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締切り済みの質問

中川翔子みたいになりたい。

中川翔子が好きでブログもみてます。彼女がいつもブログで【人生は有限だ】【時間は寿命だ】【好きな事をたくさんみつけてやりたい】みたいな事を書いてます。色々な事を思い切り楽しみやってる事がわかります。
私は彼女みたいになれず【人生が有限である】ため【好きな事をみつけても無駄だ】と考えてしまいます。
好きな事をみつけてもいつか死に、私自身が無になってしまうのです。生きてた時に好きな事があっても意味がありません。
本当は私も彼女みたいにどん欲で色々な事を思い切り楽しみたいです。
どうすれば私は変われますか。アドバイスや体験談、おすすめの本や歌。なんでもかまわないのでお答えを貰えればと思い投稿しました。
因みに精神科で安定剤を貰ってます。

投稿日時 - 2014-11-23 03:55:43

QNo.8834147

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回答(3)

ANo.4

66歳の爺いです、年金で細々と生きているイメージですが、結構楽しんでいます。
私の場合「母」が70歳で認知症を発症したので、「残り時間は4年弱」だと思って居ます。
特に認知症が発症すると旅行へ行けなくなるので(自分自身、目的を喪失して自宅へ帰れなくなる)
多少お金が勿体ないが、温泉旅行へ行きます。
行って温泉に入るだけ、あとは落ちまくる小説新人賞に投稿します。
「終わり」が目の前にあると非常に「清々」します。
70歳を過ぎても何とも無かったらまたその時は何とかします。
若い時は「人生の長さ」に焦りましたが、定年で追い出されたらもう「誰でも無い」人。
恐れることも無いし、絶望も無い、小説のネタが尽きるので少し困るが、
「変な研究」も始めた。精神神経科と「自我」の関係。
多分、認知症が来るでしょう。成年後見人も探しています。
そうなったら「終わり」です。
だが「デタラメ」な人生だったから、腹を抱えて笑う、でしょう。w

投稿日時 - 2014-11-23 12:31:38

お礼

現在を楽しんでるのですね。私もある年齢になれば恐れる事や絶望する事がなくなるのかな。笑える人生も良いですね。
有り難う御座いました。

投稿日時 - 2014-11-23 22:22:17

ANo.3

こう言えば、ああ言う の繰り返しになるので、この種のコメントは無視するのですが、
中川さんとあなたの違いは微妙でほとんど差異はありません。
掛け間違えたボタンを見つけるには時間がかかるでしょうが、見つけるしかない。

限りある人生の中で楽しみ、自己実現できたことを、どう評価するか、ですね。
死んでしまえば、確かに、無にはなりますが、楽しんだこと自体は事実です。
楽しまなかった、と言うことはありません。

と言うことです。

投稿日時 - 2014-11-23 07:29:52

補足

中川翔子と私。あるのは微妙な差だけですか。
それが、楽しんだと言う事実をどう考えるか。ですね。

投稿日時 - 2014-11-23 11:21:46

お礼

確かに事実は事実ですね。
答えていただいて有り難う御座いました。

投稿日時 - 2014-11-23 11:09:10

ANo.1

まっ!早い話「生あるものには死がある」でっから
考慮に「死」は要らんのとちゃいまっか?
死の寸前まで「如何に自分で納得行く人生だったか」だけと思うんでっけど…
で、何で神経科と安定剤の話書いてるんでっか?

投稿日時 - 2014-11-23 04:07:03

お礼

死を考慮にいれなければ良い。と言う簡単な解決案、有り難う御座います。
精神科に行けば。と言う答えがあるかもと思い最後の文を書きました。

投稿日時 - 2014-11-23 04:20:30

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