦闘機の製造、航空機の製造を全面に禁止にして、日本が再度航空機を作れる許可が降りたのは戦後7年経った後だった。

第二次世界大戦のときはプロペラ機が一般的で7年後の航空機業界はプロペラ機からジェット機に変わっていた。

日本の技術者はプロペラ機の知識しかなくジェット機の世界競争に着いて行くというレベルではなくジェット機を設計出来る技術者は1人もいなかった。

質問1:

日本が戦後に初めて作った国産ジェット機ってなんですか?

質問2:

日本での国産ジェット機を初めて設計したのは誰ですか?

質問3:

ゼロ戦を設計した技術者はA級戦犯で死刑になりましたか?

航空機業界の歴史に詳しい人教えてください。

投稿日時 - 2016-01-16 11:06:24

QNo.9112073

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

回答1:

富士 T-1
国産初のジェット中等練習機。

回答2:

主任設計技師は内藤子生。
飛行機の設計は一人だけでできるものではなく。大きなプロジェクトチームを構成し、各エンジニアがそれぞれ与えられた個所の設計開発を行う。それら多くの開発チームをまとめるのが主任設計技師。

回答3:

なっていない。
そもそもA級どころか戦犯の定義にすら当てはまらない。
戦闘機を設計しただけで戦犯で死刑になるなら、戦車や軍艦、はては小銃や拳銃の設計者ですらも皆戦犯で死刑になってしまう。
戦犯のA級B級C級と言うのはカテゴリであって罪の重さではない。
もっともそれら兵器開発にかかわった技術者の多くは戦後公職追放となり、他業種へ転職、またはある程度の期間本業から離れ、その後復職した人が大勢いたが。

ちなみに零戦の主任設計技師は堀越二郎。
彼は戦後、国産初の旅客機YS-11の基本設計を行っている。

投稿日時 - 2016-01-16 12:33:00

お礼

みなさん回答ありがとうございます

投稿日時 - 2016-01-16 19:03:45

ANo.1

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